第12話 歩いていたら異世界人に会いました
「ねえ椚ちゃん、なんか匂いしない?」
「え? 匂い? あ、澪ん家のゴミの臭いじゃない~? なんか体に染みついちゃったのかも~。もう二度と澪の家にはいかないでおこうね~」
「いや、そうじゃなくてさ…… なんか懐かしい匂いっていうか、あ! わかった!」
――ムラマサの匂いだ!
ムラマサの社宅に戻るべく、澪の汚部屋を出たふたりは歩道を歩いていた。社宅までは徒歩5分程度、途中に寄ったコンビニでチョコレートを買い、それを頬張りながら歩いていた。ちなみにチョコレートのお金はおじいこと木島正平に昨日帰り際、お小遣いだよお、と言われ握らされたものだ。
「んん? どっから匂ってきたんだ? 確かにムラマサの匂いなんだけどなあ。今日でこっちを出てって2日だからもう帰ってきてんのかな?」
「あっ! 確かにする! ムラマサの匂いする~! てかなんか目の前からすることな~い?」
椚にそう言われ目の前をじっくり見てもそこには誰もいない。でも確かに目の前、約20メートル先くらいから強いムラマサ臭がする。
「あれ? なんかそこボヤけてな~い? なんてったっけ~? カゲロウ? みたいなかんじ~」
「うん、私にも見える。なんかいる、よく見えないけどなんかいる! 椚ちゃんこんなとこでまさかとは思うけど、もしかしたらモンスターかも!?」
「う、嘘でしょ!? モンスターがダンジョン外に出てくるなんて聞いたことないよ~!? で、でもおねえが言うんだからそうなのかも。すぐ対応できるようにしとく~!」
「よしっ! もしモンスターならレアもんだ! 椚ちゃん、できそうならアレ、やっちゃってよね!」
「了解~! 最近ゲットできてなかったからな~! めっちゃ滾ってきた~!」
目の前に確かにある非現実の存在に臨戦態勢を取るふたり。
そこに在った存在。それはムラマサに連れられてこの世界にやってきた、この世界のことを右も左もわからない異邦人だった。
◇
「え、なに? なんなのあの子どもたちは? 何故か私の方をジッと見つめているんだけど…… で、でもあのふたりからは強いムラマサの匂いがする。仕方ない。危険は百も承知だけどここは姿を現して話しかけるしかない」
ライラは精霊化した姿を実体の伴うエルフの姿へと変身させた。
だが、実体化した姿はこの世界の日常ではあまりにも異質なものだった。
「あ、あの、お嬢さん方、もしかしてムラマサのお知り合い、ですか?」
「わあぁぁぁぁ!! びっくりしたあぁぁぁぁ!! 急に人の形にぃぃぃ!! え、てか、あんた、な、な、なんて恰好してんのよぉぉ!」
「あわわわわ、お、おねえさん~、こ、こんな街中で、そ、そんな恰好してたら、捕まっちゃいます!」
「え? か、恰好ですか? 私は実体化するときはいつもこの恰好ですが……」
「『いいからこっち来てぇぇぇ!』」
ライラの手を引っ張り、大急ぎで近くにあった公園の障がい者用トイレに駆け込む。
はあはあと息を切らし、楓はライラの服装を指さした。
「あのねえ! なんなのその服は! ってそれ、服じゃないじゃないの! それどう見ても下着でしょ!? ブラジャーとパンツとなんか腰に薄い布巻いて! それじゃ完全に痴女じゃないの! あ~! どうしよう、とりあえず私の上着は~、ダメだ、小さくて着れない~、あ、椚ちゃんのコート貸してあげて。とりあえずこれ胸のとこに巻いとけば隠せるから」
椚が羽織っていたひらひらのついた可愛らしいピンク色のコートを受け取ると、ライラの胸元に結ぶように巻き付けた。突然の痴女襲来に気が動転していた楓は、よくよくライラを見て、ある異変に気がついた。
「あ、あなた! 耳が! 耳がとんがってる! あ! わ、わかったわ、あなたムラマサが連れてきた異世界人ね!?」
「え!? は、はい! そ、そうなんです! よかった…… 私達のことを知ってくれている現地人がいてくれて……」
ホッと安堵の表情を見せたライラは、そんなことより重大な問題に直面していたことをすっかり忘れていた。そのことを思い出すと、彼女は顔面蒼白、こうしてはいられないとばかりに楓と椚の手を引っ張りこう話しだした。
「あの! ムラマサが大変なんです! あの、なんていったらいいのか……」
――ム、ムラマサが、ア、アヘってるんです……
「は!? ア、アヘ、なに? あの、分かるように説明してもらえる?」
呼吸を整え事情を説明するライラ。楓と椚は前にムラマサが異世界から帰ってきた時も、それはそれは大変な事態に陥ったという話は聞いていたが、一体どう対応すれば彼が元通りになるのかまでは聞いていなかった。
「た、確かにこんなとこにいても話は始まらないわね。急いで家に帰りましょう」
「だね、おねえ」
「は、はい、急ぎましょう」
3人は急いでムラマサの待つ社宅へと歩を進める。明確な解決法も全く見当もつかないまま。
◇
「戻ったわよ! ムラマサはどうなりました!?」
「いや、全くと言っていいほど状況は変わらんな。おっ、ムラマサの知り合いがおったのか? な、なんじゃ、その可愛いふたり組は?」
「えへへ、おねえ、僕ら可愛いだって!」
「ま、まあね、当然よ、って今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! あ、本当だ。アヘってるって、この人なに言ってるんだろうって思ったけど、想像以上にアヘってたわ」
――アヘッ、アヘッ、アヘッ、アヘッ……
「あ~、もう! どうしたらいいのよ! あ、あれ? ね、ねえ、ミズマリス、あいつは、ノイエリタンはどうしたのよ!?」
「ああ、あやつなら我の制止も無視して出ていったぞ。暇だから剣でも振ってくるといっての」
「あぁぁぁぁぁ! あのバカはぁぁぁぁ! だからあいつから目を離したくなかったのよ! ま、まあいいわ、と、とりあえず一旦あいつのことは忘れましょう。今はムラマサをどうにかして元に戻さないと」
「おねえ、とりあえず叩いてみたら~?」
「え? そ、そうね、叩いたら治るかもしれないわね」
「ちょ、ちょっとあなたたち、何を言っているの!?」
ライラがは彼女達が何を言っているのか理解できなかった。叩いたら治る? そんなわけないでしょう。そう思ったが、双子の片割れ竜が崎椚の自信満々の一言で、そういうものなのかと一瞬自分の常識を疑ってしまった。
「大丈夫だよ~! 叩けば大体治るんだよ~! テレビとかゲームとかね~!」
「よしっ! とりあえず顔面平手打ちから逝くわよ!」
――おらおらおらおらおらおら! 目を覚ませ! ムラマサ!
――ばしばしばしばしばしばしばしばし!!
徐々に膨れ上がっていくムラマサの両頬。だがいまだに彼はアヘっていた。
「おねえ! そんなんじゃ足りない~! もっと! もっと強く~!」
「わ、わかったわ! ギアをあげてくわ!」
――おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおら!
――びしばしびしばしびしばしびしばしびしばしびしばし!
「あっ! おねえ見て! ムラマサの様子が変わった! アヘアヘ言わなくなったよ!」
「や、やったわ! せ、成功、よね? これは!」
「え、い、いや、気を失ったのではないか? お主ら…… 見かけによらずヤバい奴らじゃな」
ムラマサの胸元を引っ張りながら平手打ちしていた楓は、ミズマリスの一言に驚いて、思わず手を離してしまった。
突然手を離されたムラマサは、床に後頭部を思いきり打ち付けた!
「あっ、思わず手を離しちゃったじゃない。まあいいか。椚ちゃん、このままじゃ埒が明かないから、おじいか乳女に電話してきてもらって。もうおねえちゃん手が痛くて叩けないから、おじいか乳女に叩いてもらおう」
「そだね~。ちょっと電話してくるよ~」
そう言って部屋から出ていく椚。ふたりのやり取りを見て呆然とするミズマリスとライラ。
「この世界の住人は皆あんななのか? あれでは完全に修羅の住人ではないか。あんな可憐な見た目をしておきながら…… げに恐ろしや異世界人」
「私もうすでに帰りたくなってきたわ。この世界があんな子たちばっかりだと思うと、恐ろしくて今すぐ逃げ出したい」
ふたりの心配、後悔をよそに、冷蔵庫からアイスクリームを取り出す楓。
バニラアイスお徳用を皿にもうつさず、そのまま頬張りながらポツリと呟いた。
「ダンジョン攻略明後日なんだけど、大丈夫かなあ」
そう。ダンジョン攻略はすでに明後日まで迫っていた。
どうなるムラマサ。彼はダンジョン攻略の日までに覚醒することができるのだろうか!?
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