第2章・忌み札 #4
「宇佐美さんは、
「享愛の里?」
初めて聞く名称に、宇佐美は首を振った。
「世間ではほとんど知られていませんが、富士の裾野にある施設で、元々は老人の
そう言いながら、美波は鞄の中から一冊のファイルを取り出すと、それを宇佐美の前に広げてみせた。
中には望遠レンズで隠し撮りをしたような画角で、何枚も写真が収められている。
ゴルフ場のような敷地内に、仮設住宅がいくつも点在している写真。
畑で何かを栽培しているような写真。
住民同士が立ち話をしてる写真。
宇佐美はそれらを興味深げに眺めた。
「それがいつの頃からか、若い人たちが集まって自給自足の生活をするコミュニティに変わって—―
「へぇ……初めて知りました」
「電気は自家発電。水は地下水をくみ上げて。食料も畑を耕して—―と、最低限のライフラインで生活しているようです。年寄りもいますが、家族連れもいて……ちょっとした村ですよ」
なるほど。写真には子供の姿もある。
美波は宇佐美の方へ身を乗り出すと、コミュニティ全体が見渡せる写真の1枚をめくって言った。
「ここは以前、企業の保養所があった場所だそうです。それを市が買い上げて老人ホームを作る予定だったけど、それが頓挫して……代わりに、ある福祉団体がその事業を引き継いだらしいんですが—―」
写真の中に、宿泊施設のような建物が立ち並んでいるものがあった。これは保養所だった頃の名残だろう。プールや、テニスコートもある。
「でもその団体が、なんだか妙で……」
その言い方が気になり、宇佐美は視線を上げた。
「どうもそこは、享愛の精神という教えを元に、1人の女性を核として作られた団体みたいなんです」
「享愛の精神?」
「宗教とは違うようですけど……まぁでも、一種の宗教だと私は思ってます」
美波はそう言ってファイルから1枚の古いチラシを取り出した。
「今はもう、こういった勧誘まがいの事はしないようですが、コミュニティが出来た頃は、よくこういったビラを駅周辺で配っていたようです」
宇佐美は手に取って見た。
『喜びを分かち合い、愛を享受する生活を』
『不要な物は捨てて、必要な物だけを身に着ける』
『不純物のない食事で、心も体も美しく生まれ変わる』
ふふっと宇佐美は笑った。
「なにかのセミナーの謳い文句みたいだ」
その台詞に美波も笑った。
「もう10年以上前のことで、当時はこういうもので住民を募っていたようですが、新興宗教が社会問題を起こしたこともあって、この手の勧誘はしなくなりました」
「目をつけられてしまうからね」
そう言ってから、宇佐美は気になるように美波を見た。
「それとこの札と、何の関係が?」
「……」
そう聞かれて美波はしばらく黙り込んだ。
宇佐美が手にしている札に、じっと視線を向ける。
大通り沿いに面したカフェテラスの前は、大勢の人が行き来していた。
車の往来も激しい。緊急車両がサイレンを鳴らしながら通り過ぎていった。
都会の喧騒を肌で感じる。
でも、この時の宇佐美と美波の間には、そんな喧騒をかき消すような空気が流れていた。
美波は言った。
「宇佐美さんは生まれ変わりって信じますか?」
突拍子もない質問に、宇佐美は思わず「は?」と聞き返した。
その返事に美波は思わず笑った。
「あはは、ごめんなさい。急に現実離れしたこと聞いちゃって。でも、オカルト信じてる方なら、もしかして信じるかなぁって」
「俺は別にオカルト肯定派じゃないよ」
え!そうなの?というように驚く美波を見て、宇佐美は苦笑した。
「否定も肯定もしない。どっちとも言えるから—―」
そう言った後、慌てて咳払いすると、「生まれ変わりは信じてないよ」と答えた。
「よかった。私も信じてはいません。でも、そのコミュニティの住民は信じてるみたい」
そう言いながらファイルの後ろの方をめくると、1枚の写真を指差した。
「彼女がコミュニティの代表で、名前は
「天守様」
画質が荒いのでハッキリと顔は分からないが、赤い羽織のようなものを身にまとった女で、長い黒髪を巫女のように縛り、まるで天女のような出で立ちだった。
歳は若いようにも見えるが、そうでないようにも見える。
「明確に宗教とは言ってないけど、彼女を教祖のように崇めているのは間違いないみたい」
「見るからにそんな感じだね」
「嘘か本当は分かりませんが、この女性—―何度も生まれ変わっていて、本当の歳は誰にも分からないそうですよ」
「えぇ⁉」
「一晩に何人もの男と交わって、もう何十人も子供を産んだとか……コミュニティにいる住民の大半が、彼女が産み落とした人間だって—―信じます?こんな話」
「あはは」
「体が老いて子供が作れなくなると、新たに生まれ変わって君臨する。まるで女王蜂だわ」
苦笑いする宇佐美を見て、美波も笑った。
「普通は信じませんよね、こんな話」
「でも住民は信じてる。洗脳ですか?」
宗教にありがちな—―ね、と美波は鼻に皺を寄せた。
「この札もその1つです。天守様からこれを受け取ると、その人には
「呪いの札か……でもまやかしでしょう?」
「……」
その問いかけに、何故か口をつぐむ美波を見て、宇佐美は不安になり再度問いかけた。
「嘘ですよね?そんな効力はないでしょう?」
「――」
美波は心配そうな顔をする宇佐美に向かって言った。
「その札を持っていた私の友人は亡くなりました」
「え?」
驚く宇佐美に、ファイルの中にあった新聞記事の切り抜きを見せると、
「これは本当です」と囁いた。
「―――」
宇佐美は記事に目を通した後、手にしていた札を見た。
(まさか……)
この札にそんな力があるのか⁉
何の念も感じない、こんな木札に?
(嘘だろう?)
驚いて固まっている宇佐美を見て、美波はダメ押しのように言った。
「彼は事故で亡くなりました。彼の所持品の中からその札が出てきたんです」
ほら、これ———そう言って、ファイルの一番最後のページをめくった。
そこに、同じ忌み札を見つけて宇佐美は息を飲んだ。
——4月1日。
エイプリルフールの嘘であってくれたら……と。
思わずにはいられなかった。
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