第32話 八雲という男
ムラマサ一行が唯に出会う2日前――
「大変なことになったな、村田君。どう考えても君のせいだな」
「は!? そんなのなんの因果関係もねえだろうが!」
「そんなことを思っているのは君だけだよ。誰が見ても君がダンジョンを消却したからだ。まさか君のダンジョン生成にこんなリスクがあったなんてね」
ダンジョン2課職員、
ムラマサは急遽ダンジョン局副局長八雲に呼び出され、東京にあるダンジョン1課オフィスに赴いていた。
「そんで俺を呼び出したのは、俺に全責任を擦り付けようってことか? そんなら俺が未踏破状態になったダンジョン全部攻略してやるよ。それで文句ねえだろ?」
「言葉使いには気を付けなさい。私は君の上司だ。そんなことでは社会人失格だぞ。しかもなんだね? その服装は。それに無精髭くらい剃ってきてくれるかね」
「へえへえ、すいませんね。こちとらまともな社会経験なんてないんでね」
(くそっ、マジでいけすかねえヤロウだぜ。しかしヤツの言うとおり俺がダンジョンを消失したのが原因としか思えねえ。一体なんの冗談だ? まさかこんなことになるとは……)
ヨレヨレのグレーのジャケットにノーネクタイ、そして無精ひげを蓄えたその姿は確かにおよそ30歳近い社会人には似つかわしくないな、ムラマサは思わず自嘲した。
「まあとりあえず初期化された3つのダンジョンについては一旦保留だ。君には当初の予定どおりふたつ新しいダンジョン生成を行ってもらう。ひとつは富山、もうひとつは長野だ。先に富山を、その1時間後に長野を作れ。それと――」
――君が言っていた助っ人なのだが……
ムラマサは副局長には異世界のことは伏せていた。ムラマサが異世界帰りの男だと知っているのは、ダンジョン局ではダンジョン局局長木島正平とダンジョン2課の職員だけ。
副局長八雲には外国の知り合いの伝手で、ダンジョン運営を手伝ってくれる人物がふたりいるとだけ伝えていた。
「金髪の女性は弐拾壱ダンジョンへ、もうひとりの銀髪の女性は残りのダンジョンへ配属する。銀髪のほうはどうでもいいが、金髪の女性は某国の姫が極秘に日本へ視察の為に訪れていた際、ダンジョン出現に巻き込まれたというシナリオで話をつくる」
「は!? ちょ、ちょっと待ってくれ、なんであんたがふたりの髪の色とかを知ってるんだよ!?」
(どういうことだ!? なんでこいつが知ってる? も、もしかして社宅で1課の誰かに見られてそれをリークされたのか? た、確かにあいつらは目立つ。リタも最近はフルプレイトアーマーを脱いでたからな……)
「まあ色々と調べさせてはもらっているからな。1課の情報網をあまり舐めないでもらいたいね。それでだ。ここで君にひとつ頼みがある」
「は? た、頼みだと? な、なんだよ?」
八雲が軽くムラマサへ向かって頭を下げる。
今まで八雲がムラマサへ頼みがあるなどと言ったことはない。ましてや頭を下げることなど一度もなかった。全てムラマサがやならくてはならないような状況へ追い込んでから命令するのが八雲の常とう手段だったからだ。そんな八雲がわざわざ頼み事――
――嫌な予感
ムラマサは当然警戒したが、全く心当たりがなかったのだ。八雲がムラマサに頭を下げるほどの難題が。
「先程言ったシナリオだが、極秘で来日した某国の姫というのがね、中々調整が難航していてだ、こんな茶番に付き合ってくれるような国はあるにはあるのだが、当然足元を見られてね。さすがにそこまでの予算は組めんのだよ。そこで君に頼みだ。これを聞いてくれれば先のダンジョン初期化の件は不問に付そう。どうだね? 悪い条件ではないだろう」
(なんだ? そんなことで俺にできることなんて何もないだろ? 一体俺になにをやらせようとしている? こいつが企んでることが全く読めん。こいつは一体何者なんだ)
八雲の頼みに皆目見当もつかないムラマサ。
それを眺めていた副局長八雲は、冷ややかな、意地の悪い微笑みを口角に浮かべ言葉を続けた。
――神言だ
「は? い、今…… なんて、言った?」
「ん? そのままだ。神言を使え。神言を使って国民全員に金髪の女性が某国の姫だと認識させろ。やり方は後で伝える」
「な、な、なんであんたが神言を知ってる!? こんなの誰にも言ったことないんだぞ。なんで…… あ、あんた一体何者なんだ……」
「ん? 私は只のダンジョン局副局長だよ。今は……午前10時か、午後1時までに返事をくれ。その時間にまたここを来てくれ。以上だ」
八雲はそう言って席を立ち、部屋から出ていった。
ひとり残されたムラマサは予想もしていなかった八雲の言葉に、訳も分からずその場から立つことができずにいた。
◇
「あ、あの、マネージャーさん? 大丈夫ですか?なんかボーっとしちゃってましたけど……」
「あ? ああ、大丈夫、すまん、少し考え事してた」
そして現在――
演習場での唯の面接という名の顔合わせを終え、ムラマサは車を運転していた。助手席には行きにはいなかった人物が乗車していた。
「なんで私は助手席なんだ。楓ちゃんの隣がよかったのに。なんでこんなムサいおっさんの隣に座らなきゃならんのだ」
「ちょっと! 晶! ムラマサにそんな酷いこと言ったら嫌いになるわよ!」
「え!? あ、ご、ごめん楓ちゃん、取り消す。ムサくないおっさんだよ」
「ふんっ、それならいいわ、あ、ムラマサじゃなかった、マネージャー」
(いや、よくないだろ。あと楓気づくのおせえよ。はあ、なんでこうも悩みが尽きないかねえ。おれはただ平穏にふたりと暮らしたいだけなんだが)
「あ、あの、マネージャーさん、なにか悩み事でもあるんですか? もしあたしでよければ相談に乗りますけど」
楓と椚に挟まれて座る唯がムラマサへ声を掛ける。ムラマサが肩を落とし、落ち込んでいるように見えたのだろう。唯は落ち込んでいる人を見かけたら黙ってはおけない、彼女はそういう女性だった。
ムラマサもこんな少女に自分が落ち込んでいるのを見透かされたのが、何処か毛恥ずかしかったが、彼女の厚意をやんわりと断った。
「唯さん、ありがとうな。でも大丈夫だよ。君は1日でも早くこのメンバーに慣れてくれればそれでいいから。あっ、そうだ、まだしっかり紹介してなかったね。今俺の隣に座ってるのが、このチームのもうひとりのメンバー
「もちろん知ってます! 1級探索者の
「ふんっ、こいつがクールビューティ? なんでみんな見た目で騙されちゃうんだろね。晶は全然そんなんじゃないけど」
「だよね~。晶っちはきゃわわな女の子だよね~」
「ふ、ふたりともやめようね、一応私にもイメージがあるからね」
「なに? そんなこというならもう頭撫でさせてあげないわよ?」
「楓ちゃあん、ウソウソ、なんとでも言ってください! 私は楓ちゃんの下僕です~」
――は、ははは……
笑うしかない唯であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます