第14話 零肆ダンジョン攻略開始〈配信回〉

「じゃあドローン飛ばすぞ。飛ばしてからみさをがスタートって言ったら配信開始されるからな」


 身長190センチはゆうにある巨漢の黒部鉄心。彼の掌の上では小さく見えてしまうそのドローン。約20センチくらいだろうか。全方位撮影可能、高性能AIにより被写体のアップもルーズも最適な画角を選択してくれる優れもの。配信の要のそのアイテムが、今鉄心の掌から大空へと舞い上がった。


「それじゃ皆頼んだよお。うちのチャンネル登録者数今500くらいだからできればこの配信で1000人くらいになったら御の字だねえ。今のとこ待機してくれてる視聴者数は10人くらいだねえ。本当にありがたいねえ。じゃっ、僕は引っ込むから! あとはよろしくう!」


 そう言って局長木島正平は待機所へ駆けていった。

 残されたダンジョン攻略メンバー計7名はその内ふたりを除いて、一斉につばを飲み込んだ。皆緊張で喉はガラガラなはずなのに。


「えっと、皆に渡した超小型インカムは、細かい音も拾っちゃうから配信にのらせたくない話をする時はオフにしてね。配信コメントはAI音声で流れるけど、あとでコメントを文字で読みたい時はスマートウォッチのホログラムウィンドウから読めるから。じゃあ…… みんな、行くわよ」

「よし、何時でもいいぞ」

「うん、僕もオッケー」

「いいよ、みさをちゃん、合図頼むよ」

「みさを、おでこがテカってるわよ」

「もお! 早くやってよ! ねえ椚ちゃん」

「だよね~、おねえ、みさをっちビビりすぎ~!」



 ――じゃ、じゃあ…… ス、スタート



〈おっ、始まった〉

〈あっ、みさをっちが映っとるやん!〉

〈みさをっち可愛いよ~〉


「あ、あ、あ、こ、こんにちは。ゴ、ゴールドマインの黎狼くろがみみさを、です。え、ええと、い、今から零肆ぜろよんダンジョン攻略を、か、開始します。ぜ、是非、皆さんにもダ、ダンジョンの臨場感を~」



〈はうあ~! たまんねえ! みさをっちの棒読み~!〉

〈これでご飯3杯はイケる!〉

〈世界一可愛いよ~!〉

〈みさをっちがんがえ~〉



 ――インカムオフ

「ねえ? なにこのコメントは? あんたのファン?」

「え? あ、ああ、何故か私の初回挨拶を毎回喜んでくれるんだ。なにに喜んでるのか全く理解できないのだが」

「ふ~ん、無意識にあざといんだね、みさをは。いいわね、私はそういうの嫌いじゃないわ。だよね、椚ちゃん」

「うん! みさをっちは天性の才能を持ってるっぽいね~。負けてらんないね~、僕らも!」


 ふたりが何を言っているのか全く理解できないみさをだったが、緩んだ雰囲気を一瞬で引き締める。


「行くぞ! 皆! 油断すれば死ぬ! ここは未踏破のダンジョン! 各々の役割をよく考え、最善を尽くせ! 扉を開けるぞ!」

一同「『おう!』」


 未だかつてまだ誰も最深部へ到達したことのない零肆ぜろよんダンジョンの扉は今開かれた。



    ◇



「竜が崎楓で~す! よろしくお願いします!」

「竜が崎椚だよお! よろしく~!」



〈おっ! 謎の双子キター! てかめちゃくちゃ可愛くない!?〉

〈なにぃ? 今日はゴールドマイン単独攻略じゃないんか?〉

〈ああ! 可愛いは正義! みさをっちもいいけどこのふたりもいい!〉

〈てか誰だこいつら:no8〉

〈出た! HN表示ヤツwwみさをっちの狂信者www〉

〈違う! 断じて違う!:no8〉



「あ、あの、ふたりとも? ダンジョンへ入るわよ?」


 ダンジョンの扉は開いたまま中へ入らずドローンの前で可愛らしくお辞儀をするふたり。

 一体この子たちは何をしているのか、黎狼みさをには全く理解できなかった。



 ――インカムオフ

「ダンジョン行くのくらい分かってるわよ! この配信はうちらの可愛さをアピールする為のものなの! だからできるだけあざとい仕草とかしてんのよ!」

「本当にみさをっちは分かってないなあ。ここからは僕とおねえが先頭でガンガン行くからね~!」

「は? い、いや、そんなセオリー無視の行動は…… あっ!」


 みさをが話し終わるのを待つより先に走り出した双子は、扉の先にあった広大なエントランスへ一目散に飛び込んだ。


「ん、モンスターいるね。多分ハイゴブリンだ。数は50体くらい? ここは私がやるから椚ちゃんは待機ね」

「りょうか~い!」


 全員がエントランスに入るや否や、開かれていたはずの扉が自動的に閉められた。

 退路を塞がれた形になったのに、不敵な笑みを崩さない双子の少年少女。

 エントランスの向こう側、突然開いた大きな扉からは夥しい数のハイゴブリンがこちらへ向けて波のように押し寄せてきた。


「このエントランスを抜けると回廊型のダンジョンがある。今までほとんどの探索者はこのモンスターの群れに行く手を阻まれてきた! ここが最初の難関だ! 鉄心! 足止めを頼む!」


