第8章・蜂と蟻 #3

 クラクションに手を置いて、美波は助手席に座る宇佐美に言った。

「あの2人、大丈夫かな?」

「分からない……無事だといいけど」


 辺りは夕刻に差し掛かり、暗くなり始めている。

 屋敷の前には白装束の女たちが佇み、じっとこちらを見ていた。

 住民の女性だろうか?

 その異様な様を、美波が運転席からカメラに収めている。

 しばらくすると、綿貫が姿を見せた。その後から白石と、その腕に支えられるように野崎が屋敷から出てくる。


「野崎さん」

 宇佐美は四駆の助手席から外に出ると、野崎の元に駆け寄った。

 美波も運転席から外に出る。

「大丈夫だよ」

 力なく笑う野崎を見て、宇佐美はホッとした様に笑った。

「随分と手荒い歓迎を受けたみたいね」

 美波も苦笑すると、綿貫を見て言った。

「警察を呼んで、ちゃんと調べてもらった方がいいんじゃないかしら?この敷地内の建物全て」

 綿貫は何も言わず、ただじっと4人に目を向けている。

「失踪している人を敷地内で見ている人がいるのよ。この周辺で見かけたっていう人もいるわ」

「過去にそう言ったことを言われて調べに来られましたよ。けど見つかっておりません。どうぞ。気になるのでしたら警察を連れていらしてください」

 綿貫はそう言うと、不敵な笑みを浮かべて野崎を見た。


「貴方には怖い思いをさせてしまいました。深くお詫びします」

 深々と頭を下げながら、言った。

「天守様が貴方の事をお気に召してしまったようで……なにぶん、情の激しい方で、少々手を焼いております――」

 自分達も困っている、とでも言いたげな様子だった。

 それを見て、白石は呆れた様に言った。

「けどあれは、下手すりゃ殺人未遂ですよ?」

「……俺に使った薬はなんです?」

 野崎の問いに、「単なるですよ」と笑って綿貫は答えた。

「訴えるのでしたら、どうぞご自由に。我々は逃げも隠れも致しません」

 綿貫はそう言って頭を下げる代わりに目を伏せた。


「そんなのどうだか分からないわ……陰で何をしてるか分からない連中よ」

「貴女には出入り禁止を言い渡しているはずですが……このように侵入されては――我々の方こそ不法侵入で訴えてもいいんですよ?」

「なんですって⁉」

 美波はいきり立った。

「貴女がたびたび出入りしたり、コソコソ調べまわっていることは承知しています。何度も言いますが、我々は貴女のお兄さんの事は存じません。一度でもここでお兄さんの姿を見たことがありますか?」

「よくもそんな白々しいことが言えるわ。兄がこのコミュニティの取材をしていたいことは知ってるのよ!ここと関わって姿を消した人も知ってる!死んでる人間だっているの!なのに――」

 ヒートアップする美波を、宇佐美は制して言った。


「日を改めて話をしませんか?俺たちはトラブルを起こしに来たわけじゃないんです」

 いつになく強気で、どこか落ち着いた口調の宇佐美に野崎は(おや?)と思った。

「彼女も今は興奮しているし、こっちも混乱してる。今ここで言い合ってても時間の無駄だと思いますが?住民の方も—―」

 何事が起きたのかと不安になり、屋敷の周辺にはコミュニティの住民が集まってきていた。

「みんな心配してます。冷静になって話がしたいです」

「……」

 真剣に訴える宇佐美の目に、綿貫は頷くと「そうですね……」と呟いた。

「そう言って下さる方がいて安心しました」

「でも――」

 言いかける美波を宇佐美は目で制止すると、野崎と白石の方を見た。

「通報が必要な状況ならそうするけど、どうしますか?」

 宇佐美にそう聞かれて、白石は野崎に目配せした。


「いや、大丈夫――ここは一旦仕切り直そう。それでいいか野崎?」

 何か言いたげな2人の様子に、野崎は黙って頷いた。

 白石は野崎に代わってSUVに乗り込んだ。宇佐美は四駆の後ろに野崎を乗せると、その隣に座る。

 美波は納得できない顔をしながらも、仕方なく運転席に乗り込んだ。

 そして綿貫に向かって「すぐに戻ってきますからね」と言った。

「逃げたり隠したりしても無駄ですよ。そんな時間与えないから」

「お待ちしておりますよ」

 綿貫は小さく笑った。


 コミュニティの住民に見送られながら、2台の車はコミュニティの出口に向かう。

 ビニールハウスの横に、1台のワゴン車が停まっていた。

 騒ぎを聞いていたのだろう。男が1人、不安そうな面持ちで目の前を通り過ぎる宇佐美たちの車に目を向けている。

 その顔を見て、宇佐美は「あれ?」と呟いた。

「あの人――道の駅で野菜を売ってた人だ」

「え?」

 薬が完全に抜けきれず、ぼんやりしていた野崎も身を起こして外を見た。

「宗田さんね」

「知ってるの?」

「ここで作った野菜を委託販売している人よ。陽だまりマルシェっていうワゴン販売を運営しているわ」

 美波は運転しながら言った。

「出入り業者だから、何か情報を持ってないか接触してみたけど。彼は自分の仕事以外に興味がないみたいで、ちっとも協力してくれないの」

 美波はそう文句を言った。

 野崎と宇佐美は目を合わせた。


 倉持がどこに住んでるか知らないと言っていた。自分はただ、道を聞かれただけだと。


(知らないどころか……思いっきり関係者じゃないか)

「あの嘘つきめ……」

 野崎はそう言って苦笑すると、体に残るけだるさに項垂れて、シートに体を沈めた。



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