第36話 ピエロの仮面

「あ、お待たせしました。マネージャーさんから伺った件、受けます」

「唯~、てめえ遅せえんだよ。どんだけ待たせんだっつーの。そんで、例の双子は何処だよ?」

「いえ、楓ちゃんとく~ちゃんは今回の探索には参加しません」

「はあっ!? 舐めてんのか!? なんだあ? うちら如きあの双子は必要ないってか!?」

「いえ、そういうわけではないんですが、ふたりの代わりに代理の人をお願いしました」

「ああ!? 誰だよ!?」

「それは――」


 ――彼です……



    ◇



「おっ、丁度いい仮面があったな。こいつつけて潜るわ」

「え、本気で言ってる? ムラマサ…… それいくらなんでも、怖いよ?」

「え~、僕は結構好きだけどな~。シリアルキラーっぽくて~」

「マ、マネージャーさん? い、いえ、マネージャーさんがそれをつけるというならあたしは文句は言いませんが……」

「はははっ! ムラマサ、お前結構面白いなあ! 気に入ったぞ!」


 ムラマサは車に積んでいた荷物の中からなにかを探していた。

 確か顔を隠す丁度いいものを、車に積みっぱなしにしていたのを思い出したからだ。そしてその目当ての品を見つけ出し、彼は顔に装着した。


 その仮面――


 白地に赤い団子っ鼻、口角が大きく上に上がり、目の上下部分には赤い涙のような線が入っていた。


 そう、それはピエロのお面。


 子どもが見たら、瞬間泣き出しそうな、おどろおどろしい道化師の仮面だった。


「よし、これでオッケーだ。じゃあふたりとも行くか。楓と椚はこのまま車で待機な。そこにあるお菓子食ってていいからよ」

「オッケー。てかできるだけ早くしてよね。あんまり遅いと乱入しちゃうかも」

「だね~。ムラマサ~、探索終わったらアイス買って~。それで許す~!」

「ああ、2本買ってやる。だから大人しく待っとけ」

「『はーい!』」



    ◇



「な、な、なんなのあんた!? こ、怖いんですけど……」

「あ? ああ、すまん。ゆいにゃんズの臨時メンバーのピエロちゃんだ。よろしく」

「え、あんたさっき受付にいた唯の保護者だよな?」

「え、なんのことかな? ヨクワカンナイ」

「えっと! それでクロさん、勝負の勝ち負けはモンスターの魔核を多く採ったほうが勝ちってことでいいんですね?」

「あ? ああ、それでいいぜ。てかうちら5人だけど、人数で文句言うなよ? おまえらが舐めプしてんのが悪いんだからな。うちは全力でいかせてもらうから」

「ええ、構いませんよ。こっちも晶さんがいるんで」

「はっ! そんな右手欠損女が役に立つかよ! ダンジョン探索者が右手失くしたらもうお終いだっつーの!」


 羽生石晶のコメカミに青筋が浮かび上がり、大声を上げようとした瞬間、彼女の第一声に被せるように男が口を開いた。


「こいつは強い。右手のハンデを補ってあまりあるくらいにはな。まあこれから見せてやる。お前ら行くぞ」


 ムラマサの一喝でゆいにゃんズはその場から立ち去る。わざわざ相手の挑発に乗ってやる必要はない。ただやるべきことをやるだけ。ここはただの通過点なのだから。



    ◇



「正午丁度にスタートだ。俺たちは2番ゲートからダンジョンへ入る。あちらさんは1番ゲート。そんで最下層ボスの間についた時点で勝敗を決める。制限時間は6時間。質問あるか?」


 このダンジョンにはダンジョンへ進入する入り口が3か所ある。1番と2番ゲートはほぼ同じ距離で最下層までたどり着ける。3番ゲートだけ距離が短い。これはこのダンジョンが未踏破だった時、3番ゲートだけモンスターの出現量が他のふたつに比べて群を抜いて多かったからなのだが、今回は公平を期すため3番ゲートは除外した。


「そんで、今日は配信はするのか?」

「あ、いえ、一応ドローンは持ってきてるんですけど、マネージャーさん、あんまり配信にでたくないんじゃないです?」


(ふ~ん、やっぱこの子鋭いな)


「なんで?」

「え、だってわざわざ仮面までして顔を隠してるので。そうなんじゃないかなって」

「まあ、ね、できればあまり顔を出したくないってのはあるな。しかしこんなおっさんにそんな気を使わなくていいんだぞ、唯。でも君の気持は嬉しかったよ」

「マ、マネージャーさん……」

「お~い、もうそろそろ正午になるぞ~。唯ちゃんもそんな惚けた顔してんなよ~」

「あ、え? そんな顔してました!?」

「してるしてる。てかさ、ムラマサ、この刀、なに? なんか臭いんだけど……」

「なっ!? し、し、失敬な!」


 それはムラマサが異世界から持ってきた彼の愛刀その名も妖刀ムラマサ……

 当初ムラマサはこの刀を新ダンジョン踏破の景品にしようと考えていた。一番最初にダンジョン最下層に辿り着いた者に渡す報酬の目玉に丁度いい! きっと誰もが欲しがるに違いない! なんて思っていたのだが、当初のダンジョン運営と大きくかけ離れてしまった現状、景品なんてものは必要なくなってしまったのだ。

 だがこの世界で、この刀を誰に見せても誰もこの刀の凄さを分かってくれなかった。そう、楓と椚でさえも。ふたりは「刀からなんかムラマサの匂いがする~。ちょっと臭い~」と言って笑っていたが、三鬼島澪なんかは顔に近づけたら本気で嫌がっていた。そして終いには何故だか嘔吐えづいてさえいたのだ。


「こいつ俺の愛刀だから。今日はおまえが使え。めちゃくちゃ切れるから」

「は? マジ? うわっくっさ! 手に臭いつきそうなんだけど……」

「あ!? なんだって!?」

「い、いや、わかったって。そんな怒鳴んなよな……」


 時刻は11時58分。スタートの時間はもう目前に迫っている。

 緊張感のないふたりを見てムラマサは思った。

 こいつら思った以上にやれそうだな、と……

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