第43話 死神〈配信回〉

 完璧な統制の元まるでひとつの生物のように動いていたゴブリン達は、中継役のハイゴブリンを失い、すでに烏合の衆と化していた。そしてその頭上に降り注ぐ状態異常の雨。

 それは唯の切り札――


 ――超強毒弾


 それは唯が長い時間魔力を注いだ渾身の弾丸。彼女はこのダンジョンへ入る前に言っていた。自分には切り札がある、でもこのダンジョンでは使いたくない、と

このダンジョンを潜り終えた先にある弐拾弐ダンジョンで使うはずだったその切り札を、彼女はここで使うことに決めた。

 まだ出会って日は浅いが、同じ探索チームの仲間が危機に瀕しているこの状況を見過ごすことは、彼女の信条が許さなかったのだ。


 超強毒と減速というふたつの魔力が混合された霧雨を浴びたゴブリン達は、みるみるうちに衰弱していく。先頭の100体近いゴブリンの軍勢はもちろん、後方にいるハイゴブリンの群れにもその効果は効いているようだった。

 だがモンスターパレードの肝であるゴブリンロードにまでは、その状態異常の範囲がかからなかったようだ。


「晶! ゴブリンロードを狩れ! あいつを倒さないことにはこのパレードは終わらないぞ!」

「マジであんた人使い荒いな…… ふんっ! 言われなくてもやってやる!」


 超強毒弾と減速弾のダブル状態異常を喰らったモンスターの群れをかき分け進む。つい先ほどまで脅威だったモンスター達のほとんどは、すでに無力化されただの障害物。晶は目当てのモンスターの眼前に立つと、矢庭にレイピアを敵の顔面に突き立てた。


「これで終わりだ!」


 体長2メートル以上はある巨体、ゴブリン上位種のゴブリンロードといえど、所詮ゴブリンだ。一対一の戦闘で負ける要素はなにもない、晶は確信していた。

 顔面をミスリルのレイピアで数回突かれ絶命するゴブリンロード。レイピアを抜いた反動でその骸は晶に向かって倒れ掛かるが、彼女はそれを片手で軽々と受け止めた。モンスターの青い返り血が頬にかかるのも気にせず彼女は思考する。


 残るは10体程度のハイゴブリンと、20体程度のゴブリンのみ。あとは雑魚狩りか、晶は一瞬気を緩めた。

 

 その時――


 ――クリエイト・ランス!


 晶の顔のすぐ左から先端の尖った棒状のなにかが突如出現し、そのなにかは晶の前にいたゴブリンロードの亡骸を貫通し、さらにその向こう側にいた伏兵をも貫いていく。


「油断しすぎだ。1体とは限らんだろうが……」


 晶が倒したゴブリンロードの向こう側にいた伏兵――


 ――それはもう1体のゴブリンロード。その伏兵はゴブリンロードを隠れ蓑にして、晶に襲い掛かろうとしていた。



〈今のなんだったんだ!?〉

〈晶の横からなんか飛び出したぞww〉

〈槍かなんかか? 晶のスキル?〉

〈ゆいにゃんの新しいスキルかもな〉

〈ゴブリンロードの顔面貫通してったなww〉

〈ヤバいwww〉

〈てかあのピエロなんにもしねえなww〉

〈なにしにきたんだww〉

〈ゆいにゃんの隣にいやがって、うらやまけしからんなww〉



 なにが起こったのか理解できない視聴者たちは、口々に謎のスキルについて考察するが、当然それはムラマサの異能。だがそんなことは画面越しに見ている視聴者たちは知る由もなかった。

 一方何度目かの絶体絶命の窮地をムラマサに救われた晶は、情けなさと不甲斐なさを感じるものの、その感情を今吐露すべきではないことを理解していた。


「わ、わりい…… 愚痴はあとで聞く! でも今はとりあえず残党狩りだ!」


 残ったゴブリンの集団は約30体。いくら統制を失ったとはいえ、一対多の戦闘は熾烈を極めるに違いない、配信を見ている視聴者たちは思う。だが彼女は、羽生石晶はその程度の数の暴力に腰の引けるような女ではなかった。


