第39話 パレード
「よくやった。これ飲めるか?」
「あ、ああ、なんとか……」
ギリギリの、崖っぷちのところでなんとか踏ん張り、敵を撃退したふたり。
ムラマサは晶に、持っていた回復薬を渡し、彼女はそれを飲み干した。
「ふたりともよくやった。サイクロプスのあの挙動は知らなければ対処は難しい。唯はよくヤツがこん棒を召喚する前に気づいたな」
サイクロプスは右利きだ。こん棒は常に右手に持っている。当然右利きということで、右手のほうが力がより強いわけなのだが、このモンスターにはひとつだけ特殊な能力があった。それは右手の打撃能力が著しく低下した場合、左手に新たにこん棒を召喚するというもの。
左手によるこん棒のフルスイングの打撃力は右手には劣るものの、その特殊能力を知らない者には脅威となる。それは当然だ。来るはずのない攻撃になど対処することなどできないのだから。
だが唯はサイクロプスがこん棒を召喚する前に異変に気付いた。
それはダンジョン内での戦闘経験などから獲得した能力ではない、ムラマサはそう直観で感じ取っていた。
「唯、なんで君はサイクロプスがこん棒を召喚する前に危険だと判断したんだ?」
「えっと、それは……」
言い淀む唯を見て、ムラマサはそれ以上聞かなかった。
彼女が答えに詰まった内容、そのことをムラマサは直観で気づいた。そして彼女がそのことを伏せたがる理由も。
だが唯の能力は晶と組めば2倍にも、3倍にもなる。
ムラマサはその時、確信めいた予感を感じていた。
「唯、言いたくなければ言わなくていい。だがお前のおかげで晶は助かった。それだけは忘れないでくれ」
「は、はい! マネージャーさん、ありがとうございます」
「おい! 晶! いつまでも休んでるんじゃねえぞ! もう動けるのはわかってんだからな!」
「マ、マジであんた鬼だな。いや、確かに動けるけれども。てかあんたの回復薬すげえな! 絶対内臓のどっかがイカレてたと思うんだけどなあ」
倒木に寄り掛かっていた晶は溜息をつきながら起き上る。
「くそっ、このコート高かったのによう、修理いくらかかるんだこれ……」
晶は着ていたコートの損傷を気にして嘆いている。
黒地にところどころ蛍光の水色の線が入った膝上くらいまでのセミロングコートは、どうやら彼女のお気に入りらしかった。
「ほお、それはナーガの皮膚で作られたコートか? 高かっただろ?」
「ああ? まあね、めちゃくちゃ高かったよ。私が倒したわけじゃないんだけどさ、知り合いに素材を譲ってもらってオーダーメイドで作ってもらったんだよ。はあ、まだローン残ってるっつーのに……」
ナーガは七つの頭を持つ蛇のモンスターだ。確か壱拾参ダンジョン11階層にいたボスだった。
「まあ災難だったな。だが落ちこんでる暇はないぞ。お前たちが獲得した魔核は現時点で10個だ。大型モンスターに遭遇したのはついてなかったが、ここから巻き返していかんと勝ち目はないぞ」
「ふん! そんなことは分かってるよ! あ~あ、適当な小型魔獣のスタンピードにでも遭遇しねえかなあ」
モンスターの集団狂乱状態『スタンピード』。大量のモンスターが群れを成して向かってくる現象。通常なら絶対に出会いたくないモンスターの集団なのだが、今、この状況では話が違うのだろう。
こんな話を晶が口にしたからなのだろうか。それが呼び水になったのだろうか。
答えは誰にも分からない、だが森の階層を抜け、その先の岩石エリアに辿り着いた頃、晶は思った。
あんなことを考えなければよかったと……
◇
「唯、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」
「え? そ、そうですか? さっき慣れないことしちゃったからかな……」
サイクロプスとの戦闘で自ら囮になった唯。
今までこんな経験をしたことがなかったのだろう。見るからに疲労が蓄積しているのが分かる。極度の緊張感と、仲間が、自分がここで死ぬかもしれないという恐怖感は筆舌にし難いものだろうことは想像に難くなかった。
だがムラマサはそんな彼女にどうしても頼みたいことがあった。
