第47話 善か悪かで言えば……

 彼、村田正雄は異世界帰りだ。


 こことは違う世界で、偉業を成し遂げたかどうかは定かではないが、彼のした様々な稀有な経験。

 彼はあの世界で完璧な正義ではなかったかもしれない。だが彼は彼の信念に基づいて生きてきた。そうしていく内に出会った数多くの敵と味方。


 魔王ミズマリスは正確に言えば味方ではないかもしれない。元々は敵同士、今では互いを知り、認め合い、何時しか友と呼べる立場になった。

 勇者ノイエリタンもそうだ。最初は只の魔王を共に討伐する為の道具に過ぎなかった。なのに幾度となく苦楽を共にしていく内に彼女の信念、彼女の精神の高潔さに惹かれ、互いに認め合うようになったのだ。


 村田正雄にはそう言った仲間が他にもいた。

 仲間と言っても色々とあるだろう。心を通わせた仲間、苦楽を共にし様々な出来事に共感しあえる仲間。

 そして――


 ――利害が一致しただけの仲間。


 今から村田正雄が呼び出そうとしているのは後者。

 ソレは決してあの世界で善側にいたわけではない。もしかしたら惡側かもしれない。だがムラマサはソレと契約した。ただ単に利害が一致したから……



    ◇



「おい! カナン! 今からあるもんを召喚する。多分10分以上かかるが、耐えられるか!?」

「インスタントヒーローが切れると再度使用するのに10分かかるが、それが必要とあれば私はこの命に代えてもそれを実行する!」


 そうか、ムラマサは一言だけ口にすると、覚悟を決めた。

 はアレを呼び出す為の前段階。

 自分だけならあの異形の化け物の攻撃を防ぐことは可能。だが他のメンバーを庇いながらをすることは不可能だったのだ。


 ――クリエイト・レッドアーマー!


 真っ赤なプレートアーマー、というよりも、なにかロボットのような出で立ちに包まれたムラマサはその場でただただ立ちつくす。

 ミシャグジさまが頭部での殴打をしてきたものの、微動だにせず、ただただその場から一歩も動かない。

 そしてその装甲はミシャグジさまの石化すら防いだのだ。


「マ、マネージャー氏!? な、なにをやっているのだ? だ、大丈夫なのか!?」

「ああ、俺に構わずお前はヤツの攻撃を退け続けろ。他のメンバーのことを頼んだぞ」

「あ、ああ! 任せてくれ!」


 彼にはなにか策があるのだろう、そう解釈したカナンは、持っていたブロードソードでミシャグジさまへ攻撃を続ける。だがその斬撃はモンスターの固い鱗状の皮膚に阻まれて、有効打にはなっていないように見えた。

 攻撃をなんとか受けつつも時間は刻一刻と過ぎていく。

 カナンがインスタントヒーローを使用してからすでに9分が経過。その効力が切れるまであと1分、カナンはすでに覚悟を決めていた。


 壱拾陸ダンジョンでは助ける側でなく助けられる側だった。今度は私が守る。自分の全てを投げうってでも……

 彼女はあの時からずっと死に場所を求めていたのかもしれない。

 カナンはポツリと呟いた――


 ――ああ、ようやく皆の元へ逝ける……



    ◇



 インスタントヒーローが効力を発揮してから9分50秒。いよいよその効力は消失し、ミシャグジさまの石化攻撃に対処することは叶わなくなる。

 だがカナンはそんなことを気にも留めず、異形の怪物の攻撃を凌ぎ続ける。

 そしてとうとうその無敵時間が終了を告げた。


 一番最初に異変が起きたのは、ミシャグジさまの尾の先端を鞭のようにして繰り出してきた鞭打を、ブロードソードで受け止めた時だった。

 鞭打をなんとか受け止めたものの、その衝撃で真後ろに飛ばされたカナンは、受け身もとれずに2,3回転と後転するように転がり倒れた。すぐさま立ち上がったカナンは、転がりながらも握り続けていたブロードソードを見て驚愕する。


(これがマネージャー氏の言っていたあいつの能力か、くそ、確かにこんな攻撃を受け続ければ……)


 鞭打が当たったブロードソードの中心付近から広がっていく石化に気づいたカナンは、急いでその武器を投げ捨てた。地面に落ちたと同時に粉々の塵状となって跡形も無く消えていった武器だった何かが、その神格級モンスターの恐ろしさを物語っていた。


 カナンの全身から汗が噴き上がる。対象者に確実に死を与えるであろう死神の代弁者を前にして、逃げ出したい思いと死にたい思い、そしてここにいる人たちを守らなければと思う気持ちで葛藤する。

 だがそんな思いとは裏腹に、ミシャグジさまは予想外の動きを見せた。


 一番最初の攻撃時に見せたような全身を震わせるような動きを見せたかと思うと、突然なんの前触れもなく行われた唯達がいた壁際への跳躍。

 壁までの距離は50メートル以上はあったというのに、一切の助走も何もなく、全身の筋肉の収縮運動だけでその場から垂直な壁へと引っ付いたその異形の化け物の先端、要は男性器のような部位が唯達、壁の亀裂を探していたメンバーたちのほうを向いたのだ。


「み、皆逃げて! くそっ! ひ、卑怯な……」


 モンスターに卑怯だなんて、私もどうかしているな……カナンは自分の吐いた言葉のおかしさに思わず苦笑いする。

 壁に引っ付いたまま再びあの蠕動運動を始めたミシャグジさまを、急いでアサルトライフルを構え直した唯が迎撃する。


「私があいつを引き付けます! その間に皆さんはここからできるだけ離れてください!」


 そういうと同時に、アサルトライフルから唯の魔力が注がれた渾身の魔力弾が発射された。


「喰らえ! 減速弾4連射!」


 射撃精度の高い唯は器用にアサルトライフルを動かし、そのモンスターの全身へ減速効果が付与されるように弾丸を散らす。だがその魔力弾が当たる寸前――


 ――ブルブルブルブルッッッッ!!


 広大な空間全体を振動させるような衝撃波がミシャグジさまから放出された。

 当たったかに思われた減速弾は、どうやら当たる寸前に異形の化け物の異能によって石化され、塵と化したようだ。わずかな風に乗って何処かへ消えていく減速弾だったもの。

 一方突然の衝撃波に襲われたメンバー達、ムラマサを除いた全員が、その場で真っ直ぐ立っていることもままならず、ふらふらと今にも膝をつきそうだった。


(今のは、対象の三半規管を攻撃するもの? くそ、頭がグラグラして、視界がぼやける……)


 よろめきながらも冷静に戦況を見渡した唯は、ミシャグジさまが次に選んだターゲットに気づいた。彼女から見える景色がそれを教えてくれたのだ。

 唯は叫んだ――


 ――シロさん! クロさん! 逃げてえぇぇ!!


 尻餅をついていたシロ、片膝を地面につけシロを助けようとしていたクロ、彼女達にミシャグジさまが今にも襲い掛かかろうとしていた。

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