第8章・蜂と蟻 #2

 激しいクラクションの音に、綿貫はハッとなった。

 一華も身を起こして綿貫の方を見る。


「あの音は何⁉」

「見てきましょう」

 綿貫に続いて、白装束の女たちも後に続く。

 野崎は肩で激しく息をつきながら頭を振ると、爪が食い込むほど両手で自分の太ももをきつく掴んだ。


 正気を取り戻そうと必死な野崎に、一華は笑うと「無駄よ」と囁いた。

「自分に素直になりなさいな」

「……ふざけるな――」

 野崎は振り絞る様に声を出した。

「こんなことしなきゃ、男に相手にしてもらえないのかお前は」

「はぁ⁉」

 一華は乱れた髪をかき上げると、足で思い切り野崎を蹴飛ばした。

「誰にモノ言ってんのさ!」

「ふっ……が出たな」

 野崎はそう言って笑った。

「何が天守様だよ。お前、歳幾つだ?」

「――ッ⁉」

 一華は立ち上がると蚊帳の外に飛び出し、タンスの引き出しから牛刀の様な物を取り出してきた。


「お前!殺してやる‼」


「⁉」

 これにはさすがの野崎も驚いて身を引いた。

「ちょ、ちょっと、待て――」

「このクソ野郎‼」

 牛刀を振り上げる一華に、野崎がふらつきながら立ち上がりかけた時、突然室内に白石が飛び込んできた。



「野崎ぃ、大丈夫かぁ‼————って……えぇ⁉」



 真っ赤な長襦袢姿で髪を振り乱し、牛刀を振り上げる女を見て、白石は思わず悲鳴を上げた。


「ぎゃぁぁぁ‼」

「わぁぁぁぁ‼」


 矛先を変えて白石に襲い掛かろうとする一華に、駆けつけた綿貫が大声で制した。



「天守様!おやめください‼」



 外では相変わらず、激しいクラクションの音がする。

「仲間の方が異変を察知して迎えに来られたようです……ここは一旦落ち着きましょう」

 綿貫はそう言うと、野崎の方を見た。

「そういう手筈だったのでは?あなた方の依頼主は、あの女性だったんですか?」

「え?」

 何のことか分からず首を傾げる野崎に、白石が慌てて言った。

「えぇ、そうです!時間になっても戻らなければ、突撃してこいって言ってました。それがダメなら、110番通報ですよ。どうします?」

 白石がそう言って、凶器を手にする女と、どう見ても同意とは思えない性交渉現場に苦笑する。

 綿貫は一華の手からそっと牛刀を取り上げると、「分かりました。我々も大事おおごとにはしたくありませんから」と、野崎の方を振り返る。

「着替えはあちらの方に」

 そう言って、興奮が収まらない一華を宥めながら部屋を出て行く。


「……」

 白石はホッとした様に胸をなでおろすと、放心状態の野崎に近づいた。

「大丈夫か?驚いたよ……何、あの女?」

「俺もビビった」

 そう言ってから、「宇佐美は?それに、あのクラクション」と首を傾げる。

「詳しい話はあとだ。それより早くここを出よう」

「分かった。ちょっと着替えるから――」

 そう言って歩き出そうとして足がもつれる。

「おい、平気か?」

「一服盛られたっぽい……」

 白石は体を支えながら、野崎が着ている白装束の合わせ目をじっと見つめる。


「その下……ひょっとして、全裸?」

「―――」

「ちょっとしてない?」


「……」


 野崎は黙って白石の手を振りほどくと、自分の着替えを取りに行く。

「なぁ……ちょっとだけ――」

 そう言いかける白石の顔に人差し指を向けると、野崎は


「ダメ!見るな。触るな。こっち来るな!」


 と告げて隣室に消えた。

 白石はチェッと舌を鳴らした。



「……ケチ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る