第42話 唯の秘策
羽生石晶は考えていた、常日頃から。
ダンジョン探索者として自分は男よりも筋力で劣っている。もちろん力が全てだとは思ってはいなかった、だが1対1の戦闘になって、相手の猛攻を喰らった時必ず力負けする。これはどう足掻いても覆せない事実。
だから彼女はどうやっても手に入れることのできない筋力を補う為、相手の力を逆に利用することに注目した。それは合気であったり、柔術であったり……
武器にしてもそうだ。重量のあるツヴァイハンダーなどの大剣をいかに最小限の筋力で、武器の重量を生かし扱うか。最初の一振りに力を込め、あとは遠心力で器用に武器を自由自在に扱う術を身に付けた。
そしてそれ以上に彼女の最大の武器、それは彼女の身のこなし、柔軟性だった。
あるはずの関節をまるで感じさせない、まるで蛇のように体を滑らかに動かす彼女の類稀な身体能力が、この絶体絶命の窮地で最大限発揮された。
〈おい、どうなったん? 晶出てこないんですけどお〉
〈え? マジ氏んだんじゃね?〉
〈おい、なんかゴブリンの様子おかしくね?〉
〈は? 説明よろ〉
〈いや、なんかゴブリンがだんだん減ってってることない?〉
〈マ、マジやんけww〉
〈なにがおこってるんや!?〉
ゴブリンの波に起こる変化。100体近くはいるパレードの先頭集団が少しずつその姿を消していく。もぐら叩きゲームのもぐらが、ひょこっと引っ込むかのように。
真上から見て次々と引っ込んでいくゴブリンの軌跡は、晶が目指していたゴブリンの統制中継をしているハイゴブリンへと向かっていた。
「ふうん、やるじゃねえか晶のヤツ。お前もうかうかしてられねえんじゃねえのか? 唯」
「は、はい! 私も晶さんがハイゴブリンを仕留めたら、動きます!」
唯はそう言うと、肩に掛けていたカバンからあるものを取り出した。それは――
――1丁の|回転式けん銃〈リボルバー〉
アサルトライフルを左に、リボルバーを右手に持ち、機を伺う唯にその時はもうすぐ訪れようとしていた。
◇
――私はなにをしているんだっけ?
ゴブリンの足の森の中、ほんの僅かな隙間を縫うように駆け抜け、少しずつゴブリンを刈り取っていく中で、彼女はふと考えていた。
いくら器用に隙間をすり抜けても、どうしても多少の攻撃は喰らう。ゴブリンに髪の毛を掴まれ、引っかかれ、こん棒は容赦なく彼女を襲う。
ボロボロになりながら、彼女の考えは最終的にこう結論付けられた。
「楓ちゃんのちゅーが待ってる! 私は負けない!」
とうとう中継役のハイゴブリンの数歩手前まで来た晶は今まで封じていた右手を解放する。
「あいつを穿て!
晶の咆哮と同時に晶から解き放たれた右手は、ムラマサの愛刀ムラマサを握りしめ、剣先にいるハイゴブリン目掛け射出された。
晶と中継役の間にいた1体のゴブリンが身を挺してハイゴブリンを守ろうとした、だが1体の肉の壁程度でこの刀の疾走が止まるはずもなかった。
ゴブリンの腹を突き破り、ハイゴブリンの腹に突き刺さると、晶は右手の無くなった腕を上へと振り上げた。
「これで終わりだ!」
晶の右腕の動きに合わせ突き刺さった刀は、ハイゴブリンの腹を掻っ捌き、頭頂部へ向かう。まるで豆腐かなにかを切るように滑らかにハイゴブリンの上半身を真っ二つに切断しおえた刀は、そのまま晶の右腕へと戻っていった。
「マネージャーさん! 晶さんがハイゴブリンを倒しました!」
「よしっ! お前はそのままやるべきことをやれ! 俺はあいつをあそこから逃がす!」
ムラマサはそう言うと両手を前に出し、彼の持つ特別な力を行使する――
――アンチ・クリエイトロック!
「はっ!?」
ムラマサがそういい放った言葉を晶はインカムで聞いてはいたものの、それがなにを意味するかはわからないまま、彼女は自分に起こった異変に全く対応できなかった。
何故なら彼女の足元が突然消え去り、いきなり斜め下へと落下していったから。
「晶! 地下に通路を作った! そのまま道なりに走れ! そうすりゃあモンスターの群れからこちらまで戻ってこれる!」
10メートル程度滑り落ち、降り立った先にはムラマサが言うように高さ2メートル程度の地下道が作られていた。状況は理解できないものの、言われたとおりにその道を走る他なかった。
「おっさん! てかこういうことやるんならやる先に言っときやがれ! てか後ろからゴブリンが来てる! 奴らの呻き声が反響して鼓膜が破れそうだぜ!」
「そんなこと言ってる暇なかっただろうが! ていうかさっさと来い! お前が戻ったら道を塞ぐ!」
晶が突然落ちたのだ。直径1メートルもない立坑だが、当然周りにいたゴブリン達も晶の後を追った。
息を切らし真っ暗なトンネルを抜け、なんとかムラマサのいる地点までたどり着いた晶。地上までの高さは約2メートル、晶は左手を地上へと伸ばし、ムラマサはその手を掴み、思いっきり引っ張り上げた。
「よしっ、穴を閉じる」
――クリエイト・リリース!
ムラマサの言葉により通路として作られた穴は瞬時に元の何もない地面へと戻っていく。穴の中に何体のゴブリンがいただろうか。10体かもしれないし、20体かもしれない。ついさっきまで通路の中にこだましていたモンスターの呻き声はそれっきり全く聞こえなくなった。
「よし、次は唯、お前の番だ。準備はいいか?」
「は、はい! では、行きます!」
唯は深呼吸をして目を瞑り、何かを唱えた。
――パーセプシャル、エクスパンション(知覚拡張)!
〈はっ!? ゆいにゃん光ってない?〉
〈マジやんけww〉
〈なにが起こってんだ? あんなん見たことないぞ〉
〈へえ、やるじゃん唯:kaede-chan〉
〈楓さんなんか知ってるぽいぞ!〉
〈教えて! えらい人!〉
〈いや!:kaede-chan〉
〈いや! いただきましたww(*´Д`)〉
〈うっさい! しっかり見てなさい!:kaede-chan〉
視聴者たちが言うように体が青白く光りだした唯は、左手にアサルトライフル、右手にリボルバーを握り、照準を虚空に合わせた。
先に発射されたのは減速弾の装填されたアサルトライフル、その発射のわずかコンマ数秒後に、右手のリボルバーが火を噴いた。その拳銃に装填されていたのは――
――超強毒弾
100体を優に超えるゴブリン達の頭上で、弾と弾はぶつかり合い爆ぜた。
そして地上で統制をとることができなくなり烏合の衆となったモンスター達の上にその状態異常の雨が降り注いだのだった。
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