第26話 詠唱破棄
「え~っと、いつでもいいですよ。」
「は、はい! では、まいります!」
社宅の屋上。今時珍しく全開放されていて、誰でも自由に立ち入ることができる。社宅に住んでるダンジョン探索者なんかはここで朝練とかしてるんだが、今日は誰もいないようだ。ちょうどいい。
とりあえずみさをと名乗る女性にアルカナを発動してもらうことにした。まずはお手並み拝見といったところだ。
――倍数の空、匂い立つ幻想、後ろの正面の墜落する在りし日の偶像、世界にただひとつをふたつと認識する、柵をこえ概念を拡大する、今この時、幻想を現実へと変革する――
――顕現せよ!
おお、ドッペルゲンガーか。マイナーアルカナだな。だがかなり有用なスキルだ。使い方によってはメジャーアルカナに匹敵するくらいには使える。
俺たちダンジョン探索者が使う能力、まあスキルだとか、呪いだとか言われているが、俺はこいつをアルカナと呼んでいる。
アルカナには2種類ある。メジャーアルカナとマイナーアルカナ。
メジャーアルカナは、20あるダンジョンを踏破した者にだけ与えられる特別なスキルの総称だ。
一方マイナーアルカナはダンジョン内で稀に獲得することのできるスキル。モンスター撃破だったり宝箱からだったり、なんらかのイレギュラーなどからゲットすることができる。
しかし…… 彼女のドッペルゲンガーは――
「あの、少々きついことを言ってもいいですか? お気を悪くさせてしまったら申し訳ないんですが」
「え、あ、いえ、できることなら忌憚のない意見をおっしゃっていただける方が嬉しいです。」
ふ~ん、嘘偽りない言葉だな。この女性は向上心に溢れている。それなら大丈夫か。
「そう、ですか、では失礼して。まず詠唱が無駄です」
「え!? いや、でも詠唱をしないと分身体を出現させれないのですが……」
ああ、知らないのか……
「詠唱破棄の方法を後でお教えします。それと次ですが、分身体出現に時間がかかりすぎです。敵はあなたを待ってはくれませんよ」
「た、確かに…… どうしてもイメージするのに時間がかかってしまって」
この子これだけ否定されてるのに全く口答えしてくる様子もないな。
素直でとてもいい子だ。この子はこれから伸びるな。
「ではとりあえず一度剣を交えてみましょう。それで少しは何かを感じ取ってもらえるかもしれません。俺は剣を構えていますので、そちらから仕掛けてきてください」
「は、はい! よろしくお願いします!」
椚に言って木剣を持ってこさせた。あちらも一応木剣。向こうは真剣でもよかったんだが、それは嫌だと固辞された。
互いに見合い、間を置かず彼女は俺に切りかかる。
両側からの鋭い剣撃。どちらもリズミカルに一定のタイミングで打ち込んでくる。
やっぱりな……
俺はポケットの中にあった飴玉をみさをの目を目掛けて飛ばす。
目に当たりそうになり一瞬怯んだみさを、と同時に分身体の方も一瞬だけフリーズする。
その隙を逃さず剣を持っていた分身体の右手に手刀で、本体の右手は足刀で……
2本の剣は地面へと転がった。
「どうかな? 少しわかったかな?」
「あ、はい、な、なんとなくですが……」
やっぱりこの子勘がいいな。今ので問題点をなんとなくでも理解できるとは。
教え甲斐がある。
「なんとなくでも分かってもらえれば十分だよ。要は君の分身体は不完全だ。今の分身体は半分君が操ってる、だよね?」
「は、はい、そのとおりです。私がある程度コントロールしています。だからさっきの目くらましの時分身体の動きに一瞬隙ができてしまったんですね?」
「素晴らしい! あの1回の戦闘でそこまで分析できるのは凄い。それが分かればやれることはいくらでもある。とりあえず部屋に戻ろうか? そこで詳しく説明するよ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
◇
「えっと、まず詠唱破棄の方法ですが――」
「あ、あの! 敬語は使わなくて大丈夫です。もっとフランクに話してください」
「へ? あ、そう、なの? じゃあそうさせてもらうね」
部屋に戻りリビングのテーブルを囲み4人で座る。
何故だかみさをは目をキラキラ輝かせて、俺の話を今か今かと待っている様子。
よほど強くなりたいんだろう。いいね、この向上心は。嫌いじゃない。
「ねえ? ムラマサ、詠唱破棄のやり方教えるなんて、よっぽどみさをのこと気に入っちゃった? だってみさをまあまあ可愛いもんね」
「なにおねえ、みさをっちにヤキモチ焼いちゃったかんじ~?」
「ち、違うわよ! みさをになら別に教えてもいいわよ。ムラマサの恩人だしね」
「な、なんなんだおまえらは? 別に気に入るとか気に入らないの話じゃないだろが。この人めちゃくちゃ向上心があるから教える側としては色々と教えてあげたくなるの! てかみなまで言わせんなよ恥ずかしい」
「は、はう~、す、素敵……」
「は? 今なんか言いました?」
「え、え! い、いえ、何も……」
なんだこの変な空気は。
まあいいや。続きだ。
