第46話 インスタントヒーロー
体長10メートルはあろうかという巨躯、そして異形の頭を持つ、神の名を冠するモンスターを、ムラマサは冷静に分析する。
(わずかだが浮遊しているな。アンチロックで奈落の底まで落とせれば楽だったんだが)
その巨躯にも関わらずその異形の怪物は、ほんの数センチ程宙に浮かんだ状態でその場に静止していた。
クリエイト・アンチロックで地面を消失させる戦法は使えないと分かると、ムラマサは即座に戦法を切り替える。彼は左手を天に向け叫んだ。
――クリエイト・ミスリルレイン!
ムラマサの唱えに応じ、モンスターの頭上に細長い槍のようなものが無数に出現する。
「おらっ! 喰らいやがれ!」
手をあげたままの左手をモンスターに向けて振り下ろすと、空中で待機していた無数のミスリルの槍の雨が、一斉にミシャグジさまに降り注いだ。
白銀色の細長いそれは、その胴体を貫通し、そのまま地面に突き刺さり消失する。蜂の巣状態になり勝負はついたかに思われた、のだが……
(くそっ、超再生かなにかか? 厄介な相手だな)
貫通した跡はみるみるうちに修復され、まるで何事もなかったかのようにモンスターはその場に鎮座していた。
しばしの膠着状態、次に動きを見せたのはミシャグジさまの方だった。
男性器のような頭部を起こして静止していたソレは、突如全身をブルブルと震わせ始めた。
頭部から起こった蠕動運動は次第に尾へと流れていく。まるで空気までもが振動しているかのようなその小刻みな揺れは、ミシャグジ様の尾の先端に集中した。
(あれじゃ蛇というよりミミズだな。まあどちらでも構わんが)
ムラマサは両手を前に出し、幾重にも重なる岩の防壁を出現させる。
―クリエイト・ロックウォール
「来るぞ! 薙ぎ払いだ!」
直径3メートルはあろうかという巨大な尾が、物凄いスピードでムラマサ達に襲いかかる。
ムラマサは常人では考えられないほどの跳躍でその一撃を避ける。その攻撃はそのまま唯達の前に配置した岩壁に当たり、一旦はその攻撃を抑えたかに見えた。
だがどうやらそう簡単にはいかなかったようだ。
「マジか、あれがあいつの能力ってわけか……」
ムラマサのロックウォールにミシャグジさまの尾が当たると、当たった箇所から段々と灰色に変色していく。
岩壁が完全に灰色に変色し終わったかと思うと、そのまま塵状になり粉々に崩れ落ちたのだ。
「石化か」
ミシャグジさまの能力。それは触れたものを石化する。なんとも厄介な能力だな、とムラマサは愚痴を吐きつつも冷静に分析する。
(あの図体に似合わん素早い動きをなんとかせんことにはな。となると……)
「唯! ありったけの減速弾をヤツにぶち込め! あとシロとクロ! お前らはこの空間の壁に何処か綻びがないか探せ! 何処かに必ずあるはずだ! 何処かは分からんが、外界と繋がっている隙間があるのを感じる。そいつを見つけ出さんことにはお前らもここに閉じ込められっぱなしだぞ!」
「あ!? そ、そんなもんどうやって見つけろっていうんだよ!?」
「そんなもん自分で考えろ! 晶お前も手伝ってやれ!」
「は!? そ、そのバケモンはどうすんだよ!?」
晶にそう問われたムラマサは、この場にいるもうひとり、どんな能力を持つかも分からない彼女を指差し言った。
「おいカナン! お前はあの化け物相手に戦えるか!? 戦えるなら前に出ろ!」
蒼い髪に碧眼を携えたその女は震えていた。だがその震えは恐怖ではなかった。
それは武者震い――
「ああ、戦える。戦えるとも。私はどんな相手でも逃げない。壱拾陸ダンジョンでは兄弟たちの後塵を拝したが、ここでは私が皆を守る。あのモンスターがあの時の金の鹿のような悍ましい化け物だということは、この肌で感じる威圧感で分かる。だが! 私は絶対に退かない!」
「ほお、それだけ言うということは言えるだけの何かがあるということだな?」
「ああ、私には皆を守る力がある。あの時に使っていたのなら結果は変わったかもしれない……いや、今は止そう。私が壱拾陸ダンジョンでバベルと共に授かった力、とくと見よ!」
――
カナンの叫びに応じ、彼女の体は眩い光に包まれた。その光は消えることなく彼女を包み込む。
「私は今から10分間どんな攻撃も、状態異常も効かない! ヤツの石化も防ぐ! 私がこいつの攻撃を引き受けている間に打開策を考えてくれ!」
(なるほどね。なんつー便利なアルカナだよ。あれでマイナーアルカナとはね。しかし、あれではヤツを倒す決定打にはならんな。はあ、なら仕方ないな……)
ムラマサは何か諦めたような、正にやれやれといった趣で溜息をついた。
そして唯に指示を出す。
「唯! やっぱりお前は攻撃に参加しなくていい! 空間にあるはずの亀裂をそいつらと一緒に探せ! お前の眼なら見えるだろ!?」
「えっ!? や、やっぱり、気づいてたんですね、マネージャーさん……」
対サイクロプス戦で唯がとっさの判断で危機を脱したあの時、晶には見えずに唯に見えていた景色。ムラマサは考えた。唯にはあの時何が見えていたのか。
いや、今も彼女の眼には世界がどう映っているのか。
シロとクロがいるこの状況、ムラマサはオブラートに包み彼女に言い放った。
「大体のことは分かってる! 詳しい話はここを出てからだ! 今はお前の眼だけが頼りだ! 壁の中に1か所だけ違う色の場所があるはずだ! そこを探してくれ!」
ムラマサの言葉に唯は、彼が唯の眼の特異性について全て把握しているのだと理解した。
唯は今までその眼のことを誰にも話したことがなかった。親にさえもそのことを黙っていたほどだ。だがたった今赤の他人の、会ってまだ間もない只の中年男性にその秘密を見抜かれ、
期待に応える。唯はアサルトライフルを肩に掛けモンスターに背を向けた。
「分かりました! 全力でその空間の亀裂とやらを探してみせます!」
ムラマサはその言葉を聞きニヤリと笑う。
よし、やはりあいつはいい。楓と椚の仲間に相応しい。
まだ見ぬ彼女達が一緒にダンジョンへ潜る場面を想像し、思わず頬が緩んでしまうが、今はまだ早い。
今倒すべき相手は目の前のあの化け物だ。カナンは必死でミシャグジさまの攻撃を受け流してはいるが防戦一方。
ムラマサは考えた。
ヤツを葬る、もしくは封印する方法はいくつか考えられる。だがここで一番有用な方法。それはあれだ。
あれしかない――
――アレを呼ぶか。
ムラマサはあの世界の力を使うことを選択した。
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