「唯、大丈夫ならひとつ頼みたいことがある」
「え? なんですか? 私にできることだったらなんでも言ってください」
「そうか、それじゃあな――」
「……………………」
「え!? ほ、本当にやるんですか? マ、マネージャーさんがやれというのなら私は構わないんですが、晶さんには言わないんでいいんですか?」
「ああ、あいつには言わなくていい」
「わ、わかりました。では準備しておきます」
唯はムラマサの指示の意図をいまいち掴みかねていた、だが彼がそうしろというのならそうする。そう思えるほどに唯の、ムラマサに対する信頼は大きくなっていた。
◇
ゴツゴツした岩がむき出しになったなんとも無機質な空間、ところどころには骨らしきものが転がっている。モンスター同士で殺し合ったのか、はたまたムラマサ達が来る前に訪れた探索者が屠った物なのかは定かではなかった。
暫く歩いていると何処からともなく何かの音が聞こえた。
――ピュー、ピュー……
「おい、今なんか音がしなかったか?」
「は、はい、確かに聞こえました。なんていうか、笛? の音みたいな……」
「ん? 俺には聞こえなかったが…… 若者にだけ聞こえる音か?」
「はっはっ! あんたおっさんだもんなあ! それはあるかも!」
「あ、晶さん! そんなこと言ったらダメ、ですよ! マネージャーさんはおじさんでもイケおじなんですから!」
「唯もおじさんって言ってるじゃねえかよ!」
「え、い、いや、そ、それは言葉のあやで……」
「おい、お前ら、気を抜き過ぎだ」
ムラマサの一言で、唯は辺りに起こっていた異変に気付く。
ほんの少しの気の緩みはダンジョンでは死に直結する。先程のサイクロプスとの戦闘で嫌という程分からせられたのに…… 唯と晶はすぐさま気を引き締め直す。
――そして唯は警告する。
「モンスターがいます! 多分小型のモンスターですね、かなりの数がいるみたいです」
「ゴブリンかなんかか? よっしゃ! ここで魔核を稼ぐぞ! 唯! お前は後ろで休んでろ。私がやってやる」
唯の警告どおり、少ししてからモンスターの集団が大きな岩の影から姿を現した。
体長1メートル2,30センチ程度の人型の魔獣――
――それは晶が予想したとおりゴブリンだった。
「よしっ! ゴブリンの群れだ! これで魔核を大量ゲットだぜ!」
「晶さん! 推定30体程度います! いくらゴブリンとはいえ油断は禁物です!」
「ああ! そんなヘマはしない! 気を引き締めてブチ殺してやる!」
ゴブリンの群れにひとり飛び込む晶。後方で晶の援護をすべく減速弾の装着されたアサルトライフルを構え、機を伺う唯。
ゴブリンの群れはゆっくり、ゆっくりと隊列を組んでこちらへ向かってくる。
――なにかがおかしい……
唯はモンスターの集団に違和感を覚えていた。
あの数のモンスターが群れをなしていれば大抵の場合スタンピード、つまり暴走状態になる。ゴブリンは人型にしては知能が低い。どちらかといえば牛系や狼系のモンスターに近い性質を持っている。なのになんであんなにも隊列を成してゆっくりと歩いている? あれではまるで行進……
「あ……」
唯はなにかに気づいた時、わなわなと震えだした。
話には聞いていた。ただ自分では見たことがなかった。
そういう現象が極々稀に起こるとは聞いてはいたが、実際にその場に居合わせた人の話を聞いたことはなかった。何故なら――
――それが起こった場所にいたパーティは壊滅状態に陥ったから……
一瞬で青ざめた唯は大声で晶へ叫んだ。インカムがあるにも関わらず。
インカムの存在を忘れるほどに、彼女の気は動転していたのだ。
――晶さん! 逃げて!
「あ? どうした、唯? インカムがあるんだからそんな大声出さなくても聞こえてるぞ」
――早く! 早く下がって! 晶さん!」
「な、どうしたんだ唯? あの程度のゴブリンなら楽勝で勝てるぞ」
――そんなのいいから! 早く……
唯は続けて叫んだ。声を張り上げすぎたのか、少ししゃがれた声で。
あれは――
――モンスターパレードです!
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