第38話 悪魔の右手
「お前ら、サイクロプスとの戦闘経験はあるか?」
「あたしはないです、でも一応挙動とか攻撃手段とかは知識としては知ってます」
「私は一度だけあるぞ。まあそん時はゴールドマインとアンチスクワッドとの共同戦線だったけどな」
「アンチスクワッドか、確か探索者友の会所属のもうひとつの探索チームだったな」
サイクロプスは一つ目の巨人。デカいこん棒を振り回し、周囲の障害物をものともせずに向かってくる厄介な相手。完全なパワータイプの強敵だ。
動きは比較的緩慢なのだが、硬い皮膚、体長8メートル以上はあろうかというその巨躯は、そう簡単に打ち取れるような生半可なモンスターではなかった。
「とりあえずふたりでやってみてくれ。ふたりの連携を見たい。あとは晶、使えれば右手も使ってくれ」
「はい!」
「ああ、わかったよ。てかこんな大物相手にふたりで逝かせるなんてあんたも大概頭のネジがぶっ飛んでんな」
「誉め言葉として受け取っておく」
「誉めてねえし!」
「あと晶、眼帯は取るなよ」
「分かってるよ!」
相手との距離が徐々に近くなり、向こうもムラマサたちに気づく。巨大な一つ目の中の虹彩は確かに羽生石晶を捉えていた。
「来るぞ!」
「ヒャッハー! ジャイアントキリングだ!」
そう言いながらモンスターへ向かって駆けていく晶。少し下がってアサルトライフルを構える唯。
先手を切ったのは唯だった。
「くらえ! 減速弾!」
唯の放った減速弾はサイクロプスの右脚に命中、ドでかい地響きを立てながらこちらへ向かっていたサイクロプスの動きに、右脚にだけ変化が現れた。
「ああ、もう! やっぱり的がデカすぎて全体に効果がいかない! 晶さん! 右脚にだけ減速効果が付与されました!」
「ああ! 十分だよ!」
近くにあった木に飛び蹴りをし、さらに上へと跳躍する晶。
丁度胸元辺りの高さまで飛んだ晶は、通称クサマサをサイクロプスの脇腹辺りへ一閃!
「よっしゃ! かなり深く切り込んだぞ!」
「晶さん! 下がってください! まだ浅いです! サイクロプスの反撃がきます!」
インカムからの唯の言葉を聞き、一旦後ろへ下がり距離をとる。
奴の体に刀はかなり深く入ったはずなのに…… 晶の違和感は、その直後、唯の発した言葉で解消された。
「ああ!? キズが、塞がってる!?」
「晶さん! サイクロプスは自己修復能力が高いモンスターです! 一撃で腕を落とすとか、首を落とすとかしないと回復されてしまいます!」
「マ、マジかよ、前回の時はみさをが首を落としたから気づかなかったぜ」
(唯のヤツよく知ってるな。だがアレのことは知ってるかな)
右脚と左脚が揃わない、なんとも不自然な動きをしているサイクロプスは、速度は遅いものの確実に晶達を追い詰めていく。
「唯! 強毒弾は?」
「多分的が大きすぎてすぐに回復されてしまいます! 毒が回る速度より回復のほうが上回っちゃいます!」
「分かった! 私が再度突っ込む! できればこん棒を持ってる右手に減速弾頼む!」
「分かりました!」
晶2度目のアタックは首かこん棒を持つ右手狙い。
こん棒を持つ右手さえ落とせば、あとは左手での直殴りにだけ気を付けておけばいい。サイクロプスは殴りモーションが分かりやすく、大きく振りかぶって殴り掛かるので、対応がとり易い。晶は前回のサイクロプスとの戦闘でそのことを把握していた。
「晶さん! 10時の方向にある木が丁度いい足場になります! あそこに飛び乗って右手首を狙ってください!」
「唯ナイス!」
唯のアドバイスでその木を目指して走る。すでにサイクロプスのこん棒の範囲に入っていた晶は、敵の渾身の一振りを屈んで回避する。
「ふ~! あんなの喰らったら木っ端みじんだな!」
「晶さんバックスイング気を付けて!」
「は!?」
一度大きくスイングしたサイクロプスのこん棒は、今度は逆方向へとスイングされた。唯の声でそれに先んじて反応できた晶は寸でのところでバックステップで避ける。
「サンキュー! 唯! 完全に油断してたぜ!」
「サイクロプスはあれが一連の動作です。あのまま連続スイングしてくることもあります! こん棒の打撃範囲にはなるべく入らないでください!」
「左から攻めるのはきつい! 右側から攻めてく!」
どうしてもこん棒の影響範囲に近い左側からの攻撃は無理だと判断した晶は、右側から懐に入り込む作戦へと変更した。
モンスターの緩慢ながらも致死性の高い攻撃を潜り抜けながら、一太刀、二太刀とサイクロプスへ切り込んでいく。だがそのどれもが相手を倒すほどの致命傷にはなっていなかった。
その時――
「減速弾!」
――パアァァァァン!