 みさをの掛け声を遮るように、楓の甲高い声がエントランス中に響き渡る。


 ――だからあ! みんなはなんにもやらなくていいって! それじゃあいっくよ~!


 ハイゴブリンの群れへ一直線に駆けていく少女。

 その少女の両手には――


 ――武器はなにも握られていなかった……



〈あの子なんにも持たずに行ったぞ!〉

〈おいおい死んだわあいつwwって可愛い子が死んじゃうの見たない!〉

〈てかあの子防具すらつけてなくない?〉

〈だよなwwあの服ってゴスロリ皇子系? 可愛いけどダンジョン舐め杉ぃ!〉

〈てかハイゴブリンの数やばくね? 10や20じゃきかんだろ〉

〈完全にスタンピードだなあれ〉

〈うわマジだ、荒れ狂ってるわww〉

〈桃色髪の子マジ死ぬぞwww〉



 コメントが音声で拾い上げられる。耳元に付けたインカムでその音声を聞きながら楓は不敵に笑った。そう言われることをすでに想定していたかのように。


 モンスターが大群で無秩序に押し寄せることをモンスターの暴走『スタンピード』と探索者達は呼んでいる。通常数人でパーティを組む探索者にとって、大多数の相手との戦闘は脅威中の脅威なのだが――


「大丈夫だよ~ん! 私は可愛くてつよ~いゴスロリ天使ちゃんなのだ~!」


 ハイゴブリンの群れに単身突っ込んでいく楓。

 ハイゴブリンは通常のゴブリンより一回りデカく、筋力、脚力共にゴブリンのそれより数段強い。通常のゴブリンですらチンパンジー程度の筋力、脚力を有している。それよりさらに強大なモンスターの群れに単身特攻する…… 傍から見れば完全な自殺行為、だが彼女がその後見せた光景は壮絶を極めるものだった。


「ひゃっは~! 死ね死ね死ね! 雑魚モンスターは皆死んじゃえ!」


 楓はハイゴブリンを優しく撫でるように手で押しのけていく。楓の手に触れられたモンスターたちは何故か青い血をまき散らしながらその場に突っ伏していった。



〈なんぞ!? あの子なんなん!? 素手でハイゴブリンなぎ倒してんじゃん!〉

〈素手だよな? なんで素手でハイゴブリン倒してんのwww〉

〈あの子素手じゃないぞ!? なんか手に持ってるぞ!〉

〈あ! あれって! あれだ! インドかどっかの武器だ!〉

〈あれバグ・ナクだ! しかも手の横から短剣みたいなのが飛び出てるからありゃビチュワ・バグ・ナクだな〉

〈なんか武器マニアキター!!〉



 (うんうんいい感じ! この調子で全部ぶっ殺してやる!)


 コメントを聞き調子に乗る楓。だが彼女がモンスターを狩る様は余りにも――


 ――可愛くなかった。



〈おい、あの子めっちゃ笑いながらモンスター狩ってるぞww〉

〈怖っww〉

〈みさを何してる! 撮れ高奪われてるぞ!:no8〉

〈狂信者怖っww〉

〈ゴスロリ衣装の白地の部分がハイゴブリンの青い血で染まってんじゃんw〉

〈顔にも青い返り血がめっちゃ飛んでるしww〉

〈怖っwwww〉

〈怖っwwwww〉



「ひゃっは~!! 死ね死ね死ね~!!」

「おねえ! もうモンスター全部死んでるって! あと顔が怖いって! もっと可愛く!」

「あ、ご、ごめん、つい気持ちよくなっちゃって……」



〈こ、怖っ……〉



 広大なエントランスに築きあげられた無数のモンスターの屍の山。カメラに向けて可愛く笑顔のダブルピースをする楓。彼女が着ていた白と黒を基調とした皇子系ゴスロリファッションはいつの間にか青と黒のツートンカラーに変貌していた。

 楓の余りの不気味さに草も生やしてくれなくなった視聴者。

 だが楓の活躍で、まずは最初の難関を無事突破したのだった。

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