第3章・疑惑の里 #2

 500Mほど進むと、門のようなものが見えてきた。

 恐らくこれも保養所の名残だろう。だが、特に人がいて立ち入りをチェックしている様子はなかった。


 野崎の車はそのまま敷地内に入ると、大きな車寄せのある駐車場に停車した。

 そして監視塔がどれなのか、周囲を見回す。

「あれかな?」

 入って右手の先。宇佐美が指さすその方向にプレハブ小屋のようなものがあり、その近くに高台がしつらえてある。

「みたいだな」

 野崎は頷いた。ジッと様子を探るが、見られている気配はない。

 どうやら今は人がいないようだ。

「休憩中かな?」

 そう言ってエンジンを切ると、野崎は車外に出た。宇佐美も外へ出る。

「お出迎えはなさそうだな」

「雨が降りそうだ……」

 宇佐美がそう言って空を見上げた。


 目の前には、保養所だった頃の宿泊施設が2棟立っていた。

 ここも居住者がいるはずだが、今はひっそりと静まり返っている。

 2人は建物をぐるりと回り、歩いて先に進んだ。

 そこには、美波のファイルで見た写真と同じ、仮設住宅が立ち並んでいる。

 畑や、何かの作業施設。後から作られたのであろう建物がいくつもある。

 住民が最低限の生活が出来る様、必要な設備が整えられているのだろう。


 だが—―なぜだろうか。

 人の姿が見えない。


「みんな、どこかへお出かけかな?」

 野崎はそう言いながら腕時計を見た。

 日曜日の午前11時過ぎ。

 深夜ならともかく、この時間帯にこの静けさは異様だった。


「なんで誰もいないんだろう?」

 首を傾げる宇佐美に、「お昼寝の時間なんじゃない?」と野崎は答えて笑った。

 呆れた顔をする宇佐美に野崎は肩を竦めると、「その、天守様とやらがいらっしゃる所に行ってみようぜ」と促した。

 美波から、あらかじめ教えられていたコミュニティ内の見取り図を頼りに、2人は歩き出した。

 天守の住まいは、コミュニティ内の一番奥まった所にある。

 その道中、2人は周囲を注意深く見まわしていたが、やはり人っ子一人見当たらない。

「本当に人が住んでるのか?」

「200人以上はいるはずですよ」

 その言葉に、嘘だろう……と野崎は苦笑する。

 まるで示し合わせたように誰もいない。これがもし、何かに対する警戒なら、些か常軌を逸している気がする。


 少しずつ、コミュニティ内に踏み込んでいくうちに、宇佐美はふと妙な匂いを感じた。

 それは何かが腐敗するような、甘ったるい臭気だ。

 うっかりすると、えずいてしまうような酷い匂いで、宇佐美は思わず顔をしかめた。

「……」

「どうした?」

 ふいに立ち止まって鼻を押さえる宇佐美に、野崎は振り返った。

「なんか……変な匂いしませんか?」

「匂い?」

 野崎はクンクンと周囲の匂いを嗅いだ。

「いや……別に—―何も匂わないけど……」

「本当に?」

 宇佐美はもう一度匂いを嗅いだ。そして首をひねる。

「あれ?」

 匂いが消えたことに首を傾げる。


(気のせいだったのかな……)


 匂いが消えたことも気になったが、コミュニティに足を踏み入れてから、なんだか無性に気分が悪い。

 息苦しいというか、何かが全身を押しつぶすような圧迫感を感じる。

 一歩一歩歩みを進めるたびに、胃に鉛を落とされているような不快感だ。

「あの家じゃないか?」

 野崎がそう言って前方を指差した。

 それは、この敷地内にある建物の中では明らかに異質な物だった。

 白い大きな鳥居。その向こうには、まるで神社のお社のような日本家屋。

 如何にも、天守様が好んで住みそうな家だ。


「あれが宗教じゃなかったら、何なんだって話だよな」

 白い鳥居に野崎が笑う。

 そして、改めて周囲を見回した。

 人の気配がまるでない。生活している痕跡はあるのに、姿が見えないのはどういう事だろう。

「なんだか気味が悪いな……」

「姿は見えないけど、気配は

「え?」

 野崎は振り返って宇佐美を見た。その宇佐美の顔色が悪いことに気づき、心配になり傍に寄る。

「大丈夫か?」

「車に酔ったかな……なんか気分が」

 少し休むか?と聞かれたが、宇佐美は首を振ると「大丈夫」と歩き出した。

 屋敷に近づくにつれ、体が重くなる。それにこの匂い。


 ―――



 2人は屋敷の入り口に立った。

 呼び鈴のようなものが見当たらない。仕方ないので野崎は大声で言った。

「ごめんください!どなたかいらっしゃいますか?」

 しかし返答はない。

「ごめんくださぁい!」

 そう言いながら、野崎は引き戸に手を掛けた。引き戸は何の抵抗もなく開いた。

 中は暗く、広い土間がある。

「ごめんください!誰かいませんか?」

 屋敷の奥の方へ向かって呼びかけるが、虚しく声が響くだけだった。

「誰もいないのかな?」

 参ったな、と野崎は頭をかいた。

 すると、「はい……」という声がして、奥から音もなく1人の男が姿を見せた。

 2人はハッとなって視線を向けた。


 60代くらいだろうか?白髪交じりの、やや禿げ上がった頭をした小柄な男が、作務衣姿で奥から近づいてくる。

「あ……」

 野崎は一瞬驚いたが、人がいたことに安堵した。

「よかった。どなたもいらっしゃらないのかと思いました」

「申し訳ありません。奥の部屋にいたもので、よく聞こえず」

 そう言って、柔和な笑顔を浮かべる。

 その笑顔に2人は何故かホッとした。モノクロだった絵に、突如色が付いたような気分だった。

「何か御用ですか?」

「実は……人を探していまして」

 ここは単刀直入にいこうと決めていた野崎は、目的を隠すことなく三上の写真を取り出すと、それを見せようと差し出した。



 ———その時。



「どちら様?」

 という声がして、2人は同時に視線を向けた。


 屋敷の奥から、やはり音もなく姿を見せたその女は、長い黒髪を巫女のように結び、艶やかな羽織を身にまとっている。まるで天女のようないで立ちだ。


 義堂一華ぎどういちか




 間違いない。

 この女—―





(天守様だ—―)

 いきなりの真打登場に、2人は思わず息を飲んだ。









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