魔法やらスキルやら基本、呪文や祝詞の詠唱が必要だ。
だが全てとは言わないが、詠唱を省略できるスキルなどは多い。みさをが使うドッペルゲンガーもそのひとつ。
まず第一にみさをとマイナーアルカナ『ドッペルゲンガー』は見たところ仮契約だ。
多分本チャンの契約ができていない。ダンジョンでスキル付与が行われて、そのまま使用しているのだろう。まあ教えるヤツがいなければそうなるのも致し方ないことだ。
俺を錯乱状態から救ってくれたお礼だ。これくらい教えても全然いい。
「ええと、詳しい原理は省略するよ。とりあえずやりながら教えてく。まず君の、そうだな、髪の毛でいいか、髪の毛を少し、う~ん、100本くらいでいい、切ってテーブルの上に置いてくれ」
「えっ? か、髪の毛、ですか? わ、分かりました」
「よし、次にえっと、おい! 椚! ナイフ持ってきてくれ!」
「は~い!」
「あと紙! あ! ヴェラムな!」
「あ~い!」
よし、これで準備はオッケーだな。
「あ、あの、ヴェラム? ってなんですか?」
「あ? ああ、羊皮紙のことだよ。本契約に必要なんだよ」
「ほ、本契約、ですか?」
「あ~、ごめんな。不安だよな? でもこれやれば詠唱破棄できるようになるから。少し辛抱してくれな」
「え! いえ! 全然大丈夫です! なんなりとおっしゃってください!」
なんなんこの子、えらい素直な子だなあ。よほど強くなりたいんだな。よしっ! その気持ちに俺も答えねば!
「おまた~! ヴェラムとナイフ持ってきたよ~ん!」
「さんきゅう! よしっ! じゃあみさを、手を出してくれ」
「はい? はい! 手ですね。どうぞ」
「指先を少し切るぞ。大丈夫か? 切った指でヴェラムにドッペルゲンガーの祝詞を書いてもらう。続きはそれが終わったら教える。オッケー?」
「は、はい! 少しの痛みなら全然耐えますので、ご心配なく!」
「いいね、気に入った。じゃあいくぞ」
右手の人差し指を少し切る。血がだんだんと滲み、みさをの表情が少し強張る。
しかしいきなり指を切られたのに声も全く上げない、呼吸の乱れもない。やるな。
そのままヴェラムに血で祝詞を書かせる。
「よしっ! お疲れ! よく耐えたな。でもこれで終わったようなもんだ。」
次にヴェラムを裏返し魔法陣を描く。
あ~、久々に描いたな。よく覚えてたな俺。えらいぞムラマサ。異世界にいた頃はよく描いてたっけ。
魔法陣の上にさっき切ったみさをの髪の毛を置く。
「そんじゃこの魔法陣の上に右手かざして。俺が質問するから『はい』か『いいえ』で答えて」
「は、はい!」
「んじゃ行くぞ。今契約の天秤に対価は乗せられた。片方は汝の魂。片方は禁忌。この契約を汝は望むか?」
「は、はい!」
「よし、汝は生涯この禁忌と共に歩むことを誓うか?」
「は、はい!」
「よし、最後だ。汝が死んだ後その魂を禁忌に捧げることを誓うか?」
しばしの沈黙……
そりゃそうだ。突然こんなことを言われれば思考が止まっちまうのもしょうがない。だけどアルカナを使うってのはそういうことだ。生半可な覚悟じゃあ使えない。
別にここでいいえを選択してもなんの問題もない。俺は別にそれを咎めやしない。全ては彼女の選択だ。それにいいも悪いもない。
「……はい!」
魔法陣の上に置いてあったみさをの髪の毛が突然燃え出す。
それは蒼い炎。
本契約が約定された証の炎だ。
「よしっ! 契約は成立した! 今マイナーアルカナドッペルゲンガーは
緊張の糸が解けたのか、はぁはぁと呼吸が荒くなる彼女を見て、心から彼女の凄さを思い知った。
昨日今日知り合ったばかりの得体の知れない男に、ここまで身を預けたのだ。本当に彼女はこれから強くなる。俺は心の底から彼女へ賛辞を送った。
「お疲れさん! もうこれでイメージすれば分身体を作れるようになるはずだ。あとはしばらくの間分身体を出しっぱなしにしとくんだ。できれば1週間。まあ最初は気力体力が限界になって自然と消えちまうと思うが、その内持続するようになる。そうすりゃ次の段階だな」
「あ、あ、ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいのか…… ここのところ壁にぶち当たっていた気がしていたので、これはなんという僥倖なのでしょうか」
「い、いや、そんな大層なもんじゃねえから。なあ? 椚、楓?」
「そうだってみさを! あんたが色々としてくれたからだしね!」
「うんうん! みさをっち頑張ったもんね~!」
「ふ、ふたりとも……」
へへっ、なんだかしんみりしちまったかんじ? でもまあいいやね、こんなのも。
ついつい俺もこの光景が嬉しくなってにんまりとしてしまう。
だが――
突如このいいかんじの空気をぶち壊す悪魔のようなダミ声が部屋中に響き渡った。
――は、発情した雌の臭いがする……
な、なんということでしょう。その声の主は――
――勇者ノイエリタンだった。
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