第41話 ほっぺにチューしてやる!〈配信回〉
「ハイゴブリンを狙うって言ったって、ざっと見3,40体はいるんだぞ! しかも奴らうまいこと陣形を組んでて、とにかくゴブリンを倒さないことにはハイゴブリンには手が出せない!」
ゴブリンパレードは先頭にゴブリンの一団が矢印型に配置され、その後ろにハイゴブリンの一団、そしてその両脇をゴブリンの群れが守るような形をとっていた。
いわゆる戦国八陣でいうところの『
ダンジョンの通路スペースいっぱいに広がった先頭の一団を、晶単独で突破するのは至難の業に見えた。
〈泣き言言ってんじゃないの! とにかくそのゴブリンの群れはなんとか突破すんの! あと全部のハイゴブリンを倒せって言ってるわけじゃない!:kaede-chan〉
〈1体だけ見るからに他から守られてるハイゴブリンがいるから、そいつを倒して! そいつがゴブリンロードとゴブリンの中継役だから!:kaede-chan〉
〈そんなん聞いたことねえww〉
〈それが本当なら大発見なんじゃね?〉
〈てかもしかしてマジで楓さんだったりしてww〉
〈だから本物だって言ってんでしょうがあ!:kaede-chan〉
〈本物だったら俺ら楓さんとチャットしてるってこと?〉
〈マジでww興奮してきたあ!!www〉
〈お前らそんなことどうでもいいから晶たち応援しなさいよね!:kaede-chan〉
〈りょ!〉
〈晶っち~! がんがえ~!!〉
〈ゆいにゃんかあいいよ~!!〉
〈ゆいにゃんprpr〉
〈ピエロのお面は怖いよ~www〉
〈お面とれやwww〉
「くそっ、守られてるハイゴブリンなんて…… あ、あれ?」
大きな石灰岩の上からパレードを見渡すと、確かに中央にいる一団の中に、明らかに周りと違うハイゴブリンの姿が見えた。周りに無数のゴブリンを従え、その両脇にさらにハイゴブリンが数体配置されている。
あれか…… 晶は楓の言った特別なハイゴブリンに目星をつけた、つけたもののその対象に到達するまでの壁は余りにも高すぎた。
100体を優に超えるゴブリンの塊を突破し、そのハイゴブリンを倒せたとして、その後にはゴブリンロードが控えている。本当にその作戦でうまくいくのだろうか。
晶の不安をよそに、楓はさらに発破をかける。
〈晶! 私にカッコいいとこ見せるんじゃなかったの!? こんなとこで尻込みしてるんなら、私が今からそこに行って全部蹴散らしちゃうわよ!:kaede-chan〉
〈がんがえ~晶~〉
〈楓さんがお怒りだぞwww〉
「てめえら! うるせえぞ!!」
〈へいへい晶ビビってる~www〉
〈がんがえ~晶~ww〉
「くっっっっそっ!! もう切れた! 行ってやる、行ってやるよ! 楓ちゃん私のカッコいいとこしっかり見ててよね!」
いつの間にか彼女の左手にはミスリルのレイピアが、右手には紐で縛られたままの『ムラマサ』があった。敵を穿つべく、ヌラリと怪しく光る2本の剣。
彼女は単身パレードに突っ込んでいく。
先頭のゴブリンとの距離約3メートルまで詰めると、そこから彼女は高く高く跳躍する。ゴブリンの体長約1メートル30センチを軽く超え、先頭のゴブリンの頭頂部へ、まるでふわりと漂う羽のように右足を下ろした。
◇
一方晶が楓と視聴者とのレスバを繰り広げている頃、ムラマサは唯に語り掛けていた。
「唯、お前なにか考えがあるんだろ? 顔見てれば分かるぞ。言ってみろ」
ムラマサの問いにぴくりと肩を震わせた唯。まさかそんなことを見透かされるとは思っていなかったのか、見るからに動揺を隠しきれない。
