第6章・接触 #2


 そう呼ばれて倉持は眉間にしわを寄せた。

「その呼び方はやめろと言ったろう」

 言われて男は、ふふっと笑った。

「好きに呼べとも言った。あなたは時々矛盾する」

「――」

 倉持はチッと舌打ちすると、何の用だと言わんばかりに睨みつけた。

「天守様がご所望だそうです」

 そう言って差し出されたファイルを手に取って、倉持は開いた。

 中を確認してため息をつく。

「あの面食いめ……けど意外だな。を選んだか」

「この間、人を探しに来た連中の1人ですね。大丈夫でしょうか?」

 男はそう言って倉持を見た。倉持は答えず、無言でファイルを閉じた。

「身元調べますか?」

「それはいい。俺がやる。勝手に手を出すな」

 倉持はそう言って振り返った。部屋の奥で、声がする。

「悪いがもう行ってくれ」

「――今日は機嫌悪いですか?」

 男にそう聞かれて倉持は苦笑する。

「朝からな。由乃さんが不在でご機嫌斜めだ」

「言ってくれたら誰か行かせますよ。連中、今にいるらしいんで」

 倉持はじっと男の目を見た。



 感情のない、捕食者の目。



 命令ひとつで動く、訓練された人間の目だ—―と倉持は思った。

 叩かれるたびに磨き上げられていく、鋼のような輝きを放つ目。

 柔らかさを失い、穏やかさを無くし、固く研ぎ澄まされた光を放つ、冷たい目。


 これが—―の目。



「俺が連れてくる」

 倉持はそう言うと、突き放すようにドアを閉めた。





 野崎たち4人は、昨日美波と宇佐美が行ったコミュニティの裏山へと向かった。

 そこからもう一度、コミュニティ内の様子を探るつもりだった。

 車を、美波の四駆に乗り換えて悪路を進む。


「こんな寂しい場所に1人で来てたの?危ないよ?」

 白石の言葉に美波は運転しながら笑った。

「そんなこと言ってたら仕事にならないわ。危険度が高ければ高いほど、報酬もいいいし」

「けどこれは正式な依頼じゃないでしょう?成功しても報酬は貰えないんじゃない?」

 宇佐美の問いに美波は肩を竦めると、「兄に払ってもらうわ」と嘯いた。

「助けたお礼と取材費も込みで」

 その答えに男3人は苦笑した。

「逞しいねぇ」


 4人は目的地で車を降りると、山の斜面を登ってコミュニティを見下ろす場所に身を潜めた。

 野崎は美波から借りた双眼鏡で、コミュニティ全体を見回す。

「人がいるな。あんなに大勢住んでたのか……」

 畑で作業している人がいる。今日は学校が休みなのか、子供の姿もあった。

 自転車で走り回ったり、サッカーをしてる子供もいる。

 それに付き合っているのは親だろうか?

「平和な感じだな」

 白石もそう言って笑った。

「昨日来た時よりも人がいるね」

 宇佐美の言葉に美波も頷いた。

「そうね。時刻は昨日よりも早いけど、今日は多い方だわ」

「……」

 その言葉に、野崎は黙って考え込んだ。

「この場所で誰かが見ていること、彼らは気づいていますか?」

 野崎にそう聞かれて、美波は「気づいてないと思うけど……」と首を振った。

「でも、もし気づかれてたら何か言ってきますよ。今のところ変な嫌がらせや警告はされてないし、後をつけられてる感じもないわ」

「そうですか……」とだけ答えて、野崎は黙った。

 確かに、誰かに監視されているような気配は感じない。


 だが、相手が偵察のプロなら――


 野崎は周囲を見回した。

 立木が乱立する雑木林だが、見たところ監視カメラが仕掛けてあるようには見えない。

 この辺りは私有地ではないようだ。

 では管理しているのは林野庁だろうか?

「どうした?」

 白石に聞かれて野崎は言った。

「こういう場所に身を潜めて戦うのが得意な連中なら、俺たちに勝ち目はないなと思ってさ」

 それを聞いて白石が震える。

「怖いこと言うなよ。俺ら今、丸腰だぜ?」

「武器ならあるわ。万が一用にいつも持ち歩いてるの」

 美波はそう言って、ウェストポーチから催涙スプレーとサバイバルナイフを取り出した。

「おぉっと、お嬢さん……それは—―」

 と言いかけた白石を、野崎は慌てて止めると、「過剰防衛には気を付けて下さいね」と笑って釘をさした。


 今は、警察官であることを伏せておきたい――


 野崎の目配せに、白石と宇佐美は黙って頷いた。



 4人は市中まで戻ると、美波が連泊するホテルで今後について話し合った。

 まずは内部に入るための準備が整うまで、迂闊に潜入しないよう美波に言い聞かせる。

「逸る気持ちは分かります。でもここは慎重にいきましょう」

 野崎はそう言って美波を見た。

「中に入るのしても、江口さんは出禁を食らってる。俺と宇佐美は面が割れてるし、唯一この男だけが顔を知られてない」

 そう言われて白石が己を顔を指差して笑った。

「白石を囮に使って、俺と宇佐美が内部に潜入する段取りを考えるから、それまで待って欲しい」

「でも—―じゃあ私は何をすれば?」

「江口さんはここにいて、我々の司令塔になって欲しいです。我々が内部で得た情報を逐一送るので、万が一何かあったら救援をお願いしたい」

 それを聞いて美波は息を飲んだ。

「……そういう危険が……あるかもしれないってことですか?」

 野崎は曖昧に頷いてみせた。

 現段階ではまだ、彼らの目的も何も分かっていない。

 ただ、感覚が危険信号を鳴らしている。


 それこそ刑事の勘だ。


「我々、別件があるので明日は一旦帰りますが、また戻ってきます。その時は内部に潜入するので、約束してください。絶対に1人で潜入しないで。お兄さんは必ず見つけますから」

 野崎の真剣な眼差しに、美波は戸惑ったように宇佐美を見た。

 宇佐美も真剣な目で美波を見つめる。

「俺からもお願いします。無茶な行動はしないで欲しい。必ず見つけるから。俺たちを信じて」

「一緒にお兄さん達を見つけましょう」

 美波は黙って俯くと、静かに頷いた。

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