第2章・忌み札 #2
婚活パーティーの翌日。
宇佐美はポケットに入っていた例の札を持って、雑居ビルの中にある小さな出版社を訪れた。
『
すると、まるでそれを待っていたかのように男が1人姿を現した。
宇佐美がコラムを書いている、オカルト雑誌の編集長をしている
そこで発行したオカルト雑誌は、マイナーではあるが、マニアの間では根強い人気を誇っている。
じきに古希を迎える神原だが、そんなことは微塵も感じさせぬほどエネルギッシュな男だ。
——それに比べ。
相変わらず、やる気のない厭世的な態度の宇佐美に神原は苦笑すると、応接室のソファへと促した。
事務員兼編集者の望月という50過ぎの女性が、お茶を入れてテーブルに置くと、軽く会釈をして自分の仕事に戻っていく。
愛想はないが、変に絡んでくることもない。
宇佐美には、その方が有難かった。
「何か相談事かな?」
神原にそう聞かれて、宇佐美は苦笑した。
事前に約束を取り付けていたわけではない。こうして、ふいに訪れても神原は決して驚きはしない。
まるで、前もって宇佐美が来ることが分かっていたかのようだ。
予感――とでもいうのだろうか。
神原が時折見せる鋭い直感力に、今更驚きはしないが、恐らく……今日自分がここへ来ることも、分かっていたのだろう。
あらかじめ仕事を片付けて、時間を作って待っていたに違いない。
宇佐美は「えぇ、実は—―」と切り出すと、鞄の中から手帳を取り出し、その間から例の【忌】と書かれた木札を出してテーブルの上に置いた。
「神原さんは、こういうものを見たことがありますか?」
神原は老眼鏡をかけると、興味深そうに身を乗り出した。
「ほぉ……お札かな?」
手に取って裏表眺める。筆で書かれた【忌】という文字にやや眉間を寄せ、鼻先に持ってきて匂いを嗅いだ。
「……香の匂いとも違うな」
「変わった匂いがします。でもそれ以上に、書かれている文字が気になります」
「忌まわしいという字か—―確かに。まるで呪いの札だね」
その言葉に宇佐美は笑った。
「ネットで調べてみたけど、そういう札に関しての情報はありませんでした。忌中札っていうのはあるけど」
忌中札とは、不幸があった家の玄関先に貼っておくもので、隣近所に不幸があったことを知らせる目的と、穢れを外へ出さないためという教えからくるものらしい。
ただ最近では、通夜や法要などで家が留守がちな事を周囲に知らせてしまう危険性もあり、防犯上の観点から貼らない家もあるようだ。
大きさや見た目からも忌中札とは違う。
手元にあるのは、木を削って作ったトランプ大の大きさで、中央に忌という文字が墨で書かれているだけ。
正直それほど上手い字ではない。
が、返ってそれがひどく不気味だった。
「私は見たことないね。どこかの神社で配っているのかな?あまり聞いたことはないが……」
「お守りっていう感じの物じゃないですよね?どっちかというと、さっき神原さんが言った呪いの札みたいだ」
「どこで手に入れたんだい?」
それを聞かれて、宇佐美は差支えのない範囲で話をした。
野崎に誘われて、婚活パーティーに参加した事。
そこで参加者の男から受け取ったのではないかという事。
「言っときますけど、相手探しに行ったわけじゃないですよ」
宇佐美は、大事なことだという様に強調して言った。
「彼の
「なんだ、そうかぁ。てっきりその気になったのかと思ったよ」
ようやく、重い腰を上げて婚活を始めたのかと思ったが、と。
からかうような目で見る神原に、宇佐美は口を尖らせた。
「違いますってば……」
「ははは」
神原は楽しそうに笑うと、目の前にいる宇佐美を改めて見つめた。
以前に比べると、少し明るくなったような気がした。
野崎と知り合う前の宇佐美は、今よりもっと厭世的で暗く、感情をあまり表に出さない男だったが。
でも野崎と知り合ってからは、感情を見せるようになって、頑なだった心が少し柔らかくなったように感じる。
キレイに整った顔立ちに細身の体つき。
年の割には若く、幼さを感じる時もあるが—―これは、この男が持つ生い立ちも影響しているのだろう……
神原は札をテーブルに置くと、両腕を胸の前で組んで言った。
「こういった、呪物……かどうかは分からないが、好きで調べている知り合いがいるよ。その人に聞いてみよう」
そう言いながら、スマホで札の写真を何枚か撮った。
「時に。野崎とはうまくやってるかい?」
「え?」
ふいにそう聞かれて宇佐美は戸惑った。
野崎と自分を引き合わせたのは他ならぬ神原だ。
それまで、野崎に対しての霊感アドバイザーは神原の役目だったが。
世代交代――とでもいうように強引にバトンを渡され……
まぁ色々あった末に引き継いだわけだが—―
「彼も離婚で色々大変だったようだが、少しは落ち着いたのかな?」
「相変わらず仕事が忙しいみたいですけど……でも元気にやってますよ。会えば憎まれ口ばっかりだけどね」
そう言って膨れた様にそっぽを向くが、本気で怒っているようには見えない。
その様子に神原は微笑むと、まるで息子を見る様な眼差しで、帰っていく宇佐美の背中を見送った。
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