「着弾確認! 晶さん! 右手首に減速弾着弾しました! これでいけます!」
「よくやったぞ! 唯! このまま右側から首を狙う!」
近くにあった足場になりそうな木のウロに足を掛け、首が届くところまで近づこうとタイミングを計る。サイクロプスが左手を振り上げ、振り下ろした時がその時。晶はサイクロプスの直殴りが届かない位置で機を伺う。
そして左手を振り上げるサイクロプス。
「あ? そんなとこで腕振り上げてどうするつもりだ? 全然影響範囲じゃねえのに」
完全に届かないと思う気持ちが引き起こした致命的な油断。
「晶さん! 危ない!」
「は?」
振り上げられ、そのまま直殴りするかと思われたサイクロプスの左手にはいつの間にかこん棒が握られていた。
そのこん棒は晶が足を掛けてタイミングを計っていた木諸共薙ぎ払った。
直径1メートル程度はあった木諸共吹き飛ばされる晶。木が緩衝材代わりにはなっていたものの、物凄い衝撃で10メートルほど離れた木に激突した。
「晶さあん!」
「あ、あが……」
上半身をを激しく木に叩きつけられ、意識が朦朧とする晶。当然敵は弱った相手を狙ってくる。どの世界でも同じだ。倒せる相手から叩く。それがセオリー。
不自然な右脚の動きのまま晶へ向けて歩を進めるサイクロプスの前に、それまで後衛に回っていた唯が飛び出した。
明らかな自殺行為――
「こっちだ! こっちに来い! あたしが倒してやる!」
アサルトライフルを構えサイクロプスを睨みつける唯は、再び減速弾を発射する。 狙うは左脚。だが――
「く、くそっ、はずれた!」
大型のモンスターを目の前にし、極度の緊張状態での射撃は、従来の射撃精度を出すことを許さなかった。逸れた射撃で唯に注意がいったサイクロプスは、脅威判定を変える。
先にこの女を殺すと。
◇
「お、おい、ムラマサ、頼みがある」
「あ、なんだ? 俺にあれを倒せってか?」
「ち、違う、そうじゃない」
一瞬の意識喪失から立ち直った晶は近くにいたピエロの仮面の男に声を掛ける。
ムラマサは晶の目を見て、彼女が自分へ助けを求めることはないなと悟った。この目はそんな慈悲を期待するような目ではない。
「なあ、右手にクサマサ巻き付けてくれ」
「ほお、なるほど。分かった」
ムラマサは晶の一言で彼女がやろうとしていることを理解した。
そうして晶のいうとおり右手に愛刀ムラマサを括り付けてやる。木に寄り掛かったままの晶の狙いはひとつ。
「ぶっ刺され、
晶の手首から離れたアイグノウツと呼ばれたそれは一直線に、ある標的に向かって空中を駆け抜けた。目指す先にあったのは――
――サイクロプスの目玉。
猛烈な勢いで目に向かい疾走する刃にサイクロプスは寸前まで気づかなかった。
敵は標的の小さな体躯の女の子を蹂躙することに全ての意識を注いでいたのだ。
アサルトライフルを構えていた唯が、サイクロプスのこん棒の打撃範囲に入った時、勝負は決した。
ムラマサの愛刀、晶曰く、クサマサはサイクロプスの目玉に突き刺さり、そのまま突き抜けていく。
突然の衝撃にそのまま後ろへ倒れこむ巨体は、そのまま起き上がることはなかった。
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