第27話 勇者様ご乱心

「は、は、は、発情した、雌の、臭いが、する……」


 突然開いた襖。

 隣の和室から浮かび上がるフルヘルム。

 怖い、とっても怖い。そういやこいつも連れてきてたんだった。すっかり忘れてた。


「よ、よお、リタ、おはよう。起きるの早えじゃねえか。あ、メシ、食うか?」

「は、は、は、は、発情した雌の、臭い、が……」

「おい! ノイエリタン! 勝手に部屋から出るなと言っておろうが!」


 リタの後ろでマリスが騒いでいる。なるほど。一応止めてはいてくれてたのね。

 まあこいつがそんなくらいで止まるわけはないか……


「ええとな、リタ、ちょっと落ち着け? お前が何言ってるかよくわかんないんだけどよ? 発情した、雌? 何言ってんだ?」

「わ、私と、いうものが、ありながら…… そ、そんな女と、逢瀬を……」

「は!? 逢瀬? な、な、な、何言ってんだ? お前は!?」

「この世界に連れてこられて、ずっと放置されて、それでも我慢してきたのにもかかわらず…… この仕打ち…… 許せない……」


 あ、あ、や、ヤバい、このかんじはヤバい。こいつブチ切れてる。まずいぞ、このままじゃこの辺り一帯破壊され尽くしちまう。


「おい! マリス! 空間魔法! 空間魔法展開!」

「は!? あっ、そ、そうじゃな、相分かった!」


 闇魔法――


 ――アビスゲート!


 マリスの詠唱が終わると辺りは俺の部屋から一変、真っ暗ななにもない空間へと変貌していた。

 マリスの空間魔法。相手を閉じ込めたり、物を保管しておいたり、まあ様々な用途に使える超便利な魔法。俺も習得したかったが、どうやっても無理だった。


「はあ、とりあえず街への損害は免れたな。っておい! なんでお前らまでいるんだよ!?」


 ふといくつかの視線を感じ、その先を見てみれば何故だかそこにいた3つの人影。

ひとりは楓、もうひとりは椚、そして最後にみさを。

 何故だか3人もこの異空間に連れてこられてしまったらしい。


「おい! マリス! なんでこいつらも一緒に連れてきてんだよ!?」

「は!? お主なんも言わんかったではないか! そこにいたから一緒に連れてきたほうがいいかと思ってわざわざ連れてきてやったのじゃぞ!」


 なにそのいらん気遣いは……


 くっそ! 楓と椚はともかく、みさをは絶対にリタの攻撃に巻き込まれたりなんかしたら死んじまうぞ! どうすりゃいいんだ? 

 しゃあねえ、とりあえず――


「おい! 楓! 椚! とりあえず全力でみさをを守れ! 分かったな!」

「へ!? よ、よく分かんないけど、分かったわ!」

「うん! 僕もよく分かんないけど~、みさをっちを守る~!」

「な、な、な、なんなのここは~?」


 みさを完全に目がはてなマークになってんな。当たり前か。てかどうする? 俺武器もなんも持ってないぞ。クリエイトで作った武器なんてリタに通用するわけがねえ。う~ん、詰んだか?


「準備はいいか…… 乙女の純情を踏みにじったこと…… 後悔、させてやる」

「だあかあらあ! あの3人はなんでもないのお! お前が下種の勘繰りしてるだけだっつーの! だからとりあえず落ち着け? なっ!?」

「も~んど~、む~よ~!」


 10メートルは離れていたであろう俺とリタの距離。

だがこんな距離は彼女にしてみればあってないようなもの。

 瞬時に距離を詰められる。

 ヤバい。来る――


「100回死ね……」


 ――あっ、あがっ、あがががががががががががががががががが……


 全方位からの全殴り。

 まるで数十体の分身に一斉に殴られているかのような感覚。

 だが彼女は、リタは分身なんてしていない。ただ純粋に猛烈に素早い動きで殴っているだけ。

 くそっ、全方位から殴られて、倒れるに倒れられねえ!

 ああ、まだこいつが剣を持ってなくて助かった、いや、助かってはないなこれは。


「うわっ、えげつないのお。我が助けに入ってもいいが、矛先がこっちに向くと厄介じゃしのお。まあええか。ムラマサのこんな姿もそうそう拝めんしな」


 くそったれ! マリスのヤロウ、ナチュラルに酷いこと言ってやがる。

 しかしどうする? いい加減意識が飛びそうだ。こいつの殴りは重過ぎる。普通の人間だったら木っ端微塵だぞ?


