第2章・忌み札 #3
奇妙な札について、神原から返答が来たのは婚活パーティーに参加してから1週間後のことだった。
結論から言えば、神原の知り合いは札については分からないが、それを知っているという女性記者なら紹介できるという。
4月1日。
宇佐美はその日、約束を取り付けた女性記者と会うために、都内まで足を運んだ。
正式な捜査でもないのに、わざわざこんな所まで来て調べる必要があるんだろうか?と正直、疑問も感じるのだが、放置するには少々気持ちが悪い。
もし本当に、呪いの札だとしたら……
受け取った
(
いいように使われているみたいで、なんだか腹が立つが、好奇心に突き動かされていることも否めない。
これでも一応オカルト雑誌のライターだ。
不思議な物を目にして、分からないままにはしたくない。
宇佐美にとっては失踪事件云々よりも、今はこの札の方が気になるのだ。
待ち合わせ場所は、オフィスビルがひしめく丸の内の一角。
お洒落なカフェテラスだった。
相手の女性はまだ来ていないので、先にテラス席に着くと、宇佐美は手帳に挟んでおいた例の札を取り出した。
確かに気味の悪い札だけど—―不思議と念を感じない。
こういった札やお守りなど、神社で売られているものには多少なりとも念が込められている。
家内安全や交通安全、厄除け祈願などは陽の念が込められているが、対する呪物には負の念が込められている。どちらも強ければ強いほど効力はあるのだが……
最初のインパクトは単純に忌という文字からくるイメージで、それが気味の悪さと恐怖を引き起こしたのだが、冷静になって見てみると、この札からは特に何も感じない。
有るべき念が感じられないのだ。
「あのぉ……」
その声に、宇佐美は素早く手帳を閉じて振り向いた。
「宇佐美さんですか?」
黒い書類鞄にパンツスーツ。ローヒールを履いた若い女性が、じっとこちらを見ている。
「あ、江口さんですか?」
それを聞いて
「すみません、お待たせしちゃって」
そう言いながら、ポケットから名刺を取り出すと、慣れた手つきで宇佐美の方へ差し出した。
「初めまして。私、江口美波と言います。フリーで雑誌記者をしてます」
宇佐美は立ち上がると、自分も名刺を差し出して言った。
「初めまして。宇佐美です。自分も雑誌でコラムを書いてます」
それを受け取った美波は、眩しそうな目で宇佐美を見上げると、少し照れたように俯いた。
「あ、どうぞ、座って下さい。俺も今さっき来たところなんで」
宇佐美にそう促されて、美波は席についた。
2人揃ったところで飲み物を注文し、改めて挨拶をする。
「お時間作っていただいて、ありがとうございます」
そう丁寧に頭を下げられ、美波は手を振った。
「いいえ、全然!気にしないで下さい」
そして自分の乱れた頭髪に気づいて、慌てて手櫛で整えながら小声で呟いた。
「いやだ……こんなイケメン来るって知ってたら、もっとちゃんとセットしてくるんだった……」
「え?」
聞き返す宇佐美に美波は「何でもないです!」と慌てて首を振り、ニッコリ笑顔を浮かべた。
約束の時間に間に合わそうと、走ってきたのだろうか。
髪は乱れ、はねた毛先が肩の上で踊っている。頬をやや紅潮させ、じっと相手を見つめる目はくっきりと大きく、気の強そうな光を放っていたが、柔らかい笑みがその強さを中和していた。
素顔に近い薄化粧が、かえって好印象を与える女性だ。
男に媚びるタイプではない。
対等に勝負したい女性特有の逞しさを感じる。
小柄だが、エネルギーではち切れんばかりの美波を見て、宇佐美は微笑を浮かべた。
テーブルに置かれた飲み物を飲みながら、宇佐美は聞いた。
「江口さんは、どんな記事を書いてるんですか?」
「色々です」
美波はそう言うと肩を竦めた。
「その時その時、自分が気になったことを調べて記事にしてます。最近は環境問題に関する事……怪しい環境団体とかね」
「あぁ」
と、宇佐美は頷いた。
SDGsに基づいた活動を、今では世界各国で取り組んでいるが、真摯に取り組んでいる団体がいる一方で怪しい活動を行う団体もいる。
表向きは環境団体。裏を返せば宗教だった……なんて話もある。
「潜入とかもするんですか?」
「場合によってはね」
「単身で?」
いたずらっ子のように頷く美波に、宇佐美は思わず眉をひそめた。
「危険じゃないですか?」
「ジャーナリズムに、ある程度の危険は付きものですよ」
その台詞に宇佐美は無言で肩を竦めた。
自分にはその度胸はない。
生身の危険な人間が潜んでいそうな所になど、恐ろしくて1人では入っていけない。それならまだ、心霊スポットに1人で行く方がマシだ。
宇佐美が素直にそう言うと、美波は面白そうに笑った。
「私はそっちの方が嫌だわ。お化けが出るかもしれない所に1人で行くなんて」
「生きてる人間ほど実害はないですよ」
「宇佐美さんは、そっち系のお仕事されてるんですか?」
「まぁね」
そう聞いて、オカルトが苦手な美波は首を竦めた。
初対面なのに、気負いなく話せることに宇佐美は驚いた。
自分より、かなり年下だと思うが。この間の婚活パーティーで話した女性たちよりもずっと話しやすくて親しみやすい。
自分を飾ることもなく、偽ることもない。
恐らく誰に対しても、この女性はこんな感じなのだろう。
(なんとなく、野崎さんに雰囲気が似ている……)
きっと、思った事は何でも口にしてしまうタイプだ。
——なるほど。
気負いなく話せる理由はこれか……と思って宇佐美は苦笑すると、手帳を開いて言った。
「江口さんは、これについて知っているという事ですが—―」
そう言って差し出された木札を見て、美波はハッと息を飲んだ。
そしてゆっくり頷くと、怯えたような目をして言った。
「ええ、知ってます。それ—―
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