第37話 歪んだ甘さ

 百合園――


 今日、共に零捌ダンジョンへ挑み、互いに競い合う相手チームの名称。

 唯の話によれば5人編成でクロとシロのふたりが前衛で敵を殲滅する役割。シロはタンク兼前衛アタッカー。クロはなにかよく分からないボールのような武器を使うらしい。

 そして他メンバーのカミナとアンズ、彼女らは補助魔法と回復担当、攻撃魔法専門職のようだ。

 最後のひとり、最近入ったばかりのメンバーだけが1級探索者。

 彼女が以前いたパーティは、彼女を除いて――


 ――全滅していた。



    ◇



「いいか。そろそろ行くぞ。俺は基本的に後衛、んでなんかイレギュラーがあった時だけ対応する。つまりモンスター討伐はおまえらふたりの役目だ。いいな」

「は、はい! マネージャーさんの期待に応えるべく、がんがります!」

「唯ちゃん、噛んでるよ。まあ私はぼちぼちやる。右手の様子見ながらだな。いけそうならガンガンいくよ」

「ああ、まあさっき話してたとおり、唯が敵の動きを封じて晶が倒す、これが一応セオリーだ。自分らでなにかいい案を思いついたなら試せばいい。じゃあ、行くぞ」

「『応!』」


 時刻は午後0時ジャスト。3人は2番ゲートの階段を下り、ダンジョンへの一歩を踏み出した。

 踏破済みダンジョンということもあり、そこかしこに最下層への道しるべとして案内看板が出ている。道に迷うことはないが、際限なく湧き出るモンスターは未踏破の頃と同じまま。だが道を行く3人の前にまだモンスターは現れない。


「ええと、この辺りで出るモンスターはブラックウルフかロットンスライムですね。大抵数体の群れで出現します」

「ほお、よく覚えてるな。このダンジョンはかなりの回数潜ってるのか?」

「え? い、いえ、1回だけですね」

「ふ~ん……」


(なるほどね。)


 少し先へ進むと、唯の言葉通りブラックウルフが4体出現する。

 ブラックウルフはその名のとおり黒い狼、ただ普通の狼と違うのは、額に1本の角が生えていることだ。高い俊敏性と鋭い爪と牙。そして魔力によって伸縮する厄介な角が武器の、中々に侮れないモンスター。それがブラックウルフ。


「唯ちゃん、とりあえずムラマサのクサマサを試し切りしてみるわ。支援はまだいいから」

「は、はい! お気をつけて!」

「なんだよクサマサって……」


 唯にそう告げ、疾風の如く駆けだす晶。

 低く低く、極限まで姿勢を低く構え、極端な前傾姿勢でモンスターの群れに飛び込んでいく晶、彼女の左手にはムラマサの愛刀、晶曰くクサマサが怪しい光を放っている。


「ほい! 次! もういっちょ!」


 4体固まってこちらの動きを警戒していたブラックウルフの群れは、唐突に飛び込んできた晶の動きに一瞬対応が遅れた。その隙を逃さず晶は4体中3体に刃を入れた。

 1体は首、1体は前脚、1体は側頭部、3体中2体は即死、もう1体も前脚を捥がれ、人を襲うモンスターとしての役割を終えた。


「す、凄いです! 晶さん!」

「ははっ! このクサマサすげえ! 臭いのに! めっちゃ切れる! あんだよこれおかしいだろ!」


 口を大きく開き、嫌らしいともいえる笑みを浮かべながらモンスターを狩る晶。残された最後のブラックウルフは及び腰で、ほんの少し後ろ脚を後退させていた。

 それを見逃さなかった晶は――


「はっ、あのモンスター完全に戦意喪失してるわ。あんなん狩ってもなんも面白くないね」


 そういってモンスターに背を向けた。

 その瞬間――


 ――ガウルゥゥゥゥゥゥ!!!

 ――スローショット!


 ブラックウルフの咆哮とほぼ同時に1発の銃声がダンジョン内に鳴り響いた。

 それは唯が放った減速弾。当たった対象の移動速度を著しく減少させる効果を持つ特殊弾。


「晶さん! モンスターにトドメを!」

「す、すまん唯ちゃん!」


 動きが緩慢になったモンスターへトドメを刺す晶。零捌ダンジョンでの最初の会敵は3人の勝利に終わった。



    ◇



「なあ、おい! おまえずっとこんな調子でやってきたのか!?」

「あ? いや、悪かったって。なんか殺る気が削がれるんだよ、相手がモンスターでもさ。あんな怯えた素振りされるとさ」

「あ、あの、マネージャーさん、今回は何事もなかったんですから……」

「あ!? お前までそんなこと言ってんのか? お前はまだいい、敵から目を離さず、ちゃんと減速弾を撃つ用意をしてたからな。だがこいつは違う。完全にモンスターに背を向けたんだぞ!」

「わ、わかったよ、悪かったよ、ムラマサ。次からはちゃんとやるから」

「はあ…… 頼むぞ、全く……」


 モンスターは所詮モンスター。そりゃ世界には害意のない人間に対して好意的なモンスターだっているかもしれない。だがここはダンジョンだ。殺るか殺られるか、ふたつにひとつ。そもそも敵意がないのなら始めから何処かへ隠れて出てこなければいいだけの話、それがムラマサの持論だった。

 晶の歪んだ甘さは彼女の弱点、だが言葉でいくら言おうとも、そう簡単に割り切れるものじゃない、ムラマサはひとり頭を悩ませた。

 優しさは美徳だが、ことダンジョンにおいてはそれが命取りになるのだから。


 その後特になんの問題もなくダンジョンを進み、第3階層まで到達しようとしていた。

 ここからはそれまでの回廊型から景色をガラッと変え、辺り一面が原生植物で覆われた森林地帯へと変貌していた。


「話には聞いていたがここは複合型ダンジョンなんだな。唯、しかしよく初見で深層までたどり着けたな。ここは踏破ダンジョンの中でもかなり難易度の高いダンジョンだと思うんだが」

「ええと、ここのダンジョンは結構ネットで内部情報が公開されてたので、なんとかなりました」


 情報として知っているのと、実際に経験するのとでは大きな乖離がある。それはダンジョン探索者なら誰しもが知っていることだ。

 難易度が低いと侮り、不用心に入ったダンジョンで大怪我するなんていう話は珍しくない。

 やはりこの唯という子は状況把握や危険察知の能力に優れているのだろう。ムラマサは確信した。


「えっと、この辺りで大型のモンスター『サイクロプス』の目撃情報があったそうです。前回あたしが来た時には出くわさなかったんですが」

「ん~、できれば出会いたくないな。いくら対象がでかかろうと魔核はひとつだ。大型で討伐に手間取るモンスターはできることなら避けたいところなんだが……」

「すみません、あたしがこんな話しちゃったからかも――」


 ――フラグになっちゃいました。


 100メートル程離れたところで木々が騒めいていた。

 そして辺りを振動させる地響きに似た足音。

 唯と晶に2度目の試練が訪れた。



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