第1章・失踪 #2

 松下の相談を受けてから2週間後の祝日。

 野崎は横浜の関内駅の改札口にいた。


 いつもよりフォーマルなスーツに身を包み、人待ち顔に佇んでいると、約束の時間ギリギリに1人の男が改札を通って近づいてくるのが見えた。

 軽く手を上げて微笑んで見せる。

 その笑顔に、宇佐美は仏頂面で答えた。

「そんな顔すんなよ」

「……」

 そう言われても、怒ったように野崎を睨みつける。

「白石にスーツ借りた?似合ってるじゃん」

「……」

「お前が着ると、また雰囲気が全然違うな」

「……」

「身長違うから裾上げしたのか。ちょっと借り物感あるけど……イケメンは何着ても似合うからいいよなぁ」

「……」

「……」

 無言のまま、黙ってじっと自分を睨みつける宇佐美に野崎も黙り込んだ。

 そして静かに、聞く。

「もしかして――怒ってる?」

「そう見えます?じゃあきっとそうだ」

「なんだぁ、やっぱりそうかぁ」

 白々しく笑って言う野崎に、宇佐美は思わず詰め寄った。

「そうかぁ—―じゃないですよ!こういう事って、事前にちゃんと許可を取るものなんじゃないですか?」

「許可取りしたらOKしてくれました?」

「するわけないだろう!」

 その返答に、「ほらぁ」と野崎は笑った。

「当たり前じゃないですか。婚活パーティーなんて興味ないし、行きたくないし」

「そうなるって分かってたから許可取らなかったんだよ」


 渋る宇佐美を促して、野崎は会場へ向かった。

 場所は関内駅から徒歩で10分ほどの所にあるイベントスペース。

 松下から聞いた話では、失踪した三上や、それ以外にも行方が分からなくなっている男性たちが参加していたと思われる婚活パーティーが、今日の14時からそこで行われる。

 どうやら三上はそこで、再婚相手と知り合ったらしい。

 主催するのは都内にあるイベント会社で、特段怪しい所はないが、一度様子を見てきてくれないか?と、頼まれて参加することにしたのだが—―


「頼むから協力してくれ」

「俺にどんな協力が出来るんですか?なにか付きのイベントなんですか、それ?」

 宇佐美の、を聞く能力が、この際なんの役に立つのか野崎にもよく分からないが、少なくとも表面的ではないものを見る力は自分より長けているはず—―そこに期待して連れ出すことにしたのだが……


 正直。

 それは大義名分で、本音は1人で参加するのに躊躇しただけだった。

 独身の頃は、合コンなどに参加したこともあるし、これから参加するようなイベント……先輩たちの間では当時、ねるとんパーティーなどと呼ばれていたそうだが—―そういった催し物にも興味本位で参加したこともあるが。

 さすがに離婚して早々、この手の集まりに1人で参加するのは気が引けた。

 同僚の白石を誘っても良かったが、ゲイの男に男女の婚活パーティーは少々場違いだろうと思ったし、身の回りの友人には既婚者が多い。

 正式な捜査じゃないので、仲間の捜査員を誘うわけにもいかず—―絶好の適任者が宇佐美だったのだ。

「これって、正式な捜査じゃないんですよね?」

「まぁね。でも捜索願が出されている件に多少の関りがある」

 事の経緯はある程度話しておいたので、宇佐美もその点は知っていたが。

「俺は何をしたらいいわけ?」

「気になるものを見たり、何か聞こえたりしたら教えて欲しい」

「……相変わらず漠然としてるなぁ」

 と、宇佐美は困った顔をした。

 

 特殊な霊能力を持つ宇佐美尚人うさみなおとは、ある出来事をきっかけに刑事である野崎祐介のざきゆうすけと知り合った。

 以来、霊感アドバイザーのような立場で関わりを持つようになったのだが……

 近頃はどうも、仕事とは関係のないプライベートな要件で駆り出されることが多い。

 着慣れないスーツとネクタイの窮屈さに、宇佐美は辟易した。


 今回のパーティー、参加者には色々な条件が付けられている。

 女性の年齢制限は20代から30代。

 男性は40代から50代で、年収は500万以上。

 服装は全員フォーマルで、とある。

 金持ちの年上男性を狙う適齢期の女性が対象、というわけか。

 もしくは、子を望む男性が対象か—―どちらにしても、欲望丸出しだな……という印象だった。


 いきなり参加を告げられた宇佐美は、「スーツない、年収もない」と全否定して逃げようとしていたが、それはあらかじめ想定していたので白石にスーツを借り、プロフィールなどどうにでもなると、適当に作ったプロフィールシートを差し出して退路を塞いだ。

「警察のそういう所キライだ」

 と宇佐美に悪態を突かれて、野崎は苦笑した。

(そりゃ怒るよな)

 ご機嫌が激しく斜めに傾いている宇佐美の顔を、野崎は申し訳なさそうに覗き込んで頭を下げた。

「強引に誘って悪かったよ。でも俺ひとりじゃ心許こころもとなくて……頼むよ、力を貸してくれ」

「……」

 急に殊勝な態度で頭を下げる野崎に、若干疑いの目を向けつつも、宇佐美は仕方なくため息をついて言った。

「もういいですよ……今更断れないし。それより、こんな嘘だらけのプロフィールで大丈夫ですか?」

 自分は大手出版社に勤務している編集者で年収500万。

「あながち無関係じゃないだろう?話も合わせやすいと思ってさ」

 マイナーな雑誌だが、宇佐美はそこでコラムを書いているライターだ。

「まぁ、そうだけど。でも野崎さんは?企業の役員で年収600万?正直に公務員って言えばいいじゃない。年収だってもっとあるでしょう?」

「変に勘繰られても困る。目的は相手探しじゃないんだ。それに、結婚相談所と違って、こういうイベントのプロフィールはそこまで詳しくチェックしない」

 野崎はそう言うと、腕時計で時間を見ながら先を急いだ。

「自分の相場を知りたくて参加する奴半分。冷やかし半分。遊び相手探し半分。本気で結婚相手を探したかったら、ちゃんとした相談所に登録した方が良い」

 マッチングアプリと大差ない、と野崎は呟いて、婚活パーティーがある会場に足を踏み入れた。

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2024年9月21日 22:00
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T.M.C ~TwoManCell 【道標】編 sorarion914 @hi-rose

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