第48話 神喰雷

「くそっ! 間に合わない!」 


 いち早く立ち直りを見せたカナンだったが、ここからではミシャグジさまの突然の奇襲にどう考えても間に合わない。

 異形の怪物に伸し掛かられたふたり。彼女達はその巨躯を軽々と操るその化け物に押しつぶされてしまった……

 皆がそう思っていた。だが――


「おい! クロ! しっかりしろ! 身代わり玉が潰されちまった! 復活までしばらくかかっちまう。次来られたら本当に死んじゃうぞ!」

「ご、ごめん、シロちゃん、もう大丈夫……僕のせいでタマちゃんが……」

「そんなこと言ってる場合かよ!? あいつは死んだりしないんだから、時間が経てば復活する! それよりも早く逃げよう!」


 ふたりはミシャグジさまの押しつぶしによって圧死したかと思われていた。だが実際は、シロが寸でのところで彼女が使用する異能力マイナーアルカナを放り投げていた。

 それは――


 ――銀色の球体


 直径20センチ程度のそのボールは、とある未踏破ダンジョンの低層で発見された。そのダンジョンとは『弐拾ダンジョン』

 このボールにはある力があった。


 それは使用者とそのボールの位置を入れ替えるという能力。


 何故かこのボールの能力は身長140センチ以下でないと発動しなかった為、長い間第壱ギルドの倉庫に眠っていたのだが、身長137センチのシロがこのアイテムを譲り受けたのだった。

 手を繋いでいる相手も同時に入れ替えることができるこのアルカナで、シロは身長172センチのクロを窮地から救ったのだ。


 人を入れ替えることからヨーロッパ民話に登場する妖精、人の子どもを攫った後に置いていく身代わりからなぞらえて――


 ――取り換えっ子チェンジリングと命名された。



    ◇



「よかった! シロ! クロ! できるだけ遠くに走れ! 私がヤツを引き付けるから!」


 平行感覚を取り戻したカナンは、予備に持ってきていたブロードソードを片手に、ミシャグジさまの前方へと躍り出た。

 何か現状を打破するような策があるわけでもないのに、自然と体が動いたカナン。

 ここでみすみす他者を傷つけられるのを黙って見過ごせる程彼女は冷酷ではないし、冷静でもなかった。


(はは、私は何をやってるんだろうな。あの化け物に対して私が何をできるというのだ。だが……)


「私に逃げるという選択肢はないんだ! 来い! 化け物! 私の全てを投げうってでもお前を止めてやる!」


 凛とした彼女の気迫に触発されたのだろうか、異形の化け物の頭部がゆらりとカナンを向いた。目といえるような器官がぱっと見なさそうなその男性器を模した頭部、だがそれは明らかにカナンの方を見つめていた。


 来る。カナンの覚悟は決まっていた。

 だが――


 ――待たせたな。


 20メートル程離れた位置で、ただ茫然と立ち尽くしていただけに見えた、赤色の鎧を身に纏った男が声をあげた。


「カナンよく耐えた。ここからは俺がやる。お前も唯達と壁の隙間を探せ」


 そう言う男のすぐ横には何かがあった。

 それが何なのかカナンには分からなかったが、ただそれが余りよくないものだというのは直観で感じ取っていた。それが何故かは分からない、ただ単にそれがここにあってはならないものだと感じたのだ。


「はあ、こんなところでこいつを使うなんて全く想定外だ。こいつを使ったら後始末のことも考えにゃあならんのにな。ふんっ、まあ愚痴を言っても仕方ないか。じゃあ行くぞ。疑似神格の化け物――」


 ――クリエイト・ゲートオブノイエタニア!


 ムラマサの呼び声と共に、彼の隣にあった何かが徐々にその姿を露わにしていく。

空間に歪みが生じ、次第に黒い渦のような裂け目が発生した。その中にいたモノ――


 ――それもミシャグジさまと同じく異形の怪物だった。


 それはとても大きな一つ目の異形。

 その周りには静電気のような発光体が、バチバチと大きな音を鳴らしながら絶え間なく輝きを放っていた。


「久しぶりだな――」


 ――神喰雷かみぐらい


 そう呼ばれた一つ目のソレは、ムラマサの方をジロリと見つめると、その目はぐにゃりと細くなり、まるで嫌らしい笑みを浮かべているかのようだった。

 そして何処からともなく声がする。


「ムラマサあ。久しいなあ。私の力が借りたいのかあ? 別に構わんがあ、ちゃあんと贄は用意できてるんだろうなあ?」


「今はないが後で対価は払う。すまんがお前の力を貸してくれ」


「ほおほお。そういえばあ、あの双子はおらんのかあ? 贄はあの龍の巫女のどちらかでもよいぞおぉぉぉ」


 神喰雷の一言でムラマサの表情が一変した。


「あのふたりに手を出すなら先にお前を消滅させるぞ? お前を呼んだのは、穏便にこの場を乗り切るのに、お前を使うのが手っ取り早いからってだけだ」


 ムラマサの言葉に特になんの変化も見せず相変わらずぐにゃりと歪んだ目をしたままのソレは、ムラマサを見つめていたのを止め、ミシャグジさまの方を向きなおした。


「10人だあ。わかったなあ? ムラマサあ。3日以内に用意しろお。それであいつをやってやるう……」


 神喰雷の言葉に暫く沈黙したムラマサは、少し経ってから『分かった』とだけ言った。

 この言葉が何を意味しているのか、ムラマサ以外のここにいるメンバー達が知る由もなかった。

 突然現れた自分以外の異形の化け物の脅威を感じ取ったのか、ミシャグジさまの頭部は明らかに神喰雷の方を向いていた。

 怪物と怪物との距離はおよそ20メートル。

 ミシャグジさまも警戒しているのか、先程までとは違い不用意に飛び掛かろうとはしなかった。膠着状態が続くと思いきや、先に動いたのは――


 ――ムラマサが召喚した異形だった。

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