第3章・疑惑の里 #1

 4月7日。日曜日。

 野崎と宇佐美は享愛の里を目指して、一路、静岡県裾野市へと向っていた。

 雨こそ降らないものの、空はどんよりと曇っていて肌寒い。

 道路は比較的空いていたが、今にも一雨来そうな空模様に、野崎はなんとなく気が滅入ってきた。

 その、野崎が運転する白いSUVの助手席から、宇佐美は遠くに見える富士山に目をやった。

 まだ頂上には冠雪があるが、麓の町には桜が咲いている。

 春と冬の対照的な構図が、なんだか不思議だった。


 野崎の車はインターチェンジを降りて裾野市に入った。

 コミュニティのある場所はかなり山の方で、冬場ならスノータイヤかチェーンを巻かないと走行が厳しい場所にある。

「今年は暖冬だったったからな。積雪の心配はなさそうだ」

 周囲の様子を見て野崎はホッとした。

 開けた道路を抜け、緩やかな坂を上るように車は山の方へと進んでいく。その途中、右手に見える広大な敷地を見て宇佐美は言った。

「あれは自衛隊の基地?」

「陸自の演習場だろう」

 そう言いながら野崎はチラッと横を見た。

「この辺りは自衛隊関係の施設が多い」

「それでか……」と、宇佐美は呟いた。

 さっきから、やたらと自衛隊車両とすれ違う。

「演習の砲撃音がうるさいらしいぜ。うちの方でもたまにあるだろう?空気が振動するみたいな音。ドーンってさ」

「あれってここからくる音だったの?」

「風向きによっては、地響きみたいに聞こえるから、地震と勘違いする人もいるみたいだ」

 ふーん……と宇佐美は頷きながら、木立の間から見え隠れする演習場を見つめた。


 車は、徐々に標高の高い山林の道を進んでいく。

 周辺には企業の研修施設や保養所も多く、別荘地などもある。

 目指す享愛の里も、元は企業の保養所だった場所だ。

「老人ホームを作るはずだった場所だろう?人里離れた山の上に終の棲家って……」

 まるで姥捨て山だな……と野崎は呟いた。


 年を取ったらのんびり田舎暮らしがいい—―とよく聞くが、それは逆で、歳をとったらライフラインがしっかりしている場所にいた方が本当はいいのだ。

 買い物1つ、病院1つ行くのに時間がかかる場所では大変だ。


「そこって、勝手に敷地内に入って大丈夫なのか?」

 ナビをチェックしながら野崎が聞いた。

「彼女の話だと、特にゲートがあって許可証が無いと入れないって場所じゃないみたいです」

 ただ……そう言って宇佐美は野崎の方をチラッと見た。

「数年前から監視塔みたいなものが出来て、そこからコミュニティに来た人間をチェックしているらしい」

「何のために?」

「さぁ。たぶん取材対策じゃないですか?彼女みたいに、何かを調べに来た人間を警戒しているみたいだ」

「怪しさ全開じゃねぇか」

 野崎はそう言って笑った。

「頻繁に出入りしてた彼女はで出禁にされたらしい。だから今回、俺達が行くって言ったら、『情報の共有お願いします!』だって」

「その人は何を調べてるの?」

 宇佐美は、数日前に会った美波の事を話した。

「そういう、怪しい団体を調べるのが今の仕事みたいだ」

「へぇ……女1人単身で乗り込むなんて。凄い度胸だけど危険だな」

「以前は一緒に組んでた人がいたらしいけど。今は1人で活動してるみたいだ」

 ふぅん……と野崎は頷いて、宇佐美の横顔を見た。そして意味ありげな笑みを浮かべる。

「どんな人?若い人だったの?その……江口さんっていう人」

「歳は聞かないよ。でも多分、20後半か30前半くらいかな?」

「美人?」

「え?」

 そう聞かれて宇佐美は野崎を見た。何か言いたげな視線に戸惑い、思わず「さぁ、普通じゃない」と素っ気なく答える。

「なんだよ……普通って」

 不満げな野崎に、宇佐美は言った。

「美人の基準なんて人それぞれでしょう。俺はそう思ってても、野崎さんにはそうじゃないかもしれないし」

「一般的な基準で聞いてるだけだよ」

「人を見た目で判断するのは良くないですよ」

「うわぁぁ……正論で返してくるなよ—―俺、サイテーな男みたいじゃん……」

 気になるから聞いただけなのに……と、運転しながらブツクサ呟く野崎に、宇佐美はムッとしつつも、何故か笑いがこみ上げてきて、慌てて窓の外に顔を向けた。


「あそこに看板が出てる。この先500M享愛の里だって」

 ふいに宇佐美がそう言って前方を指差した。

「警戒してても案内はしてくれるんだな」

 野崎はそう言うと、「おじゃましまーす」と言いながらハンドルを切って、コミュニティに続く細い林道へと入っていった。



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