第7章・潜入 #1

 倉持の車が走り去った後、それを待っていたように国道から1台のタクシーが近づいてきた。

 モニュメントのある通りの路肩に停車すると、中から白石が下りてくる。


「野崎!平気か?」

 そう言って近づいてくる姿を見て、野崎は驚いたように目を丸くした。

「なんだよ……来たのか?」

 続いて降りてきた宇佐美を見て、ため息をつく。

「宇佐美も連れてきたのかよ。待ってろって言ったのに……」

 白石は料金を払ってタクシーを返すと、心配そうに野崎に言った。

「分かってるけどさ、放っておけないだろう?こんな時間に、こんな寂しい所に呼び出されて……何かされたらどうするんだよ?」

「……」

 何も言わない野崎に、宇佐美も言った。

「人には危ないから止めろって言うくせに。自分はどうなんですか?」

「……」

「何もなかったから良かったけど、いくら警察官だからって、武装した人間が複数いたらどうするつもりだったんですか?」

「そうだよ。勤務外でも単独行動は厳禁だぜ」

 そう言われ、バツが悪そうに野崎は頭を搔いた 。


「……すんません」


 そう言って頭を下げる野崎に、宇佐美は心底ほっとした様にため息をついた。

「無事でよかった……」

 小声で囁きながら、そっと野崎の腕を掴む。そんな宇佐美を見て白石は複雑な表情を浮かべた。


 ホテルに戻る道すがら、野崎は運転しながら言った。

「倉持に俺が警察の人間だってことがバレだ。なのにもう一度来いと言ってきた」

「警察だって分かったのに?」

 白石の台詞に頷くと、「分かった上で牽制するどころか、挑発してきやがった」と苦笑する。


「どうやら俺は天守様に気に入られたらしい」

 後部座席にいる白石と宇佐美は、互いに顔を見合わせた。

「それって……に選ばれたってことですか?」

 宇佐美がそう聞くと、野崎は笑いながら肩を竦めた。

「らしいな。俺のどこが気に入ったんだか知らねぇけど……」

「けど目の付け処は悪くない」

 本気とも冗談ともつかない顔で白石が言う。

「女王様は文系より体育会系がお好みなのかな」

「だから体鍛えてそうな男を集めているの?」

「そうとも限らないだろう」

 野崎はそう言って、過去に失踪している人物の特徴をいくつか挙げた。

「江口さんのお兄さんは体力ありそうだけど、鍛えてるわけじゃなさそうだし、大学生や会社員の男性も、どちらかと言えばオタクっぽくて……三上さんは完全理系だし。倉持の近くにいる男達とは雰囲気が違う」

「違う目的で集めているのかな?」

「天守の相手をする男と、コミュニティの治安を守る男とってこと?」

 白石はそう言うと、静かに首を振った。

「だとしたら、野崎は倉持側じゃないのか?治安維持ならうってつけだろう?」

「俺が警察官だったらな」

「―――」

 その言葉に、3人はしばし黙り込んだ。


 深夜の道を、滑る様に走りながら、やがて車はホテルの近くまで来る。

 信号待ちをしながら、野崎は言った。

「俺が現職の警官だって分かってて中に引き入れようとしてる。その真意が掴めない」

「……」

「あの男の態度も行動も、どこか矛盾してる」

 野崎は車をホテルの駐車場に入れると、後部座席に座る2人の方を振り返った。

「なぁ……考えてもみろよ。あの妙な札を宇佐美に渡さなければ、俺たちが享愛の里に目をつけることはなかったんだぜ?」

「……確かに」

 白石は頷いた。

「あの男は何のために、忌み札を宇佐美に渡したんだと思う?」

「俺たちの――気を引くため?」

 宇佐美の答えに野崎は再度問いかけた。

「それはどうして?」

「自分たちの存在に気づいてもらうため――かな?でもなんでそんなことするの?」

「そうだよ。外部の目を警戒して、目立たない様に活動してる連中が、なんで率先して気を引くようなことするんだよ」

「そこだよ。そこが矛盾してるんだよ」

 野崎はそう言うと、車窓の暗い空間にじっと目を向けた。



 違う目的で集めている――



 先程、宇佐美が何気なく呟いた言葉が脳裏を過る。

「違う目的……」

 野崎はそう呟いた後、白石を見て言った。

「白石、予定変更しよう。囮は俺がなる」

「へ?」

 眠そうに欠伸をしかけた白石が、驚いて目を剥いた。

「倉持は仲間を連れてくるのも構わない口ぶりだった」

 宇佐美を自分のと言ったことは少々引っかかったが、カップル成立の現場を見られているので致し方ない。

 言い訳する暇もなかったし……と、野崎は苦い顔をしつつ――

「だったらお言葉に甘えて、宇佐美と白石も一緒に行こう。正面から堂々と、3人で乗り込もうぜ」と言った。


 宇佐美はじっと野崎を見つめた。その目に、野崎は申し訳なさそうに頭を下げる。

「もうあそこには行きたくないよな……無理にとは言わないよ。もし嫌なら」

「ここまで関わらせといて?」

 今更何言ってんだよ――というように宇佐美は口を尖らすと、「忌み札についてもコミュニティについても、俺が率先して動いてたこと忘れてないでしょうね?」と言った。

「おいしい所だけ横取りなんて許せないから一緒に行きます」

「……宇佐美」

「それに、俺の力が必要になるかもしれないでしょう?あの、酷い臭いの元だって知りたいし――また吐くかもしれないけど……」

 野崎は笑った。

 その笑顔に宇佐美も笑うと、「今度は水筒持参で行こう」と言った。

「洗面器持ってな」

 目の前で笑いあう2人を見て、白石はポツリと呟いた。




「ちょっと2人とも――俺の事、忘れてない?」

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