第17話 対エリミネイター戦開始

「いい? 十中八九この先に固有モンスターがいるわ。雰囲気からしてエリミネイターよ。そんでもってヤツは恐らくアンデットね。なんとなく匂いで分かる。みさを! エリミネイターの詳細は?」

「ごめんなさい、前回このダンジョンに探索に入った先遣隊がこのエリミネイターに遭遇して、退却したとしか聞いていないの。そこでひとりの探索者が殉職してる。どんな攻撃を喰らったのかは不明よ」


 楓は考えた。まあまず私と椚なら負けることはない。だが――


 ――彼女達にはムラマサからある任務が与えられていた。


 それはモンスターの捕獲。固有モンスターであればなおよし!

 ダンジョンが出現して30年以上経った現在、モンスターを使役することができる探索者は稀にいる。戦って勝利し、その相手と血の契約を結ぶことで、そのモンスターを使役することができるようになる、のだが……

 椚が持つ呪い、いや、スキルはその亜種、要は上位互換だった。


 ムラマサは言った。それはただのスキルではないと。通常、スキルは同じモノを保有している探索者が何人もいる。もちろんレアなスキルはあったとしてもその人個人の固有のスキルではない。だが稀に他の探索者が持ちえない、選ばれた探索者だけに与えられる特別なスキルが存在する。

 

 それを人はこう呼んだ――


 ――『アルカナ』と。


(椚ちゃんのアルカナでエリミネイターを手に入れる。これがうちらに与えられたムラマサからの任務その1。絶対に失敗できない! おうちでおねんねしてるムラマサの為にも、うちらが頑張るしかない!)


「みさを! こっからがあんたたちの出番よ! 椚ちゃんの準備が終わるまであんたたちがあいつの相手をして! 頼んだわよ!」

「わ、わかった、いや、正直よくわからない、だが! 君たちの期待に応えてみせよう! 行くぞ! ゴールドマイン! こんな年端もいかない少年少女に後れを取るわけにはいかないぞ!」

「『応!!!』」


 静まり返る回廊、遠くの方から何かが来る。まだ姿は見えない。だがその禍々しいオーラだけが先んじてこちらへの威嚇として伝わってきた。

 100メートル、90メートル、80メートル、70メートル……

 徐々に距離を詰めてくる未知の脅威。朧気ながらその輪郭は露わになってくる。


「なに、なんなの、あれは…… ヘルメット? そして…… つ、ツナギ?」


 ゆっくりと歩いてくる人影。どうやら相手は人型モンスターらしい。だがその恰好は今までに見たことのあるモンスターとはあまりにもかけ離れていた。

 服装はライダースーツ。肘と膝にサポーターをつけ、頭部はフルフェイスヘルメットを装着していた。その様相はまるでバイクから降りたばかりのライダー……


「みさをっち頬けてないの! あいつの手からなんかヤバい感じがするよ~! 絶対あいつの手には振れないで~!!」


 椚からのアドバイスに気を引き締め直すみさを。

 彼女は腐っても1級探索者。すぐさまメンバーへ的確な指示を飛ばす。


「手? わ、分かったわ! みんなも聞いたな!? 手だ! 手に注意! みんな臨戦態勢いいか! アッシュ! 補助魔法頼む!」


 みさをからの指示が来ることをすでに予測していたのか、すでに補助魔法を掛ける態勢に入っていたアッシュは即座にその期待に応える。


「了解! 防御力増加プロテクションオーラ! 攻撃力増加アグレッシブオーラ! 俊敏力増加アジリティオーラ!」

「鉄心! 挑発! 前衛でヤツの攻撃を引き付けて! でも絶対に手には触れないで!」

「了解! 挑発インサイトメント! おらっ! こっちに来やがれ!」

「岸君と晶はいつでも攻撃できるように態勢整えて! 岸君、相手は人型よ! 基本炎系魔法でお願い! 晶はギリギリまでアレを溜めといて!」

「『了解!』」


 的確にメンバーに指示を出すみさを。

 彼女自身ももう少しすれば始まるであろう未知の相手との激闘へ準備を怠らない。


 ――倍数の空、匂い立つ幻想、後ろの正面の墜落する在りし日の偶像、世界にただひとつをふたつと認識する、柵をこえ概念を拡大する、今この時、幻想を現実へと変革する――


 ――顕現せよ! 二重歩行者ドッペルゲンガー


 詠唱を終えると、みさをの隣に人影が浮かび上がる。それは段々と輪郭を確定させていき、ついにはみさをと瓜二つの分身体がそこに完成した。


「おっ! おねえ! みさをっち凄いよ~!」

「へえ、やるじゃん! あんたもアルカナ持ちってわけね。気に入ったわ。ダンジョン踏破が済んだらあんたとは『無い乳連合』を組んであげる」

「え、楓ちゃん? 君が言ってることがよくわからないんだけど…… まあいいわ、全員、転回!」


 みさをの号令に呼応してメンバー達はそれぞれがベストのポジションへつく。

 未知のモンスターを相手にするのだ。とにかく相手の出方を見なければ対策の立てようがない。物量で押し切れる相手ならともかく今は相手の情報が少なすぎる。慎重派のみさをは後手に回る戦法をとった。



    ◇



 ――5分経過


「どうなってる!? なんであのモンスターは攻めてこない?」

「みさを! どうする? こちらから攻めるしかないぞ!」


 予想外の展開――


 固有モンスターと対峙し、セオリーどおりに相手の出方を見る戦法をとったはいいが、相手がこちらを攻撃してくる素振りが全くといっていいほどない。

 だが確実に奴からは殺気が漏れ出ていた。それは当然みさを達探索者に向けて放たれた物。

 黒部鉄心からの催促にどうすればいいか頭を悩ませるみさを。


(今まで対峙したモンスターにこんなヤツはいなかった。こんなにこちらの出方を伺ってくるようなモンスターなんて聞いたことがない。戦わずにこいつをやり過ごせれば問題ないのだけれど)


 余りにも消極的な考えが頭に過る。だがその甘い考えを見抜いていたのか、彼女へ投げ込まれた発破はっぱ


「みさを! なにお見合いしてんの! このままじゃ向こうの思う壺よ! あいつはあんたたちのバフが切れるのを待ってんのよ!」

「は!? モ、モンスターがそんな策を練ってくるなんて聞いたことがないわよ!?」

「だからあ! あれはただのモンスターじゃないの! 固有モンスター! そんで、あれの正体はあ……」


 言葉の続きを言い淀む楓。彼女はアレがなんなのか把握していた。最初に姿を見た時に、いくら固有モンスターにしても明らかにおかしな点に気づいたからだ。


 ――あのモンスターの匂いはおかしい……


 みさをに告げるべきか悩んだ。だが彼女はアルカナまで行使して私達のいうとおり時間稼ぎをしてくれようとしている。

 その献身に答えないわけにはいかない。

 楓は決めた。あのモンスターの正体をみさを達に話す。その先どういう行動を彼女達がとるのかは分からない。だけど隠しておくのは自身のポリシーに反する。


「みさを、いい? 大事なこと言うよ? あのモンスター、エリミネイターはね、あれはね――」


 ――殉職した探索者よ。

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