第40話 配信者ゆいにゃん〈配信回〉

「は!? パレード!? う、嘘だろ……」

「いえ、恐らく来ます!」


 ―モンスターパレードが。


  それは同じ種族のモンスターが隊列を成して練り歩く異形の行進。城郭系ダンジョンの零陸ダンジョンで、とある探索チームが配信中に遭遇したことで、その実態が明らかになった。

 その時の探索者5名中2名が死亡、2名が重体になり、そのパーティは壊滅状態に陥ったのだ。しかもその状況はドローンで撮影され続けていた。余りにも凄惨な動画だったため今では削除されてしまったのだが、未だに海外サイトなどでは見ることができる。


 今いる鍾乳洞エリアはその名のとおり、広大なエリアにゴツゴツとした大きな石灰岩と石筍がそこかしこに点在しており、天井からは数えきれないほどのつらら石が今にも落下しそうな危うさで垂れ下がっていた。

 何処からか流れてきた水はつらら石を伝って、ポトポトと地面へ落ち、その水滴はさらなる侵食を生む。

 この陰鬱とした広大な空間で、パレードの報告は今までに一度もなかった。


 晶は急いで唯とムラマサが待機していた箇所まで戻る。

 ゴブリンたちのパレードとの距離はまだ200メートル以上はあろうか。


「ゴブリンの後ろにハイゴブリンが20体ほどいます! その後ろには恐らく……」

「ああ、まだここからじゃ見えないけどパレードならいるよな」


 ゴブリンの上位種――


 ――ゴブリンロードが……


 ゴブリンロード……

 ゴブリン種の最上位種だ。体長1メートル70センチ程度のハイゴブリンよりもひとまわりもふたまわりも大きく、2メートル50センチを優に超える個体も珍しくない。

 だがゴブリンキングの一番恐ろしいのはそこではない。

 ゴブリンロードを探索者たちが恐れる一番の要因、それはゴブリンやハイゴブリンといった下位種族のモンスターを統制することが可能なのだ。

 それも人間のように言葉を介してでの統制ではない。ゴブリン種にだけ備わっている、一種のテレパシーのような手段でゴブリンの軍勢を、まるで将棋の駒を動かすかのように自由に操る。

 ダンジョン内という閉鎖された空間で大多数の軍勢を意のままに操るモンスターとの遭遇を、基本、探索者達は想定していなかった。


「なあムラマサ! この状況でも眼帯外しちゃダメなのかよ!?」


 晶の切り札、ほんの少し先の未来を見ることができる右目。この状況を打破するためには力を惜しんではいられない、晶はそう考えていた。

 そんな晶の考えをムラマサは一蹴した。


「別に構わんぞ。だが使えばお前には弐拾弐ダンジョン探索からは外れてもらう。それでもいいなら使え」

「ああ! くそったれ! そんなこと言われて使うわけねえだろうがあ! ああ! 本当にこのクソじじいがあ!」


 怒りの余り思わず出たムラマサへの罵声。その言葉を発した直後、インカムからこのダンジョンにはいない人物の声が聞こえてきた。


「ちょっと! あんたまた言ったわねえ? ムラマサに酷いこと言ったら許さないって言ったでしょ!?」

「えっ!? え、え、え、か、か――」


 ――楓ちゃん!?


 当然と言えば当然か。

 仲間同士で会話できるように設定してあるインカムは当然楓も椚も持っていた。このインカムは数キロ離れていても会話が可能な高性能なモノ、楓と椚は車内での暇を持て余し、することもないのでインカムでダンジョン内の会話を聞いていたのだった。


「晶! ムラマサに謝んなさい!」

「わ、わかったよ、で、でも今それどころじゃないんだよ! ゴ、ゴブリンのパレードに出くわしちまった! とにかくヤバいんだ!」

「ああ、なるほどねえ。ねえ、ムラマサ! 私がアドバイスするのはいいんでしょ?」



 それを聞いたムラマサはニヤリと笑みをこぼす。


「ああ、もちろんいいぞ。このバカを手伝ってやれ」

「りょーかい!」

「誰がバカだよ!? ああ! くそっ、もういい、楓ちゃんアドバイス頼む!」

「まかせなさい! まずは――」

「楓ちゃん待って! そ、その前に!」


 楓の言葉を遮るように、唯が突然肩に掛けていたカバンから何かを取り出した。

彼女はその手のひらに載るサイズの何かを虚空へと放り投げた。


 ――は、配信スタート!



