第29話 既定路線

「えっと、午前10時にこの喫茶店で待ち合わせだったよね? 大分早く来すぎちゃったな」


 長野県某市のとある喫茶店で、虎清唯はひとり待っていた。待ち合わせ予定は10時にも関わらず、ただ今の時刻は午前9時。はやる気持ちは彼女の足を、自然とこの時刻に喫茶店へ到着させていた。


「う~ん、メッセージじゃ面接するみたいなこと書いてあったけど、一体どんなこと聞かれたりするんだろう……」

「ご注文のクリームソーダでございます。ごゆっくりどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 注文してすぐに大好きなクリームソーダが目の前に置かれる。目の覚めるような青色の着色料全開の、如何にも体に悪そうなこのドリンクが唯にはたまらなく愛おしい。


「あ~、緊張する~。早く来ないかなあ……」


 唯は一応この場に学校のブレザー制服で来た。本当はいつもダンジョン探索をする時の格好で来たほうがいいのかも、なんて思ったのだが、それだと失礼に当たるかもと自重したのだった。もちろん装備は鞄の中に詰めてはきている。

 唯はいつもダンジョンへ潜る際は、細い糸状のミスリル繊維を加工した白銀色の防刃スーツを着用し、その上から可愛らしいセーラー服チックな衣装を羽織っていた。


「はあ、さすがにダンジョン用はなあ。是非双子のおふたりに直ぐにでも見てもらいたかったんだけど。どうしてもコスプレチックになっちゃうんだよな~」


 ――からんから~ん


 そんなどうでもよさそうなことを考えていると、喫茶店に来店の足音。


「ねえムラマサ、どんな子だっけ? 今日会う子って」

「おい、楓、ムラマサって言うな。これからはマネージャーと呼べ。何回言ったらわかんだよ……」

「なんかすんご~い可愛い女の子なんだよね~? ムラマサ~、じゃなかったマネージャー!」

「おまえらなあ、はあ…… あ、多分あの子だ」


 店に入っていた3人組の内のひとりと目が合う。

 中肉中背の男性と、かなり小柄な女性がふたり。女性ふたりは頭から足元までスッポリと覆われた黒いローブを羽織っていた。


「ええと、君が虎清唯きよとらゆいさん、かな?」

「は、はい! 虎清唯高校2年生です! きょ、今日は、よ、よろしくお願いします!」

「ああ、そんな畏まらなくていいから。えっと、チャットでも話したけど、今日は虎清さんとこのふたりが、うまくパーティを組めるかどうか見させてもらいたいんだけど、いいかな?」

「あ、は、はい! もちろんです! 精一杯頑張ります!」

「そっか、ならよかった。俺はこのふたりのマネージャーをしてる村田といいます。よろしくね」

「はい! ってことはそちらのおふたりがあの双子ちゃんなんですね! 切り抜きめっちゃ見ました! 椚ちゃんのパンチラ動画は10回くらい見ました!」


(おい、椚、この子お前のパンチラ動画見たってめっちゃ笑顔だぞ? なんで女なのにパンチラ動画なんて見てんだ?)

(そんなのパンチラに男も女も関係ないからだよ~。それだけ僕のパンチラがよかったってことでしょ~?)

(ふ~ん、そういうもんかねえ。俺には全く分からん)


「あの~、どうかされましたか?」

「あっ!? いや、なんでもない、こっちの話」

「はあ、そんでさあ、ムラマサ、じゃなかったマネージャー、この子本当に大丈夫なの? どう見ても弱っちそうなんだけど」

「おい! 楓! お前初対面の人に向かって失礼だろうが! 唯さんごめんね、こいつ世間知らずなもんだから」

「あ、い、いえ、お気になさらずに……」


 お気になさらずにとは言ったものの、自分は楓には認められてはいないんだ。

そんなことを思い少し凹む唯。


「本当にごめんな。後できつく言っとくから。それで、とりあえず唯さんの動きとかを見せてもらいたいな。場所は予約してあるから、今からそっちに向かいたいんだけどいいかな?」

「はい! もちろん大丈夫です。パーティに選んでいただけるように頑張ります!」

「え、ああ、じゃあ行こうかね。あ、その伝票貸して。払っておくから」

「え!? え、いや、そんなのいいですよ、あたししか飲んでないんで、自分で払います」

「いいよいいよ、こういう時は年上が払うもんだからさ。おい! お前らもう行くぞ」

「はあ!? 私まだなんにも飲んでないんですけど!」

「そうだよ~、僕もなんか飲みたい~!」

「お前ら来る途中にしこたまジュース飲んだし、なんならアイスも食ってただろうがあ!」


 楓と椚はここへ来る道中ジュースを3本、アイスを2つ、それぞれ食べてきた。それなのにムラマサが運転する車の中では、ずっと「まだ着かないの?」やら「帰りた~い」やらを連呼してきたのだ。


「ごめんね、こいつらバカだから。じゃあ行こうか」

「は、はい!」

「誰がバカよ。このバカマネージャー」

「本当だよ~。バカはひど~い」


 一行は近くの演習場へ足を運んだ。



    ◇



 新ダンジョン発生の2日前、ムラマサはパソコンの前に座っていた。

 これから誕生するであろう新ダンジョンへ楓と椚を向かわせる、のは既定路線なのだが、そのままでは何か足りないと思っていた。

 もうひとりかふたりパーティメンバーが欲しい。

 できれば配信映えして華のある子、もしくはこちらに対して従順なコマのどちらか。

 ムラマサは偶然ネットを見ていて目についたひとりの女子に注目した。

 その子は自身で『ゆいにゃん』という名前でダンジョン探索配信をしていて、踏破済みダンジョンではあるものの、かなりの深層まで潜った経験もある様子だった。

 そしてSNSで楓と椚を賞賛するコメントも残していた。

 そこそこ腕も立ち容姿もそれなりにいい。そして極めつけは双子に好意的で盲信している感まであった。

 こいつだ! ムラマサはその女子を見てピンときた。この子に決めた。

 そう、今日ムラマサたちが此処へ来たのは面接ではない。すでに虎清唯をパーティに入れるのは既定路線。今から見たいのは彼女の詳細な戦闘スタイルと矯正しなければいけない箇所の確認。

 後部座席に座った虎清唯をルームミラー越しに覗き見る。双子に囲まれやたらニヤついているその女子に、大きな期待を寄せながら。

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