「おらっ! おらおらおらっ! 私に恥かかせやがって! 死ね! 死んじまえ!」


 レイピアの刺突と妖刀ムラマサによる斬撃は悉く敵を蹂躙していき、ものの数分で敵の残党を蹴散らした晶は、呼吸も荒くムラマサにこう告げた。


「ああ、悪い、私が悪かった。もう気を抜かないって言ったのにこの有様だよ。私には楓ちゃんの隣は相応しくないのかもね……」

「ほお、えらく殊勝なこと言うじゃないか。でもまあ今までできていなかったことを今日今すぐにできるようになれるなんてことは現実にはないからな。とりあえずお前の欠点はそこだ。それをよく考えればいいさ。今日のところな」



〈うおおお! あの量のモンスターをひとりで全部倒したぞ!〉

〈晶ずげええwww〉

〈いっつもみさをっちの影に隠れてたけどやっぱ晶もすげえやんけww〉

〈ゆいにゃんも凄かった!〉

〈あれって弾に弾を当てたんだよな? 神業じゃね?〉

〈ゆいにゃんて可愛いだけじゃなかったんだなww〉

〈さすがワイの推しやwww〉



 盛り上がる視聴者のコメントをインカムで聞きながら、辺りに散らばった魔核を拾うムラマサは手ごたえを感じていた。

 このメンツなら弐拾弐ダンジョンを戦える。このふたりと楓、椚、そして最後のピース。全ての魔核をリュックに詰め込み終えたムラマサは、その場でしゃがみ込んでいた唯と晶にこう告げる。


「ここを抜ければこのダンジョンの深層だ。そこで百合園の奴らと落ち合う。それで今回の勝負は終了だ。もうあまり時間がない、急ぐぞ」


 ふたりの表情にはかなりの疲れの色が見えてはいたものの、ゴールまであと少しという気持ちは彼女達を奮い立たせるには十分だったようだ。


「よっし、体中から悲鳴が聞こえるけどよお、あとちょっとだし頑張るかあ」

「ですね! 視聴者の皆さんも突然のゲリラ配信にお付き合いいただきありがとうございました! ここで一旦配信は終了となりまーす! 乙にゃんでした~!」



〈ゆいにゃん乙にゃん~!〉

〈今日も可愛かったよ~!〉

〈乙にゃん~!!〉

〈晶も凄かったぞ!〉

〈ピエロはもっと働けwww〉

〈マジでそれww〉

〈ピエロはただの荷物持ちだからww〉

〈ならしゃーなしだなww〉



 配信を終了し、ドローンは唯の手元へ帰ってくる。猫耳がつけられたピンク色のドローンを鞄の中へ仕舞うと、唯は立ち上がり言った。


「では、行きましょう!」



    ◇



 鍾乳洞エリアを抜けるとそこはそれまでとは全く違う光景が広がっていた。

そこはなにもない青い部屋。それもとてつもなく広大な空間。天井も首が折れそうなくらいに見上げても天辺が見えないほどの高さ。

 この空間がこのダンジョンの上層と最深層を分ける分岐点『深層空間』だ。この先はさらに苛酷な道程が待っている、そしてなによりこの先を進めばこのダンジョンを掌るボスがいる。いわゆるダンジョンボス。ただまあこのダンジョンはすでに踏破済みなので、ここにそのようなボスは存在しないのだが。


 深層空間でしばらく待っていると、百合園の連中が到着した。

 異変に最初に気づいたのはムラマサ。次に唯が気づく。百合園の異変にいてもたってもいられなくなった唯はシロとクロに駆け寄っていった。


「ど、どうしたんですか!? なにがあったんですか、な、なんでシロさんとクロさんだけなんですか? あっ、もうひとりの方もいらしたんですね…… それにそんなにボロボロになって…… 他のおふたりは一体どこに……」


 彼女達は5人のチームだったはず、なのにこの場にはシロとクロ、そして最近入ったばかりの1級探索者の3人の姿しか見えなかったのだ。

 シロとクロの体にはそこかしこにキズがあり、血で汚れた服はここへ来るまでの道のりがいかに苛酷だったかを物語っていた。かなり小柄な彼女達は、疲れのせいか前傾姿勢になって、よりその体躯は小さく感じられた。


「カミナとアズサは重症負っちまったから先に帰らせた。なんでこんな踏破済みダンジョンであんなにもモンスターが出んだよ! くそっ! こんなことならもっとちゃんとした装備でくるんだった……」


 傷だらけのシロは恨めしそうにそう呟くと、彼女の後ろに立っていた女性を指さしてこう言った。


「全部こいつのせいだ! 1級探索者ってのだけ聞いてこいつのことを全く知らなかった! こいつはなあ――」


 ――死神なんだよ!




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