第3章・疑惑の里 #4

 宇佐美に手を引かれ車まで戻ると、先程は誰もいなかった監視塔に3人の男の姿があった。

 どれも20代くらいの、若い男たちだった。

 無表情でじっとこちらを見ている。

 訪問者を歓迎するような雰囲気ではない。野崎は、試しに軽く会釈をしてみたが返しはなかった。

「愛想のない連中だな……」

 野崎はそう言って車に乗り込みエンジンをかけた。

 そのまま、車をターンさせて門を出て行こうとしたが、思わずハッとなってブレーキを踏んだ。


(え⁉)


 野崎は宿泊施設の方へ顔を向けた。

 視界の中に、三上らしき男の姿を捕らえたのだ。

 若い女性と連れ立って宿泊施設から別の建物の間へと走り抜けていった。

 ほんの一瞬だが、間違いない。

 写真で見ただけでも、人の顔や姿は大抵記憶できる。

「野崎さん……」

 宇佐美にそう呼ばれ、野崎は我に返った。

 3人の男たちが、車に近づいてくる。その内の1人が運転席の窓から声を掛けてきた。


「どうされました?お帰りならあちらですよ」

 そう言われて野崎はウインドウを下げると、三上の写真を見せた。

「この人を探してる。今そこで見た」

「気のせいですよ、そんな人いません」

「そんなわけない。ちゃんと見た」

 男たちが薄ら笑いを浮かべる。

「お帰りはあちらです。どうぞ」


 有無を言わせぬ感じだった。

 丁寧な物腰だが、ごねたら面倒くさいことになるぞ――そんな不穏な空気を感じる。


「―――」

 野崎はじっと男たちの顔を見た。

 落ち着きを払った態度と、冷静に観察する目。

 黙って立っている男たちの体から独特な息遣いを感じて、野崎は苦笑した。

「あなたたちはここの住人?」

「そうですよ」

「本当に?」

 男の1人が顔をしかめて何か言いかけるのを、野崎は慌てて遮ると言った。

「分かった分かった。帰ります」

 今ここで騒ぎが起きても困る。警察でも呼ばれたら大変だ。

 身元を調べられたら本当に面倒な事になりかねない。仕方ないので黙って引き下がる野崎を、宇佐美は不思議そうに見ていたが、その目に軽く目配せして野崎は車を走らせた。


 コミュニティを出て、脇道から本通りへ出る。

 しばらく無言で走っていると、ふいに野崎が言った。

「気分はどう?」

「え?あぁ……」

 宇佐美は小さく頷いた。

「もう大丈夫です……心配かけてすみません」

「よかった」

 そう言って頷く野崎の横顔に、宇佐美は言った。

「どうして追求しなかったんですか?三上さんを見たんでしょう?」

「多分な。よく似てた」

 曖昧に濁したが、確信はあるような言い方だった。

「この先に道の駅があったな。そこで少し休もう」


 2人が乗る車は、享愛の里から少し下った所にある、観光施設に入った。

 レストランや土産物屋などが並ぶ、いわゆる道の駅だが、富士山が近いせいか登山客の拠点にもなっているようで、晴れてる日ならきっと大勢の登山客がいただろうが、今日はあいにくの天気だ。それでも、日曜の午後は混んでいた。

 今にも一雨来そうなのに、なかなか泣き出さない空を恨めし気に眺めながら、2人は建物の中に入った。


「腹減ったな」

「そうだね」

 その言葉に野崎が心配そうに言う。

「大丈夫なの?」

「車酔いじゃないから」

 宇佐美はそう呟いて苦笑した。不思議なことに、コミュニティを出た途端、体が嘘のように軽くなり不快な気分も消えている。

 2人は席を確保すると、注文した蕎麦を啜りながら話をした。


「匂い?」

「えぇ。感じませんでした?」

 全然、というように野崎は首を振る。

「やっぱり俺だけか……」

「どんな匂い?」

 そう聞かれても、酷い匂いとしか答えられない。

「何かが腐ったような腐敗臭だと思う。それも強烈な」

「強烈な腐敗臭……腐乱死体かな?」

「そんな匂い嗅いだことないから分からないよ」

「とにかくヒドい匂いだよ。クサヤの100倍くらいする。しばらく鼻に残って飯食えなかったな」

 その会話に、隣の席の客が怪訝な顔を向けてくるので、2人は慌てて声のトーンを落とした。

 食事の場でする会話じゃなかったな……と反省して、苦笑しながら頭を下げた。


「コミュニティ自体もそうだけど、あの屋敷はなんかヤバい感じがする」

「何か見えたの?」

「部屋の奥に何かいた気がする。大きな黒い影が見えた」

「何の影?」

「分からない……匂いが酷くて」

 堪え切れずに吐いてしまった事を思い出して、宇佐美は箸を置いた。

「匂いの元はあの影かも……」

「誰もいなかったのに、帰り際だけ人がいたことも気になる」

 あの3人の若い男。

 野崎も箸を置くと、じっと1点を見つめて考え込んだ。

 あの風貌と態度。ある種の訓練を受けた人間のように感じた。


 軍隊か——もしくは警察か……


 野崎は言った。

「どんな住民が暮らしているのか気になるな」

 ただの自給自足生活を好む集団とは思えない。あの物々しい男たちの態度もそうだが、最低限のライフラインと言っておきながら、目的がよく分からない建物がいくつもあった。


 それに—―


 一番気になるのは、やはり住民の姿が見えなかったことだ。

「表に出るなって命令でも出てたのかな?」

「そうかもね。それ自体おかしなことだけど」

 気になることは他にもたくさんあるが、三上の姿を見かけたことが最大の収穫だった。

「みんな知らないと言ってたけど、あの中にいることは分かった。とりあえず無事が確認できただけでも良しとしよう」

 とりあえず、ね――そう言って窓の外へ視線を向けた野崎は、その時、何かに気づいたようにハッと目を開いた。

「どうしました?」

「あの男――」

 野崎の視線に誘われるように、宇佐美も目を向ける。


 そこには、服装こそ違うものの、ひと目で認識できるほど体の大きな男がいた。

 婚活パーティーで見かけた大男。

 宇佐美のポケットに、忌み札を入れたと思われる男。



 クラモチと名乗る男の姿がそこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る