第44話 スーパーノヴァ

 鹿伏兎かぶとカナン――


 それが彼女の名前。

 彼女はとある探索チームのメンバーだった。

 彼女が所属していた探索チームはかなり名が知れていて、その日も未踏破ダンジョン『壱拾陸じゅうろくダンジョン』の初踏破を目指し、ダンジョンへと足を踏み入れていた。


 そのチーム名は『スーパーノヴァ』


 一般向けの配信はされていなかったが、第壱ギルドの撮影班が同行していたようで、その探索映像がダンジョン1課のアーカイブに残っていた。

 だがその映像は公にされることなく今も第壱ギルドの倉庫で眠っている。



    ◇



「こいつは死神だ! こいつのせいで! こいつがいたせいで、うちらはこんなんになっちまった! 聞きゃあスーパーノヴァがこいつを除いて全滅したのだって、こいつがいたからだって話じゃねえか! くそっ、こんなことならこんな疫病神、チームに入れるんじゃなかった……」


 百合園のシロは無機質な青い壁を力いっぱい殴りつける。


 ――なるほどね。


 ムラマサはこのダンジョンに入ってからずっと感じていた違和感の正体に薄々感づきながら、死神と揶揄された女性に目をやると、ムラマサはあることに気づいた。


「あんた呪われてるな。それも物凄い呪いだ。なんだ? それは壱拾陸ダンジョンで受けた呪いか?」

「ち、違うんだ! 聞いてくれ! これは呪いなんかじゃないんだ! これは壱拾陸ダンジョンをクリアした際に授けられた祝福なんだ!」


 彼女、鹿伏兎かぶとカナンは、自身の腕を前方に出してそう言った。


 彼女の腕には螺旋状の入れ墨のような紋様が、指の先までびっしりと刻まれていたのだ。


(なるほど、そういうことか、あれが壱拾陸ダンジョンのメジャーアルカナってわけか)


 ムラマサはその紋様を見て、おおよその事情を悟った。

 彼女は壱拾陸ダンジョンのダンジョンボスを倒した際に、メジャーアルカナを授かった。授かったはいいが、それは通常の人類が受け取るには余りにも大きすぎる力だったというわけだ。


「おい、カナンとかいったか、壱拾陸ダンジョンでそいつをもらったあと、なにが起こったんだ? お前のチームのメンバーはどうやってやられたんだ?」

「そ、それは…… 第壱ギルドの人間から口外厳禁と口止めされていて……」

「そんなこと言ってる場合か! お前のせいでここにいる全員が死ぬ可能性があるんだぞ!」


 ムラマサの鬼気迫る言葉に最初に飛びついたのは百合園のシロだった。


「おい! おっさん! 全員死ぬってどういうことだよ!? もうこの勝負はここで終わりだろうが! 後は地上へ戻るだけ! そうじゃねえのかよ!」

「マ、マネージャーさん、あたしも同意見です。一体どういうことなのか説明してもらってもいいですか?」


 続けて唯も不安を口に漏らす。

 それも当然だろう。彼女は前にこの零捌ダンジョンの深層空間まで来ている。彼女は前に来ているのだ。この深層空間に――


 ――だが……


「ここは深層空間じゃありません! あたしが前に来た時は、こんな広い空間なんてなかったんです。前に来た深層空間は只の最深層階への中継地点みたいなかんじだったんです! ならここは一体なんなんですか!?」


 なにが起こったのか薄々気づいてはいたムラマサだったが、その予想が杞憂であってほしい、心のどこかでそう思っていた。

 だが唯が言うように、深層空間が以前と変わっているという事実に、嫌な予感は的中していると確信した。


「おい、カナン、お前壱拾陸ダンジョンで、ダンジョンボスを倒した後に何と遭遇した? 俺は大体は分かってる。だから第壱ギルドにお前が情報を漏らしたなんてことは言わない。だから本当のことを言え! ここにいる他の奴らもいいな! ここでこいつが言うことは他言無用だぞ!」


 この場にいる全員は無言で頷く。これは無言の圧力なのか、それともこれから起こるナニカを見据えて、本能がそうさせたのか、それは定かではない。だが一刻も早くこの嫌な空気を脱したいと、皆が思っていた。

 暫く押し黙っていたカナンは、ようやく重い口を開く気になったのか、言葉を紡ぎだした。


「分かった、話そう、私達スーパーノヴァは壱拾陸ダンジョンのボスを倒した後、ボスから出現した光玉を見たんだ。それは明らかに人の手に余るなにかだと直感した。そしてそのなにかをメンバー全員の承諾を得て、私が受け取ることになった」


 カナンは続けて言った。


「その光は私の中へ入ってきた。何故だか分からないが、その瞬間私の中にイメージが広がった。とても高い塔のイメージが。私はその光を『バベル』と名付けたんだ。そのあと――」


 ――ヤツが来たんだ……

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