第3章・疑惑の里 #5

 野崎と宇佐美はレストランを出ると、表に出て男の跡を追った。


 クラモチは、敷地内にワゴンを出して野菜を売っている男と、何やら話し込んでいた。

 黒いカーゴパンツに紺色のパーカー、足元は半長靴はんちょうか

 婚活パーティーの時のダブルのスーツとは、だいぶ雰囲気が異なる姿だった。

「観光で来たって感じじゃないな……」

「この辺の人だったんですかね?」

「わざわざ県跨いでまで婚活しに来るか?」

 そこまで熱心に入れ込んでいるようには見えなかったぜ、と野崎は笑うと、少し物陰に隠れるよう宇佐美の体を引っ張った。

 クラモチが、辺りを警戒しているように感じたからだ。


 クラモチはしばらく店の男と話していたが、やがて軽く右手を上げると、そのまま駐車場へ歩いて行った。

 その後を野崎と宇佐美が追う。そして、素早く他の車の影に隠れた。

 クラモチは軽く周囲に目をやったあと、止めてあった黒いジープに乗り込んだ。

 野崎はスマホのカメラで何枚か写真を撮ると、走り去る方角を確認して言った。

「享愛の里へ行くのかな」

「彼はコミュニティの住人?」

「どうかな。聞いてみよう」

 野崎はそう言うと、先程クラモチと話していた男の元へ行った。


 そこは、観光客を相手に地元で採れた野菜などをワゴンに載せて売っている店のようだった。

『陽だまりマルシェ』と書かれたのぼりが風に煽られはためいている。

 店主らしき男と女性スタッフ2名が、代わる代わる客の相手をしているが、その中にさり気なく紛れ込み、野崎はトマトの袋を1つ手に取った。


「いらっしゃいませ」


 愛想の良い店主の男は、黒ぶち眼鏡をかけたサラリーマンのような風貌をしていた。

「これって、今朝採れたて?」

 野崎にそう聞かれて、男は笑顔で頷いた。

「そうです。甘くて美味しいですよ」

「あなたが作ってるの?」

「いいえ、地元の方が作ってます」

 そう言って照れたように頭をかく。

「私は売る専門で」

「そうですよね。農家さんには見えないもんな」

 野崎はそう言って人懐こく笑った。


「さっきここにいた人」

「?」

 トマトの代金を払いながら、野崎は言った。

「もしかして、クラモチさんって方じゃないですか?」

「え?」

 男が驚いたような顔をした。

「実は以前お会いしたことがあって。よく似てるなぁって思ったから、声かけようとしたんだけど、車で行っちゃったから」

 野崎はそう言いながら、如何にも残念という様に苦笑した。

「お話をされていたから、もしかしてお知り合いなのかなぁと思いまして」

「……」

「彼、この辺りに住んでいるんですか?」

 男が、少し警戒するように野崎を見た。


 その様子を、隣で見ていた宇佐美がチラッと野崎に目配せする。

「ひょっとして、この先にある享愛の里に住んでます?」

「……」

 野崎の問いに、男は無言で釣銭と商品を手渡すと、「さぁ……」と小さく笑って首を傾げた。

「私は道を聞かれただけなので、すみません……」

「……」

 野崎は商品を受け取りながら、じっと男を見た。


 嘘をついているのはすぐに分かったが、なぜ嘘をつく必要があるのか分からない。


 「そうでしたか」

 野崎は頷くと、礼を言ってその場を離れた。

 宇佐美がそれに続き、そっと背後を振り返る。

 男が、じっと自分たちの方を見ていたが、宇佐美と目が合うと慌てて逸らした。


「彼――よ」


 宇佐美の台詞に、ふふっと野崎は笑った。

「隠すことで認めたな。あの男はクラモチだし、多分コミュニティに関係してる。あの人の声、聞こえたの?」

「一瞬ね。『こいつら何を調べてるんだ?』って――すごく警戒してた」

「そうか……」

 2人は車に戻ると、野崎はスマホを取り出し撮った写真を確認した。

「車のナンバー照会して所有者を調べてみよう。もしかしたら素性を探ることができるかもしれない」

「気になるの?」

「なんとなくな」

 野崎はそう言うと、買ったトマトを宇佐美に手渡しエンジンをかけた。車は滑るように観光施設の駐車場を出る。


「婚活パーティーにいた男を、たまたま享愛の里の近くで見かけたからって、別に怪しいわけじゃないけど……札の事もあるし」

「彼が失踪に関わってるかもしれないってことですか?」

「さぁ。それは分からないけど、無関係でもない気がする」

「それは刑事の勘?」

 そう聞かれて野崎は笑った。

「どうかな……でも、疑わしいものをそのままにはしておけない」


 刑事の性分かな――……


 そう呟く野崎の横顔を見て、宇佐美は手にしたトマトに視線を落とした。

 真っ赤なトマトが、天守の赤い唇の色と重なり身震いがする。

 堪え切れずに降り出した雨が、フロントガラスを濡らし始めたのを見て野崎はワイパーを動かした。

「ついに降ってきたか……濡れずに済んでよかったな」

 帰途に就く車内から、遠ざかっていく富士山を見つめながら、宇佐美は「そうだね……」と低く呟いた。

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