第30話 マ、マネージャーさん!

「準備はいいかな? じゃあお願い」

「えっと…… 本当にいいんですね?」

「ああ、もちろん。全力でいいよ。本気でお願い」


 少し前――


 喫茶店から車で30分ほど走ったところにある演習場。

 元々自衛隊の演習で使用されていた場所なのだが、現在ダンジョン局で借り上げている。


「唯さん、お疲れ様。ここで君の実力を測らせてもらうから、少し休憩したら始めようか?」

「は、はい! 私はいつでもオッケーです!」

「そか。じゃあ俺は外に出てるから車の中でダンジョン探索用の装備に着替えてきてくれる?」

「了解です!」


 待つこと10分、探索用装備を装着し終えた虎清唯が車から姿を現した。


(ふ~ん、防刃スーツと急所を守る最低限の装甲、基本的に動きやすさ重視ってわけだな。まあこの子は後衛だしいい選択だな。武器は…… へえ、珍しい)


 彼女が傍らに携えていたのはアサルトライフル。対モンスター用に製造された特注品だ。これは一般的なアサルトライフルの銃弾は使用できないよう改造されている。

 ダンジョン内で銃の使用は法律で原則禁止。閉鎖空間での味方への誤発射が高確率で起こる可能性があるからなのだが、この銃は違う。

 プラスチック製の空の薬莢に魔力を込めて、それを弾丸とするのだ。もし万が一味方に当たっても効力無効化の契約を戦闘前に施しておけば、当たっても痛いだけだ。まあプラスチックとはいえ曲がりなりにも弾丸だ。かなり痛いことには変わりないだろうが。


 金色に輝くアサルトライフルを肩に掛け、深呼吸をする唯。

 心地良い緊張感が彼女を包む。


「じゃあ俺に向かって撃ってくれる? 射撃精度と、どんな効果があるか見てみたいから」

「は!? そ、そんなことできませんよ! これは人間に撃っていい代物じゃないんですから!」


 当然の感想だ。だがムラマサは彼女の真っ当な反論にこう返した。


「大丈夫だから。俺は特殊な訓練をしてるから当たっても大丈夫。なんなら書面で残してもいい。俺がやれって言いましたってね」

「で、でも……」

「お~い! いいからやっちゃえ。そんなんでムラ、じゃなかった、マネージャーはどうにかなったりしないからあ!」

「そうそう! ていうかもしジャーマネがどうにかなったらゆいにゃんがもんの凄いってことだから~。もしそうなったら僕らがゆいにゃんのパーティに入れてもらおっかな~」


(はっ!? 今く~ちゃんが私のことをハンドルネームで呼んでくれた!? やっぱ私のこと見ていてくれたんだ! くぅ~! こ、これはいいところを見せなければ!)


「……ります」

「へ? な、なんて?」

「やります! やってやりますとも!」

「お、おお…… いいね」


 直線上に立つ男と女、その距離約20メートル。女は男に向けて銃身を構える。


「準備はいいかな? じゃあお願い」

「えっと…… 本当にいいんですね?」

「ああ、もちろん。全力でいいよ。本気でお願い」


 ――では、行きます…… ファイア!


 男に向けて発射された弾丸は、瞬く間に男の左肩に命中した。当たったと同時にはじけた薬莢から、唯の込めた魔力がムラマサの体内へ侵食する。


(ふ~む、これは……)


