第1章・失踪 #5
「……笑い過ぎだよ」
白石に爆笑され、野崎は不貞腐れた様に箸で肉をつまんだ。
婚活パーティーの後、勤務を終えた白石と横浜駅の近くで待ち合わせをして、焼き肉店で打ち上げ。
……と言っても、正確には打ち上げではなく、お詫びだ—―
個室のある店で、宇佐美の希望通り特上のコース。
スーツを借りた白石に対してのお礼も兼ねて……なのだが。
思ってもいなかった結果報告を聞いて白石は大笑いした。
それを見て、野崎と宇佐美は渋い顔をする。
「お前ら、何やってんの⁉」
白石は腹を抱えて笑うと、「あー腹痛ぇ」と、笑い過ぎて出てきた涙をおしぼりで拭った。
その様子を見て、野崎は苦々し気に言った。
「婚活パーティーで男同士のカップル誕生を、前代未聞って言われたんだぞ」
そのセリフに、「そりゃそうでしょ……」と宇佐美が呆れた様に呟いた。
「大体、なんで俺の名前書くんだよ」
野崎にそう聞かれて、宇佐美は口を尖らせた。
「だって、白紙はダメだって言うから—―その気もないのに女性の名前書くわけにもいかないし……っていうか。そういう野崎さんだって、俺の名前書いたじゃないですか!」
「それは—―俺だって、その気もないのに女性の名前書くわけにはいかないから……」
「あぁ……つまり、2人して同じ気遣いして。お互いの名前書いちゃったってわけね」
そう言って再び笑う白石に、野崎は言った。
「笑い事じゃねぇよ……見せたかったぜ、あの場の空気。男は半笑い、女は冷ややかな目で見るし—―もぉ最悪!」
「それはこっちの台詞ですよ!」
宇佐美はそう言うと怒ったように身を乗り出した。
「勝手に申し込まれて、強引に連れてこられて……最後は晒し物にされて、ホント最悪!」
もう二度と行かないからな!と睨みつけると、野崎が取ろうと思っていた肉を横から奪い取って口に入れた。
目の前でいがみ合う2人を見て白石は、「まぁまぁ」と宥めると、「案外本音が出たんじゃないの?相思相愛で……いやぁ、羨ましいなぁ~ご馳走様ぁ」とからかった。
「アホ!違うわ!」
「……」
両腕を組んだまま、ムスッとしていた2人だったが、ひと通りメインの食事が済んで〆のデザートの頃には多少気持ちも落ち着いていた。
「で?どうだったの?その婚活パーティー。何か怪しい所あった?」
白石に聞かれて野崎は首をひねった。
「うーん……これといって特に変わったところはなかったかな」
参加者も主催者も、特に気になる動きはないように見えた。
婚活パーティーで知り合ったと思われる女性と、交際を始めた男性たちが、その後行方不明になっている――
そう聞いて、参加者の女性たちにそれとなく目を向けていたが、気になる素振りを見せる者はいなかった。
やたらと話しかけて回る女性もいなかったし、変な誘いをかけてくる女性もいなかった。
成立したカップルも、真剣交際を前提に—―というよりは、この後ちょっとお茶しませんか?くらいのノリに見えたし、そもそも……交際相手として希望者多数だったであろう宇佐美が、男の名前を書いた時点で成立したカップル数が、いつもより少なかったのではないか?という気がする。
「主催者にとっては、番狂わせの回だったのかな?」
それって俺のせい?と聞く宇佐美に、野崎は首を振ると、「いや、関係ないと思う」と言った。
「成立させることが目的じゃないとしたら、大した問題じゃないよ。身分証を提示してあるんだから、後から連絡を取り付けることだってできる。職業を偽ってそうな奴は、何人か見かけたけどな」
野崎はそう言うと苦笑した。
「しおらしく販売員って言ってたけど。明らかに、夜のお仕事してるオネエサンだなって思う子がいたし。本当はアルバイトだけど、公務員って嘘ついてる男もいた」
「目的は参加者の情報集め?」
「もしくは物色。いいカモになりそうな男探し」
「結婚詐欺の為の?」
宇佐美の問いに野崎は言った。
「だったら職業や年収に関して、もっときちんと調べると思うけど、そこが適当なのが気になる」
三上の口座から、全ての金を引き落としていないことからも、完全に金銭目的の結婚詐欺とは思えない。
それとも何か、他に目的があるのだろうか?
「口座に金を残してるのは、事件性を疑われないようにする為かな?」
「かもな」
白石の言葉に野崎は頷いた。
全額消えていれば怪しまれる。口座を解約せず、そのままにしてあるのは、まだ本人がどこかにいて、引き落とす可能性があると思わせる為か?
「イベント会社がコンパニオン使ってターゲットに近づかせて交際に持ち込む。まぁ、ありがちだけど、でもそんな雰囲気は感じなかったんだよな……」
何となく釈然としないが、ひとまず今日のことは、ありのまま松下に報告しよう—―そう思い、野崎は宇佐美を見て言った。
「今日は付き合ってくれてありがとう。悪かったな、嫌な思いさせて」
「え?」
急な謝罪に驚いたが、宇佐美は小さく頷くと「いいですよ。もう気にしてませんから」と照れたように呟いた。
3人は店を出ると、夜の繁華街を歩いた。
まだ3月だが、今日は日が落ちてもコートが必要ないくらい暖かい。
年々、四季の感覚がズレてきているな、と話しながら、白石は宇佐美を振り返り言った。
「ウサギちゃん、意外とスーツ似合うな」
そのセリフに野崎も頷く。
「ほんと。真面目なホストって感じ」
からかう野崎に宇佐美は眉間を寄せた。
「なんだよ……真面目なホストって」
いつもその一言が余計なんだよ、と悪態をつきながら、両手を上着のポケットに入れた時、左手の指先に何かが触れた。
「?」
それを取り出し、手に取って思わずギョッとする。
「なんだ……?これ———」
「え、なになに?」
「どうした?」
気づいた2人も傍に寄ってくる。
そして、宇佐美が手にしていた物をひと目見て「え?」というように顔をしかめた。
それは、トランプほどの大きさの札で、中央に黒い文字で一言
【忌】
と書かれていた。
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