第31話 ムラマサの憂鬱

 唯と出会う3日ほど前――


「あ~、くそっ、なんでこんなことになっちまったんだ……」


 ムラマサはダンジョン2課ダンジョンクリエイト室名古屋支所の一室でデスクに突っ伏して頭を抱えていた。


 さかのぼること10日前――


「はっ!? ダンジョン生成の許可が下りない!? な、なんでだ!? 申請書の不備はなかったし、運営計画書だって一応筋は通ってただろ?」

「そ、それが局長の許可はいただけたんですが……」

「あ、ああ…… あいつか。あいつが許可を出さなかったんだな」

「ええ、そのとおり、あの方――」


 ――ダンジョン局副局長八雲八尋やくもやひろ


「くそったれ! いつもいつも2課の邪魔ばっかしやがって!」

「いえ、でもあちらの言い分のほうが正しいというのが、ダンジョン局全体の評価みたいなんですけどね、残念ながら」

「お前はどっちの味方だよ!? それに元はといえばダンジョン生成事業をやるって言いだしたのはあの野郎だろうが! そんで運営がうまくいかなくなったら全責任を2課に押し付けてきやがったんじゃねえか!」

「ふ、ふえぇぇぇ、そんなに怒鳴らないでくださいぃぃぃぃ」


 ダンジョン1課とダンジョン2課は常々仲が悪い。

 ダンジョン1課は主に天然ダンジョンの管理運営と、ダンジョン探索者の加入するダンジョン保険、要はダンジョン内で何かあった時の為の生命保険なのだが、それの運営と資産運用、あとは第壱ギルドの管理なども行っている。

 設立当初から常に黒字運営で、ダンジョン局の利益は全て、このダンジョン1課から捻出されていた。

 一方ダンジョン2課は人造ダンジョンの管理運営、第弐ギルドの管理なのだが、発足以来ずっと赤字続き。

 だがそもそも2課の始まりは副局長八雲の鶴の一声から始まった。

 ムラマサにダンジョンクリエイトの能力があると分かると、人造ダンジョンの生成を命じてきた。これは金になる、全責任を持つから造れと。

 そうして新しくダンジョン2課が設立され、ムラマサ、澪、ほか3名の計5名で2課はスタートしたのだが、ダンジョン生成以外のところで莫大な出費がかさみ、結局のところ事業は大失敗。

 だが八雲は当初全責任をとると言っていたにもかかわらず、そんなことは言っていないと手のひらを返し、ダンジョン2課を閉鎖するように圧力をかけてきていたのだ。


「そんじゃなにか? もう2課は有無を言わさず閉鎖ってことか?」

「いえ、それが八雲副局長が条件を出してきて……」

「条件? なんだよ、その条件って?」

「それがですね、いまいち彼が何の意図があってそんなことを言ったのかがよく分からないんですが……」


 副局長八雲が出した条件、それは、当初の予定どおりふたつの新ダンジョンの生成は行う。

 だが彼はそれに伴い4つの条件を提示してきた。


 ひとつめ――

 ――人造ダンジョンとは公表せず、21番22番のダンジョン出現と公表する。

 ふたつめ――

 ――ダンジョン生成はムラマサがダンジョン構造を全てランダムで生成する。

 みっつめ――

 ――既に生成済みの人造ダンジョン3か所については、ムラマサのダンジョンコントロールを解除し消失させる。

 よっつめ――

 ――弐拾壱ダンジョンの運営管理はダンジョン1課が受け持ち、ダンジョン2課は弐拾弐ダンジョンの運営のみを担当する。



 以上が彼の提示してきたダンジョン2課存続の条件だった。


「な、なんだその訳の分からん条件は? てか人造ダンジョンとして公表しないなんてそんなことして大丈夫なのか!? それにダンジョンクリエイトでランダム構築…… ランダムにしたら俺にもダンジョン構造がどうなってるのか把握できないんだぞ!?」

「わ、私にも副局長がなにをお考えなのか計りかねるんですけど、彼曰く全責任は私が持つからやれ、とのことです」

「てかあいつ前にも責任取るとか言って、俺らを見殺しにしたじゃねえかよ!!」

「ふ、ふぇぇぇ、だから私にそんな怒鳴られてもぉぉぉぉ」


 八雲の考えてることが全く見えない、だがこの条件を飲まなければ2課は確実に閉鎖になるだろう。

 閉鎖になり職を失い路頭に迷うわけにはいかない、彼には養わなくてはならないふたりの家族がいた。血は繋がってはいないが大切な仲間、彼女達の住む場所を奪われるわけにはいかなかった。


「ああ! くそっ! でもよ、既存の人造ダンジョン3つは維持にも金がかかるから無くすってことだよな? まあそれはそれで有難いけどな。俺が生成したダンジョンはほぼ俺の一部みたいなもんだ。ダンジョン維持にもずっと神経使ってる状態だからな」

「まあハッキリいって運営しているだけで赤字垂れ流しでしたからね。今じゃすっかり探索する人も減っちゃって、ほぼ探索トレーニング用のダンジョンになってますからね」

「ていうか元々あのクソ八雲の言い出したことなのによお! 完全に俺らあいつの手のひらの上で踊らされてるだけじゃねえかよ」

「まあまあ、とりあえず彼の条件を飲めば2課は存続が許されるんですし、そもそも私達の課の赤字は全てダンジョン1課が被ってくれてるんですし」

「う~ん、なんか腑に落ちんが、ヤツの口車に乗るしかないか……」


 ここまでが10日前の出来事――


 ――そして時はムラマサ一行が唯と出会う3日前へと戻る。


「はぁぁぁぁぁ、なんでこうなった? わけが分からん……」

「今調査の為に現地につなしさんとふうちゃんが飛んでます。詳細が判明し次第、連絡をくれることになってますんで待ちましょう」

「まさかこんなことになるなんて……」


 数日前ムラマサは既存の人造ダンジョン3か所を消失させた、までは良かった。

 だが何故かその後日本国内の数か所で突如地震が発生。

 それも同時刻に違う場所で、それも3か所。愛知、鹿児島、北海道。

 それらは全てダンジョンがある場所だったのだ。震源地もなんと3か所ともがダンジョン周辺。

 地震発生直後にダンジョン2課職員のつなし十兵衛と五六ふのぼりふう子が現地へ飛んでいた。

ムラマサは嫌な予感がしていた。

なにかダンジョンに異変が起こった。そしてその予感は的中した。


 ――ぷるるっ、ぷるるっ……


「はい、三鬼島みきしまです。あ、ふうちゃん、ご苦労様。どうだった? え、えぇ、えぇ、………………はあぁぁぁぁぁ!?」

「うわっ!? ビックリしたあ! 急に大きな声出すんじゃねえ! おい、澪どうした? なにがあった!?」

「ええ、電話切るわね、それじゃ……」

「おい! どうしたんだ!?」

「ムラマサさん、落ち着いて聞いてくださいね。今ふうちゃんからの報告で――」

「分かったから早く言え!」


 ――踏破ダンジョンが初期化された模様です。未踏破ダンジョンになってしまいました。


「は!? う、嘘だろ?」


 全く予想もしていなかった出来事に唖然とするムラマサ。

 ダンジョン2課閉鎖の危機は去ったかに見えたが、またしてもムラマサたちの前に暗雲が立ち込めてきたのだった。

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