「え、な、なんで分かったんですか!? で、でも、考えはあっても多分実行できません。私の力不足で確実に失敗すると思います……」
「ふうん、そうか、じゃあこれを使え。これを使えば多分お前の作戦は成功する」
そういってムラマサが渡したもの、それは――
――指輪だった。
「こ、これは一体……」
「ああ、これはな――」
前回、零肆ダンジョン攻略の際楓と椚が受け取った魔法補助の為の画期的な試作品。ムラマサはそのひとつを唯に渡し、使い方を説明した。
「お前が憂慮してるのは、今からやることの大前提がうまくいく可能性が低いってことだろ? こいつを使えばその懸念は払拭される。そうすればあとはお前の腕次第だ」
指輪の効果を聞き、唯はしばらく目を瞑る。そのあと心ばかりではあったが、彼女の口元がニヤリとしたように見えた。
「た、確かにこれがあれば私の作戦はうまくいく可能性が少しだけあがります。でも結局は私の腕次第なんですけど……」
「そうか、じゃあ俺にお前の凄さを見せてくれ。普段のお前と配信者のお前、どっちが本当のお前なのか俺に見せてくれ」
優しい口調で唯に語るムラマサ。穏やかな彼の口調には、唯に対する挑発が見え隠れしていた。それを察した唯は神妙な面持ちから一変、笑顔でムラマサに宣言する。
「はい! 本当の虎清唯をマネージャーさんにお見せします!」
◇
場面は変わりゴブリンの頭頂部に足を下ろした晶は、そのままゴブリンの頭の波を軽やかに駆け抜ける。
〈うおぉぉ!! すげえ! ゴブリンの頭踏み台にしとるやんけww〉
〈あんなこと普通考えつくか!?〉
〈さすが楓さん押しww楓さん見てる前でカッコ悪いとこはみせられんからなww〉
くそっ、好き放題いいやがって! 晶は心の中でそう呟いた。一歩でも足を踏み外せばゴブリンの波の中へ真っ逆さまだ。只のゴブリンの大群ならどうってことない、だがここにいるゴブリン達は只のゴブリンではない。前に見た動画ではゴブリンが仲間のゴブリンを肉の盾にして背後から探索者を攻撃していた。他にも探索者の足にしがみつき、たとえ探索者がそのゴブリンを倒しても死して尚脚から離れない、そんな気概までそのゴブリンは見せていたのだ。
あの時のパレードよりもさらに数の多い現状、少しのミスが命取りになることは明白だった。
(こんなとこで死ぬわけにはいかないんだよ! 私には楓ちゃんと一緒にダンジョンへ潜るっていう崇高な目的があんだよお!)
一心不乱でゴブリンの頭の上を渡っていく晶。だが目当てのハイゴブリンまであと少しというところで、1体のゴブリンが突然頭を下げた。
「はっ!? う、嘘だ、ろ?」
足の踏み場が突然消えゴブリンの波の中へ放り出された晶は、一瞬でその姿をその場から消失させた。その地点を中心に、一斉に集まってくるゴブリン達。
〈おい! やばいんじゃねえの?〉
〈晶消えちゃったぞ〉
〈え、ちょ、グロ動画見たくないんだけど……〉
〈俺グロ動画だいじょぶよww〉
〈不謹慎厨かえれや〉
本気の心配と、不謹慎なエンターテインメントを渇望するようなコメントが錯綜する中、羽生石晶が信奉するあの女性がコメントを打つ。
〈晶! あんたがこのダンジョンを無事に脱出できたら…… ホッペにちゅーしてやる!:kaede-chan〉
そのコメントがAI音声でインカムへと流れた。
はあ…… そう溜息をつくムラマサ、何故だかニヤニヤとしてしまう唯、そして――
――ゴブリンの雑踏の中で鼻息を荒げていた女がいた……
「言質とったからね! 楓ちゃん!!」
楓推し女の見せ場が始まった。
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