第45話 ミシャグジさま
「最深層階でやっとのことでダンジョンボスを倒して、さあ帰ろうと話していた私達は、突然物凄い違和感に襲われたんだ。なんて言ったらいいのか、しいて言えば、自分が今何処にいるのか分からなくなるというか……」
彼女は続ける。
「そして気がついたらとてつもなく広い空間にいたんだ。その空間は壁中真っ赤な部屋だった。なにが起こったのか分からず呆然としていると、ヤツが来たんだ――」
――それは金色の鹿だった。
彼女曰く突然今いるこの空間と同じような広大な空間が現れ、気づけばそのモンスターが目の前にいたという。
モンスターはとてつもなく巨大で、正確なことは分からないが、10メートルは優にあったという。
「私のチームは全員で6名、全員が兄妹だったんだ。私は末っ子で、4人の兄とひとりの姉でチームを組んでいた。皆とても優しくて、自慢の兄と姉だった。あの化け物を前にしても一歩も引かずに戦ったんだ。でも……」
必死になって戦ったにも関わらず、ひとりまたひとりと倒れていき、最後の3人になった時、カナンのふたりの兄は彼女を逃がそうとした。最後まで一緒に戦おうとした彼女は、兄達の懇願で仕方なくその場から逃げ去ったのだという。
「なるほどな。あらかた分かった。カナン、この空間を見てどう思う? その時と酷似していないか?」
「あ、ああ、確かに、部屋の色は違うけど、なんとなく似た空気を感じる」
(やはりそうか…… てことは今から起こることもおおよそ予想がつく)
ムラマサは悔いていた。
彼はこの場で、このような状況に陥ることを想定していなかった。もし想定していたならばもっと対策ができたのに……
「おい、楓、椚、聞こえるか? 聞こえたら返事しろ――」
…………
『ちっ!』意味のないことは分かっていながら舌打ちをせずにはいられなかった。
地上との電波はどうやら遮断されている。恐らくこの空間は何か特殊な結界のようなもので覆われているのだろう。ムラマサはそう決断付けた。
この先鬼が出るか蛇が出るか、どちらにしても碌な相手ではないだろう、彼は鼻で笑い、この場にいる全員に声を掛ける。
「おい、多分これから何かが来る。ここからは俺が前に出る。もし俺がやられそうになったらお前らだけでも逃げろ。分かったな?」
これまで飄々としていて、何処か余裕さえ漂わせていたムラマサの、思いがけない言葉に、唯と晶はこれから起こるであろう修羅場を夢想する。
だがダンジョンボスがすでに消失して踏破済みとなったこのダンジョンで、一体これから何が起こるのか、ふたりにとって想像するのは容易ではなかった。
「あの、マネージャーさん、もう少し分かりやすく説明してもらえませんか? これから何が起こるんですか? な、なんでマネージャーさんを置いて逃げろなんて言うんですか! あ、あたしも一緒に戦います!」
「だよな、唯ちゃん、ムラマサ、あんたはいけ好かないけどよお、一応はここまで来た仲間だ、あんただけ置いて逃げるなんてマネ恥ずかしくてできるかよ!」
年下のふたりにこんなことを言われて、思わずにやけてしまう。
年を取るとどうしても野暮なことを言ってしまうな、そんなことを思いながら、ムラマサは言葉を続けた。
「そうか、じゃあここにいる全員で倒すか。ああ、百合園は逃げていいからな。別に付き合う必要はない」
「あ!? ああ、もちろんうちらはそうさせてもらうぜ。おまえらに付き合う義理もないからな。おっと、こいつは置いてってやるよ」
百合園のシロはそう言ってカナンの背中を乱暴に押した。思わずつんのめるカナンは、それがさも当たり前のように口を開く。
「もちろん私は戦う。もし本当に私が原因でこのような状況になったのなら、このままおめおめと逃げ出すなんてダサいマネはできない」
蒼い髪、青色の軽装鎧を身に纏ったカナンは力強くそう宣言する。
魔鉄鋼には種類があり、黒魔鉄鋼は重量はあるが、耐久性に優れ、赤魔鉄鋼は炎や水などの魔法系攻撃耐性に優れている。
カナンの着用している鎧に使用されている青魔鉄鋼は、3つの魔鉄鋼の中で最も軽く、柔軟性のあるその特性が俊敏さに秀でた女性探索者に人気なのだ。
シロとクロは置いておくとして、この4人での戦いか、ムラマサは瞬時に最も効率の良い戦闘方法をシミュレートする。
(やはり俺が前衛だな。そもそもカナンがどんな戦い方をするかも分からんしな。まあいい、その辺は戦いながら確認していくとしよう)
ムラマサは大きく息を吸う。そしてゆっくりと息を吐きだす。ゆっくりと、ゆっくりと時間を掛けて。
この場の緊張度合いが一段階上がったのが分かる。
瞬きするその瞬間に事態が一変する。そんな命綱なしの綱渡りをしているような錯覚。いや、それは錯覚ではない。もう目の前にいる。
敵は、倒すべき相手はすでに目の前にいた――
――アレか。ほお、アレは……
◇
音もなく突如目の前に現れた異形の魔物。
それは蛇だろうか、姿形は蛇のそれ。波のようにうねりをあげ、細かい鱗のようなもので覆われたその体躯は、長く太く、牛一頭を軽々と丸のみできそうなほど。
だがその蛇のようなモンスター、蛇のようなと形容したのにはワケがあった。
それはどう見ても頭部が蛇のそれではなかったのだ。
しいていうなら――
――男性器。
そう、そのモンスターの頭部はどう見ても男性器にしか見えなかったのだ。
「ミシャグジさまか……」
ムラマサは誰にも聞こえない程度の舌打ちをした。
「おい! ミシャグジさまって知ってるか!?」
「えっ!? は、はい! もちろん知ってます! 長野県民ですから! え、もしかして、アレがそうだとか、言うんじゃないですよね……」
「おい! なんだミシャグジさまって!? 私は知らんぞ! てかなんなんだあの頭は!? アレどう見てもチ〇コだろうがあ!! 卑猥なのは苦手なんだよ私はあ!!」
ミシャグジさまは諏訪地方の土着神、いわゆる祟り神だ。
まさかこのダンジョンでこんな神格レベルのモンスターが出るとは……
ムラマサはひとつ仮説を立てた。きっとそれは正しいのだろう。ダンジョンボスを倒した後に登場する、正にラスボスの位置にあるそのモンスター。
ムラマサはこの場にいる全員に告げた。
「いいか、このモンスターはな、俺の仮説が正しければ――」
場にいる全員が固唾を飲んで彼の言葉の続きを待った。
そして彼が続けた言葉、それは――
――ヤツはこのダンジョンそのものだ。
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