 ああ! しゃーねえ! 使いたくねえけど使うしかねえ――



 ――『おい、いい加減にしとけ。打撃を止めろ』



「はっ!? ム、ムラマサ……」


 はあ、なんとか動きを止められた。しかし、こんなことで使っちまった――


 ――神言


 異世界で手に入れた禁忌の御業。言葉ひとつで全ての法則を捻じ曲げるこの世界にあってはならない禁呪。なんでそんな貴重なもんをこいつに使ってんだよ俺は……

 ああ、もうあと1回しか使えねえ。くそったれ! まあいいや、こんなもんなくたってどうってことねえ。


「落ち着け、リタ。別に俺とあいつらはそういう関係じゃあない。お前の早とちりだ。だからもう攻撃すんな。なっ? 分かるだろ?」

「だって…… ムラマサあの雌共と楽しそうにお喋りしてたから……」

「いや、そりゃ俺だってお前以外の女とも話しはするさ。そうだろ? 俺はこっちで仕事もしてる。あっ! そうだ! お前にもその仕事を手伝ってもらいたいんだ。いいだろ? お前の力が必要なんだよ」

「え!? 私の全てが欲しい? うん、いいよ、全部あげる。私の全部をあなたにあげる」


 え、いや、全てが欲しいなんて一言も言ってないんだが……

 まあいいや、ここで下手にツッコんだらまた面倒くさいことになりそうだからな。


「じゃあさ、とりあえずそのフルプレイトアーマーを脱いで、フルヘルムもとってくれるか? そんでもう勢いに任せた暴力もなしな? 俺暴力女はあんまり好みじゃないんでなあ」

「はっ!? わ、わかった! 私もうむやみやたらに暴力は振るわない。そしてこの邪魔なのも脱ぐ。ムラマサの為に常に裸でいるね」

「え!? い、いや、裸はな、止めてくれな。服は着てくれ。そんであっちの3人とも仲良くしてくれな?」


「は?」


 あ、マズったか? いや、でもこの先いっつもいっつもあいつらを見る度切れられてたらこっちの身が持たねえ。これは飲んでもらうしかない。


「ダメなのか? じゃあ寂しいけどここでお別れだな。本当はずっと一緒にいたかったんだけどな」

「へ!? 死ぬまでずっと一緒に? 一緒に棺桶に入りたい? そ、そんな…… わ、わかったわ。あなたの覚悟は伝わったわ。私頑張る。あの雌豚共とも仲良くしてみせるわ!」

「あ、ああ、頼んだぞ。リタ……」

「なんじゃこの茶番は…… まあよいか、さすがムラマサ、あの気狂い勇者をこうも簡単に止めるとは。さっすが我が認めた唯一の漢よ」


 なんとか丸く収まったみたい?

 よっしゃ! 問題を全て後回しにしてる感も否めなくはないが、致し方ない! 今はこうするほかなかったのだから!


 この後俺たちは現実世界へ戻り、何が起こったのか目を丸くしていたみさをに事情を説明した。荒唐無稽な話だというのに、何故か彼女は俺の話を全肯定してくれた。


「ム、ムラマサさんのいうことなら信じます! わ、私にできることならなんでも言ってください!」

「あ、ああ、そうね、ありがとね……」


 そんな感じでとっても長い一日は――


 まだ午前11時。起きてからまだ数時間しか経っていなかった。


 ひと騒動の後、疲れた体を癒そうと、社宅の屋上でひとり風に当たっていると、女性がひとりやってきた――


 ――ノイエリタンだった。


 彼女はフルプレイトアーマーを脱ぎ、澪に持ってこさせた青いワイシャツに、黒のスーツを着替えていた。

 彼女の表情からはつい先ほどまでの怒り狂った感情や、俺に対する屈折した依存心みたいなものはかんじられなかった。

 彼女が口を開く。


「ねえ、マサオ。あの子たちは一体なに?」

「あ? あの子たち?」

「ごまかさないで。あの双子の子どもよ。あれはなに?」

「あ? 俺の家族だ。あいつらがどうかしたのか?」


 俺の問いに何か考えていたのか、少し時間を置き、彼女は口を開いた。

 多分彼女は彼女なりに言葉を慎重に選ぼうとしていたのだろう。

 だが彼女の言葉は俺の心に深く突き刺さった。


 ――あなたはなにと一緒にいるの?



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