第6章・接触 #5
深夜の国道を、指定された場所目指して走りながら野崎は考えていた。
自分達が、今この付近にいることを知ってて連絡を寄越してきた――
それは取りも直さず、どこかで監視していたことを意味している。
(やはり見られていた……)
それがどこからか分からないが、恐らく享愛の里付近でだろう。
あの裏山から覗き見していた様子も、きっとどこかで見ていたはずだ。
のどかで平和な暮らしをしている住民の姿――は、やはり意図的に見せていた物だったのか?
女性記者がたびたび監視していたことも、当然気づいていたはずだ。彼女の目を通じて、怪しい所など無いことを証明したかったのだろうか?
自分に電話を寄越したのは、恐らくあの男だろう。
(俺を呼び出して、どうするつもりだろう?)
関わるなと、釘でも刺すつもりだろうか。
国道から、十里木キャンプ場方面へ向かう道に入る。
するとすぐ脇に、見覚えのある1台の黒いジープが停まっていた。
エンジンを切っているのか、車内は暗く、人の姿は確認できなかった。
周囲も国道の外灯以外は何もない。時刻も時刻なので行きかう車もほとんど見られない。
しかし、思っていたよりも見通しのいい場所だったので多少安堵した。
野崎は自分の車を横づけすると、ライトを消してエンジンを切った。
すると、それを待っていたように、隣の車から男が1人降りてきた。
道の駅で見かけた時と同様、黒いカーゴパンツに紺色のパーカー。
やはり倉持だった。
野崎も車から降りると、倉持に向かって静かに頭を下げた。
「こんばんは。初めましてじゃないですよね?」
「……」
その言葉に、倉持は微かに笑って見せた。
「よく俺の番号が分かりましたね。教えた覚えはないんですが――」
倉持は答えずに、ゆっくりと野崎に歩み寄る。
と――
突然、腕を振り上げ、倉持が殴りかかってきた。
「――ッ⁉」
野崎は咄嗟に身をかわすと、相手の腕を掴もうと手を伸ばす――が、寸前であっさりかわされて、慌てて間合いを取った。
相手の、淀みのない動きに倉持は「ほぉ……」と眉を上げた。
「やはりな。初めて会った時、ただの会社員じゃないとは思ったが……」
「……」
野崎がじっと目を見てくる。僅かな動きも見逃さない――という目だ。
穏やかな表情をしているが、しっかりと間合いは保っている。
「自衛官か?……いや、違うな」
その目に、倉持は笑いかけた。
「そうか……警察官か」
答える代わりに、野崎も小さく笑った。
「何かの捜査か?」
「いいや」
野崎は首を振ると、「仕事じゃない。個人的な事だ」と答えた。
「個人的?」
「義兄の知り合いを探している」
倉持は鼻で笑った。
「警察官がプライベートで人探しか?日本の警察もヒマだな」
「元自衛官があんな胡散臭い所で用心棒をしているのも、どうかと思いますけど?」
「……」
「倉持茂さん。元一等陸佐――凄い経歴をお持ちですね」
「調べたのか?」
倉持はチッと舌打ちした。
「そんな階級クソ喰らえだ。そんなものにこだわるから、自衛隊も警察もろくでなしばかり集まる」
「……」
「お前はさしずめ、警部か警部補ってところだろう?」
野崎は黙っていた。
「キャリアじゃなさそうだから、そこが頭打ちだろうな。どんなに手柄を立てても、それ以上進めない。鎖に繋がれた犬だ」
倉持はそう言って笑うと、ワンワンと吠える真似をした。
野崎は表情を変えず、黙ったまま、挑発には乗ってこない。
その様子に倉持は静かに頷いた。
「なるほど……さすがに落ち着いたもんだな。血の気の多いバカとは違う」
「倉持さん」
野崎は大きく息を吸うと、「俺を呼び出した理由はなんですか?」と聞いた。
「あなたには色々と聞きたいことがあるけど、一番気になることを単刀直入にお聞きします――あそこで何をしているんですか?」
「……」
「俺が探している人を、あの敷地内で見ました。家族から捜索願が出されている人物です。他にもいるんじゃないですか?失踪して、姿を消してる人間があの中に」
「そう思うなら立ち入り捜査でもしたらどうだ?お前がどこの所属かは知らないが、見たという証拠があるなら令状取って持ってこい」
「……」
それでも構わないという自信を感じて、野崎はじっと倉持を見つめた。
やましいことなどしていない、だからいくらでも調べればいい。
そう思わせながら、一方では付近の警戒を怠らない。
――矛盾している。
野崎は聞いた。
「俺に何の用ですか?」
「……確認したかっただけだ」
「確認?なんの?」
だがそれには答えず、倉持は視線を一瞬国道の方へ向けたが、すぐに戻して野崎を見た。
「天守がお前を気に入ったらしい」
「え?」
唐突に言われて、野崎は眉間を寄せた。
「あそこで何が行われているか知りたいか?ならもう一度来い」
天守がお前を呼んでいる――倉持はそう言うと、困惑している野崎を尻目に自分の車へと戻っていく。
「ちょっと――待ってください!」
野崎は慌てて後を追った。
「1人で来るのが怖かったら、あの時一緒にいた
「……」
どこか挑発するように笑う倉持を、野崎は黙って見つめた。
倉持は車に乗り込むと、エンジンをかけてライトをつけた。
そのまま、国道を出て享愛の里の方へ走り去る。その姿を、野崎はただ黙って見送った。
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