第35話 納得いかない!

「ちょ、ちょっと待って!? ムラマサが出るって本気!?」

「ん? 本気だぞ? なんか変か?」


 ヨレヨレのジャケットからどこぞの国の特殊部隊のような黒を基調とした迷彩柄の戦闘服に着替えたムラマサは、それがさも当たり前のように答えた。

 だがムラマサの強さを知っている楓は尚も彼の意図を計りかねていた。


「え、いや、そんなことしたら唯と晶必要ないじゃない」

「ああ、そんなことか。もちろん俺は積極的にはモンスターは狩らんよ。主にサポートだ。ふたりの挙動と連携を見るのが今回の目的だしな」

「あ~、そういうことね。でもえらくふたりのこと買ってるじゃないの。珍しい」

「まあ、な」


 ムラマサの意図を楓も理解したようで、この話は終わり、かと思われたのだが、ひとりどうしても納得のいかない人物がこの中にいた。


「ふ、ふざけんな! 私は楓ちゃんと一緒に探索できるっていうからついてきたんだぞ! それがなんでこんなクソじじいと一緒に潜らなならんのだ!」


 晶は楓推しだ。それもあって彼女はダンジョン2課からの楓&椚の新パーティ参加の要請もふたつ返事で承諾した。

 なのにここにきて一緒にダンジョン探索ができないとなると、話が違う、晶の言動は至極真っ当なものだった、のだが……


「おい、晶、お前いい加減にしとけよ。ムラマサに調子くれてたら私がお前を殺すぞ?」

「ちょ、おねえ! ダメだって! マジ切れ禁止~!」

「は!? 椚ちゃんはムカつかないの!? こいつムラマサに酷いこと言ったんだよ!? マジでこんなヤツパーティに入れるんじゃなかった……」

「おねえ……」

「か、か、か、楓ちゃん、で、でも私は、間違ったことは言ってない。私はあなたと一緒に探索できるって聞いたからここに来たんだ。もし一緒に潜れないんだったらいちファンとして配信を見てるよ」


(はあ、こいつ筋金入りだな。しゃーない)


 ムラマサは溜息をつき、晶へ語り掛ける。


「なあ晶、俺にお前が信頼できるに足る実力があれば承諾してくれるか? もちろん本番の弐拾弐ダンジョン探索は楓と椚にも行かせる。今日だけは我慢してくれないか?」

「ああ!? 実力ぅ? ただのクソジジイが私に勝てるわけねえだろうがあ! ああ、そうだな、もし私に殴り合いで勝てたらいうこと聞いてやるよ。勝負してやるよ!」

「よし、言質はとったからな」


 零捌ダンジョン探索前に、何故だか急遽ムラマサ対羽生石晶のケンカ勝負が執り行われることになったのだった。

 それを傍目で見ていた椚は晶に心底同情していた。


(はあ、晶っちかわいそ~。勝負なんていったからムラマサの目の色変わってるし~)



    ◇



「いつでもいいぞ。武器も使ってもいい」

「は!? てめえに武器なんていらねえよ! 素手で十分だ!」


 零肆ダンジョン専用駐車場には平日ということもあって、車は数えるほどしか止まっていなかった。数百台は止めれるかというほどの広大なスペースの一角で、ふたりのケンカという名の試し合いが始まる。


「速攻で終わらせる。ハッ!」


 まずは晶が仕掛けた。ズボンのポケットに手を入れ、いつの間に仕込んでいたのか、何処で手に入れたのか、手に握りしめた砂をムラマサの顔目掛けて投げつけた。


 だが――


「ふうん、いいね。だがそんなもんは……」


 顔面に降りかかる砂を全く避けようともしない。どうみても目に砂が入っているとしか思えないのに、瞬きすらしない。見据える視線の先は晶のみ。


「マジか、じゃあ直接いかせてもらうわ」

「御託はいいからさっさと来いよ、男女」

「ああ!? ぶ、ぶっ殺す!」


 ムラマサの挑発で頭に血が上った晶は、猛烈な勢いでムラマサに飛び込む。

 手刀からの右上段猿臂(肘打ち)、続けざまに金的への膝蹴り、一旦引いて側頭部への左上段回し蹴りからの胸部への左中段猿臂、さらにそこから金的への足刀……


 どれだけ晶の猛攻が続いただろう。時間にして数分。

 怒涛の猛攻を仕掛ける晶に対し、完全に防戦一方のムラマサ。だが傍から見れば、どうみても体力を消耗しているのは晶のほうだった。


「ハァハァ、くそっ、軽くいなしやがって、しかも足の位置1回も変えていやがらねえじゃねえか……」

「なあ、そろそろこっちからも行っていいか?」

「あ?」


 一瞬の出来事。


 ムラマサが晶に言ったか言わないか、瞬きするかしないかの刹那、ムラマサは晶の鳩尾の辺りに手刀を一閃。

いや、手刀というより、晶の肋骨を、手を逆手にして、人差し指と親指をねじ込み掴んでいた。


「あ、あ、て、てめ、え、な、なに、した、んだ……」

「動けんだろ? あと苦しいだろ? 横隔膜に指入れて呼吸を阻害してる。体が拒否反応おこして動きたくても動けなくなるんだよ。お前ちょっと調子に乗り過ぎだ。少し恐怖を味わえ」


 ムラマサはそう言うと、掴んでいた左手をそのまま上へと持ち上げた。

 宙ぶらりんになる晶。


「は?」

「おら、飛んでけ」


 ムラマサが言葉を発した刹那、晶は大空へと高く舞い上がった。


「は? は? は? し、し、死ぬ、死ぬ」


 辺りに何もない零肆ダンジョンの一帯が一望できるほどの大空に舞い上げられた晶は、自分に何が起こったのか全く理解できなかった。ただ頂点まで舞い上がり、一転、落下に転じた時、自らの死を覚悟した。

 重力は無情にも晶の落下速度を上昇させ、地上まであと数メートル。あわや激突かというところで、彼女のフリーフォールは無事終了した。

 ムラマサが寸でのところで軽くジャンプし、晶の両脇を両手で抱え、重力による衝撃を相殺したのだ。


「お疲れ。まだやるか?」

「は? は? は? い、いや、いい、もういい……」


 事態が把握できない晶の目は泳いでいた。ただ分かっていたのは、自分が今死の直前にいたことだけ。

 

「ムラマサに舐めた口聞いてるからよ。これに懲りたら少しは自重しなさいよね」

「あ、あ、ああ、そ、そうだな、楓ちゃんのいうとおりだ。てか離してもらえる?」


 ――ムラマサ……


 どうやらムラマサはダサいクソジジイから少しだけマシになったらしい。

 ムラマサに降ろされた瞬間、腰が抜けその場にへたり込む晶。


 その後晶はほんの少しだけ粗相があったらしく、お手洗いに行くといって、鞄を持って走っていった。

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