    ◇



〈ゆいにゃん臨時配信てマ?〉

〈配信まであと30秒!〉

〈全裸待機中ww〉

〈おっ! モニターにゆいにゃん映ったで!〉

〈おお! ゆいにゃん今日もかあいいよお!〉

〈あれ? あそこにいるの羽生石晶?すいにゃんじゃねえんか?〉

〈おいなんかゆいにゃんの後ろになんか変なのいるぞww〉

〈なんぞあれ?なんかピエロのお面つけてんですけどwww〉

〈こ、こわ……ひくわ~ww〉



「みんな~! 今日は急な配信なのに見てくれてありがと~! こんにちにゃんにゃん! ゆいにゃんだお~! 今日は~! 零捌ダンジョンからお送りしま~す!」


 いつものほんの少し控えめな唯から、配信者ゆいにゃんへと変身した彼女は、続けて現状を視聴者に向けて言葉を続ける。


「えっと、今日はゴールドマインの羽生石晶さんと、えっと……名前なんていうんですっけ?」

「あ? あ、え、ええと、うーんと、え~、ちょっと待て」

「彼は今自分の名前を思い出してるみたいなんで、それは置いといて話を進めますね~。えっと、今実は大ピンチなのです。零捌ダンジョンで今まで観測されたことがなかったモンスターパレードに出くわしてしまいました!」


 唯の言葉と同時にドローンがモンスターパレードの様子を映す。

 モンスターの大群は唯達からおよそ180メートル程度離れたところにいる。まだこちらへ襲い掛かってくる様子はなかったが、確かにパレードはこちらへじりじりと歩を進めていた。ダンジョン下層へ進むための通路はパレードの向こう側。目的の場所へ行くにはそこをどうしても突破しなければならなかった。



〈は!?零捌ダンジョンでパレード?〉

〈あ、マジやんけww〉

〈どアップキタ!てかめっちゃおることない?〉

〈引き返したほうがよくない?3人でこれって死ぬで?〉

〈だよなあ。こんな踏破ダンジョンで無茶してゆいにゃん死んだらやだ〉

〈いのちだいじによwww〉

〈ゆいにゃん引き返して~!!〉



「みんなありがとう! でもね、あたしたちどうしても先に進まなきゃいけないんだよ。それはね、今ね、百合園と勝負してるの。どっちがたくさん魔核を獲得できるかで、新ダンジョンの弐拾弐ダンジョンの先行探索権を賭けてるの! だからね、あたしたちは負けられない! だからね、皆応援よろしくね~!!」



〈おお! 応援する! めっちゃ応援するおゆいにゃん!〉

〈そりゃ負けられないなwwおんなじ配信事務所同士だけど〉

〈俺らはゆいにゃん推しだ! シロクロなんかに負けるなwww〉

〈がんばえ~〉

〈てかゆいにゃんて楓さんとく~ちゃんとパーティ組むんじゃなかったん?〉

〈そういやそう言ってたよな? ふたりはいないん?〉

〈ここにいるわよ:kaede-chan〉

〈は?〉

〈は? 偽もんか?〉

〈楓さんがこんなとこで配信見てるわけねえwww〉

〈本人よ! ぶっxxすわよ!:kaede-chan〉

〈おねえ! NGワードだよ~:kunugi〉

〈ご、ごめん……:kaede-chan〉

〈なにこれ? ネタ? マジじゃないよな?〉

〈おもしろくなってまいりましたwww〉



「か、楓ちゃん! それよりどうしたらいい!? 教えてくれ!」


 インカムから流れる音声に焦り声で話しかける晶。

 モンスターのパレードは確実にじりじりとこちらとの距離を詰めてきていた。無軌道に、我先にと攻め込んでくるわけではないのが、逆に晶の恐怖心をかきたてる。統制のとられたモンスターの恐ろしさは、以前のモンスターパレードの動画で目にしたことが有ったからだ。


「楓ちゃん! できることなら逃げ出したいけど、君と一緒に弐拾弐ダンジョンへ潜る為には逃げることはできない! お願い! 私を助けて!」


 晶の叫びに楓は配信コメントで答えた。



〈ふふっ、いいわ。助けてあげる! いい? 晶、狙うのはゴブリンでもゴブリンロードでもないわ。〉



 ――狙うのは…… ハイゴブリンよ!



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