「だ、大丈夫ですか!? あ、あのもしヤバそうだったらきゅ、救急車を……」

「うん、大丈夫。もし他の魔力弾もあれば撃ってくれる?」

「え、な、なんともないんですか? 無効化契約もしてないのに……」

「ほらっ、さっさと撃つ!」

「え、あ、は、はい! で、では、いきます!」


 唯は装着していたマガジンを抜き、もうひとつのマガジンへと換装する。

 唯は躊躇した。この弾は絶対に人に撃っていい代物ではない。だけど彼は撃てと言う。

 彼女の中で渦巻く葛藤。だけど何故だか、彼になら撃っても大丈夫、そんな、なんの根拠もない気持ちが彼女の中に芽生えていた。


「で、では、いきます!」

「うん、いつでもいいよ」

「はい…… ファイア!」


 弾道は一直線に彼の下腹部へと命中した。

 この弾丸は彼女の十八番おはこで、パーティが危機に陥った時にしか使わない、そう決めていた弾丸だった。


「うん、いいね、強毒か。並みのモンスターなら即卒倒するレベルだ。有難う。とりあえずこの武器はもう結構だ」

「え、あ、あの、本当になんともないんですか……」


 自分の虎の子をいとも容易たやすく受け止められ、唖然とする唯。

 アレは唯が時間を掛けて魔力を練り込んだ渾身の魔力弾。相手に毒の持続ダメージを与えるという、唯独自の切り札。

 漠然と彼なら受け止めてくれるとは思ってはいたが、まさか弾丸を受けてあんなにケロっとしているなんて……


「はあ、自信無くすなあ……」

「は? ムラ、じゃなかった、マネージャーはおかしいのよ。別にそんなんで気を落とさなくてもいいって。きちんと的にも当てられたし、まあ及第点なんじゃない?」

「ホントおねえ素直じゃないね~。もっと褒めてあげればいいのに。ゆいにゃんお疲れ~! なんかレアなアルカナ持ってるみたいだし、きっと僕らとパーティ組めるよ~」


 ふたりの慰めに、ぱあっと明るくなる唯。

 ふたりが自分のことを認めてくれた! もうそれだけで彼女は救われたのだった。


「あ~、とりあえずふたつ受けてみて感想な。十分ダンジョン探索に耐えうる性能だった。君の撃ったのは減速効果と付毒効果の弾丸だね? どっちも有用な魔力弾丸、後方支援にはもってこいの能力だ。射撃精度も合格だ。次は体術を見せてほしいけど、このままやってもいい?」

「は、はい! 大丈夫です! お願いします!」


 ムラマサに言われアサルトライフルを地面に置く。

 唯は小さな頃から空手、ボクシング、MA、柔道など、様々な格闘技を学んできた。その辺でたむろしている不良程度なら絶対に負けない自信はあった。

 相手は中年の男性。しかも見たところ全く強そうではない。でも先程の光景を見て、只者ではないことは一目瞭然。唯は気を引き締めて構えをとった。


「では行きます!」

「ええと、目つぶしでも金的でもなんでもやっていいよ。俺は右手だけ使うから。あとこの場所から動かない。あ、一応右手を使って反撃はするから。」

「は? わ、分かりました」


 さすがに舐めすぎでは? 余りにも自分のことを侮りすぎている。そんな気持ちが唯の闘争心にさらに火をつける。そうして勇猛果敢に唯が前に出る。

 自分の持てる全ての技術を駆使して打ち込むムラマサへの渾身の打撃。

 フェイントを入れつつ次々と拳を打ち込む。当然足技も織り交ぜながら、なんか少しムカつくこの男を倒す為に力が入る。


 だが……


「フェイント入れるのはいいけどさ、全くフェイントになってない。あとその辺の石とか砂とかも使っていいから。とりあえず俺に一撃入れてみて」

「は、はい!」

(なんなのこの人? 全部右手だけで受け流されてる。ローを蹴っても透かされるし、なんか柳かなんかに打ち込んでるみたいに全部流される)


 しばらく唯の猛攻は続き、ムラマサが口を開いた。


「ん~、もういいかな」


 ムラマサの一言と同時に突然ムラマサの右手の人差し指が唯のおでこに当たる。

 ほんの少し、軽く、コツンと当たっただけの人差し指で、唯は尻餅をついた。


(え、い、今なにをされたの!? おでこに触られた? いや、でも強い打撃だったわけでもないのに……)

「お疲れ様。もう十分だ」


 唯は肩を落とした。これは絶対ダメなやつだ。絶対落とされた。私なんかじゃ絶対ふたりの隣には並べない。ここで起こった彼とのやり取りは、自分の弱さを痛感するのに充分だった。

 だが落ち込む彼女に掛けられたムラマサからの言葉は、彼女の予想をいい意味で裏切るものだった。


「うん、すごくよかったぞ。是非あいつらと一緒に弐拾弐ダンジョンに潜ってほしい」

「え、え!? う、うそ…… ぜ、全然ダメだったのに……」

「ん? ダメなんかじゃなかったぞ。君はとてもいいものを持ってる。これから先もっと強くなるよ。今俺に一撃入れられなくても、いつかは当たるようになるさ」

「マ、マネージャーさん……」


 ムラマサの労いの言葉に涙を潤ませる唯。

 まあぶっちゃけこの面接は出来レースではあったのだが、彼女の実力の一端は垣間見ることができた。

 ふたりのやり取りを眺める双子の姉弟。

 さらにその後ろにはいつの間にか、もうひとりのパーティメンバーが控えていた。

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