第1章・失踪 #3

 受付を済ますと、2人は会場であるイベントホールに入った。

 お洒落なカウンターバーのある広い会場で、既に大勢の参加者が集まっている。

 男女合わせて30人はいるだろうか?


 受付で渡された番号と名前が書かれた名札を付けて、開始まで皆思い思いの場所で寛いでいる。

「結構いるな……」

 宇佐美は会場を見回してため息をついた。

「男の参加者は意外と年齢層高いな。この中じゃ宇佐美おまえが一番若いんじゃないか?」

 女性参加者の視線が、隣にいる宇佐美の方へ一斉に注がれるのが分かる。

(こりゃ宇佐美争奪戦かも……)

 面白い展開が見れそうだ—―と、本来の目的を忘れそうになり、野崎は慌てて気を引き締めた。


 14時。

 開始時刻になると、物慣れした進行係のスタッフがマイクで参加者全員に挨拶を始めた。

 今日一日の流れを説明しながら、自然と男女が話をしやすい雰囲気へと持っていく。

 緊張感が漂っていた会場が一瞬で和み、段取りよくスムーズに進行していく様は、さすがプロの仕事だな……と野崎は変なところで感心した。

「では早速自己紹介タイムに入りましょう。男女それぞれ向かい合って座って下さい。1分経ったら男性は席を1つずれて次の女性の前へ—―」


 流れ作業のような自己紹介が続き、気になる相手がいればアピールカードと呼ばれるカードを渡す。

 そのカードをもらった相手とは、次のフリータイムで優先的に話が出来るシステムのようだ。

 そのカードを、複数枚渡された宇佐美を見て、野崎は苦笑した。

「やっぱりな。期待を裏切らない男でホッとしたよ」

「なんか……楽しんでませんか?目的忘れてないでしょうね?」

「ちゃんとよ」

 そう言いながらも、楽しそうにニヤニヤと笑っている。宇佐美はムッとした様に野崎を睨んだ。

 宇佐美ほどではないが、野崎も数枚カードを手渡された。

 相手探しが目的でないとはいえ、気にかけてくれた相手を邪険に扱うわけにもいかない。

 フリータイムが始まると、参加者の様子を伺いつつも野崎は女性との会話も楽しんでいた。

 宇佐美の前には会話待ちの女性の列が出来ていて、その様子を見た男性陣からは羨望と嫉妬の眼差しが向けられている。

 目立つことが嫌いな宇佐美にしたら、耐えがたい時間だろう。

(こりゃ夕飯ゆうメシ奢るくらいじゃ済まなそうだな……俺、ぶん殴られるかも)

 と、野崎は心の中で覚悟した。


 女性との会話もひと段落ついて、野崎が飲み物片手にカウンターの近くで一息ついている時だった。


「お連れさんは、スゴイ人気者ですね」


 ふいにそう声を掛けられて、野崎は振り向いた。

 その男は、会場でも一際目についた男だった。

 身長は190はあるだろうか。

 上背もあるが体格も良く、ダブルのスーツがよく似合っていた。

 白髪交じりの短髪に、厳つい顔立ち。

 年齢はかなりいってそうだと感じた。男の参加条件が40から50代なので、恐らく50代後半だろうか?

 名札には24という数字と、カタカナでクラモチと書かれていた。


「やっぱり、人は見た目なんでしょうかね?」

 野崎がそう言うと、クラモチは苦笑した。

「なら私なんて論外だろうな」


 一見すると、暴対係の捜査員の様な人相をしている。服の上からでは分かりにくいが、その体つきから、何か格闘技の経験があるのではないか——そう思って野崎はさり気なく聞いた。

「柔道かなにかされてます?」

「どうしてですか?」

「知り合いに柔道家がいて。体形や雰囲気がよく似ているもので」

 これはまんざら嘘ではない。警察官にも大勢いる。

「あはは、なるほど。えぇ、段位を持ってますよ」

「いくつ?」

 六段です、と聞いて野崎は「おぉ」と目を見張った。

「スゴイ腕前ですね」

「若い頃からやってるだけで、それ以外に取り柄がないモンですから」

 クラモチはそう言って照れくさそうに頭をかいた。

 見た目に反して、人の好さそうな笑顔だった。

「ノザキさんは会社員ですか?」

「えぇ、まぁ。クラモチさんは?」

「似たようなもんですよ」

 言葉を濁しながら、じっとこちらの様子を伺っている。


 女性を取り合うライバル—―という感じでもない、不思議な感覚だった。

 互いに率先して女性に声を掛けにいくこともない。

 何しに来たんだ?といぶかしんでいるのは、野崎も相手も同じだろう。


「あなたもお連れさんも、こんな所に来なくても女性には事欠かなそうに見えるが」

「そんなことないですよ。若い頃と違って、中年にもなると女性の目はシビアですからね。年収と肩書がないと、相手にもされない」

「確かに」

 クラモチは苦笑しながら頷いた。

「それに見た目が加われば、私にはもう太刀打ちできない」

 宇佐美の姿を見てクラモチは首を振ると、「あんな風に話せればいいが……自分はどうも女性と話すのが苦手でして」と頭をかく。

「少しでも慣れようと、こういう場に来るのですが……やはり難しいですな」

「そうだったんですか……」

 声を掛けに行かない理由を、暗に仄めかされた様な気がしたが、野崎は納得した様に頷いてみせると、「失礼ですけど、ご結婚された経験は?」と聞いた。

「いいえ。でかい図体して恥ずかしい話ですが……」


「――」

 その答えに野崎は一瞬黙り込んだ。


 が、すぐに笑みを浮かべると、「変な事聞いてすみません」と頭を下げた。

「でも、私は一度失敗している身なので、それに比べたらまだマシですよ」

「ははは、バツイチの方でしたか」

 互いの身の上を、乾いた笑いで慰め合う。

 他愛のないやり取りだが、腹の底を探り合うような奇妙な空気が、2人の間には流れていた。


 軽く会釈して立ち去るクラモチの背中を、野崎は黙って見送った。


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