第20話 調和制伏
――あっ、あっ、ああっぁぁぁぁぁぁ!!
ほんの指先1本辛うじて触れられただけの晶の右手――
晶の人差し指はエリミネイターに軽く触れられた。
だが敵の攻撃に軽いも重いも関係なかった。
「晶! 下がって! 剣を捨てて下がって!」
敵の手が晶に触れたのを目視していたみさをは晶にそう叫び、分身体を前に、自分自身はそれからやや遅れてエリミネイターに対峙する。
「私だ! 私が相手だ! 触れれるものなら触れてみろ! この化け物があ!」
ただただ闇雲に切りかかる分身体、それはどうみても意味のない特攻。
だがみさをには、はなからエリミネイターを分身体で倒そうなどとは微塵も考えていなかった。
「い、今のうちにこっちへ来て!」
「す、すまんみさを、ミスっちまった……」
「今はそんなことより敵から離れて!」
分身体がエリミネイターの相手をしている間に晶を抱え後方へ下がるみさを。
エリミネイターに触れられた晶の右手は想像していたとおり、いや、想像なんてしたくなかったのだが、悪い予感は当たってしまった。
「あぁ!もう人差し指が無くなってる! これ、段々消失の範囲が広がってるわよ! ど、どうすればいいの!?」
人差し指から始まった侵食は、徐々にその範囲を右腕の方へと伸ばしていく。このまま放置していればいずれ晶の全ては消失する。
「みさを! 手首で切って! そうすりゃ消失は止まる! さっさとやれ!」
離れたところで何かをしていた双子の片割れ楓からみさをへの咆哮。
「そ、そんなこと…… 私には……」
「た、頼む、やってくれみさを。後で怒ったりしないから、な?」
「で、でも……」
「そんなんで悩んでるなよ! そいつが消えるか手だけで済むかどっちがいいか考えたら分かるでしょうがあ!」
再びの叱咤に覚悟を決めるみさを。
全てが甘かった。自分の考えも、晶の慢心も、岸の指輪への過信も。頭の中でグルグルと回る後悔の念。だが今はそんなことを言っている暇はない。
やるかやらないか――
「い、行くわよ。晶!」
「あ、あぁ、頼んだ」
すでに消失した5本の指。みさをは晶の手首に紐を巻き、きつく縛る。そして腰に掛けていたダガーナイフを手に取り、刃を晶の手首より少し先に置いた。
地面に置かれた晶の手。その上に鎮座するダガーナイフ、みさをは刃に全体重を乗せた――
――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
切り口から噴き出す鮮血は辺りを真っ赤に染め、苦悶の表情を浮かべる晶。大量の血を体から失い、どんどん青白く変色していく顔色。
「アッシュ! おねがい、晶に回復を……」
「う、うん! すぐに痛みをとってやるからな!」
アッシュは携帯してきた消毒薬を傷口にぶっかけ、すぐさまヒールを施す。
「ごめん、こんなの気休めにしかならないかもだけど……」
「たまには役に立つじゃないかよ、男の癖に……」
「晶、こんな時になんだよ…… しっかりしてよ、すぐに地上に連れてってやるからね」
涙ぐむアッシュに強がりを放つ晶、だが現状はさらに悪化していた。
みさをの分身体が完全に消失したのだ。
◇
(ああもう! 時間稼ぎにしかならなかった! どうする? どうすればいい? いや、もうそんなことを言ってる段階じゃない。撤退、撤退しかない!)
不甲斐ない結果になってしまった。だがそれも甘んじて受け入れよう。何を置いても優先するべきは仲間の命だ。みさをは探索者を始めた時からそう決めていた。
ダンジョンに眠るロマン、数々の神秘、もちろんそれらに惹かれて探索者になった、でもそれらの全てを引き換えにしても仲間のほうが大事なのだ。みさをはそういう女だった。
メンバー全員に撤退の号令を掛けようとしたその時、今まで戦闘に参加していなかったふたりが動きを見せた。
それは――
「よ~く頑張ったわね! こっからはうちらがやる! あんたたちは後ろで休んでなさい!」
「楓ちゃん! あなたでも危ないわ! ここは引き返すべきよ!」
みさをの言葉に否定も肯定もせず、楓は言葉を続けた。
「ねえ! みさを! ここで死んだ探索者の名前って分かる? わかんなかったら直ぐに調べて!」
「え、そ、それは何のために? い、今はそんなことをしている場合では……」
「いいから早く!」
楓の鬼気迫る声に完全に飲まれたみさをは、直ぐにここで殺された探索者のことを頭に浮かべた。知らないわけはない。その人とは年も近く、一緒にご飯を食べに行ったこともあったから。訃報を聞いた時には信じられず、喪失感でなにもする気がおきなかった。まさかあんなにも強い人でも死んじゃうなんて……
在りし日の彼の姿を思い浮かべ、みさをは彼の名を口に出した。
――
欲していた情報をすんなりと知ることができ、楓の表情から思わずにんまりと嫌らしい笑みが零れる。
これが一番の難関だった。今から
だが一番の問題がすんなり解決した楓は椚に叫んだ。
「椚ちゃん! すどうかずきよ! すどうかずきよだって! あとはお願い!」
「わかった~! おねえはちょっと待ってて~!」
気づけば椚はエリミネイターの真正面に立っていた。その距離わずか1メートル。完全にエリミネイターの攻撃影響範囲内に立っていた。
「ふふっ、片手失くしてだいぶ弱ってる感じだねえ。直ぐに楽にしてあげるからね~」
椚は軽口を叩きつつデスサイズを相手に向かって構える。構えたと同時に椚はエリミネイターに一閃。凶刃で胸元を斬られたエリミネイター。だが斬られたはずのその箇所にはなんの変化もなかった。諸手をあげ椚へ襲い掛かる相手へ、続けざまにもう1発、間髪入れず死の鎌が振り下ろされた。
その場で両手をあげたまま立ちつくすエリミネイター。
「よ~し! 手ごたえあり~! じゃあ本番いくよ~!」
「がんばって~! 椚ちゃ~ん! おねえちゃん晶のこと見とくから~!」
なんとも場違いなふたりのやり取りをどこか他人事のように聞く羽生石晶。アッシュのヒールで血は止まったものの、尋常ではない痛みが傷口から絶え間なく産み落とされているのだろう、苦悶の表情を浮かべる晶。
「大丈夫? 晶? あんたは私を推すってって言ってくれたからなあ。私が助けてやるよ。待ってな、ファン壱号!」
「か、楓…… す、すまない、役に立てなくて……」
「な~に言ってんの! あんたががんばってくれたから椚があそこに立ててる! 胸張りな!」
「はう~、天使……」
話しながら楓は晶の傷口に何かを塗っていた。
さすがに欠損した手を元に戻すほどの効果はないが、痛みを完全に取り除く程度には強力な回復薬。ムラマサが異世界へ赴く前に彼から受け取っていたものだった。
晶の目がハートマークになっている頃、椚は今からやる大事の最終フェーズに入っていた。
椚の前に立つエリミネイターに先程までの獰猛な動きはなかった。
ただただ直立不動でそこに在るだけ。それを見ていたみさをはなにが起きているのか、全く理解できなかった。それは他の4人も同じこと。
この場でこの結末を知っているのは椚と楓の双子だけ。
すどうかずきよ…… これを見ろ。僕の掌をよく見ろ――
右手をエリミネイターの目前に差し出す。
――偽りの惰眠、偽りの魂、
――
椚が祝詞を唱え、なにか呪文名のような言葉を唱え終わった瞬間、エリミネイターは光に包まれた。
眩い光は徐々にその輝きを消失していく。
突然の発行に一瞬視力を奪われたみさをは徐々に見えてくるその光景に目を奪われていた。
直立不動だったはずのエリミネイターが――
――膝をつき椚に
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