第10話 みさをさんの憂鬱

「さあ、今日はおじさんのおごりだよ! なんでも好きなものを頼みなさい」

「おじい大好き! じゃあねえ、私は上カルビ10人前~!」

「え~! おねえが上カルビなら~、僕は特上カルビ10人前~!」

「え、で、では私はちょ、超特上カルビを……」

「乳女はそれ以上肉を食うな! 野菜でも食ってろ!」

「そ、そんなあぁぁぁぁぁ」


 涙目の三鬼島澪みきしまみおを尻目に、最初に注文しておいたドリンク類が卓上へ並べられる。

 お子様ふたり以外は皆ビール、双子の少年少女にはコーラ。


「しっかし驚いたな。完全にブラフだと思ってたよ。さっきはごめんね、ふたりとも」


 椚と楓とそう背丈の変わらない銀髪の少年がふたりへ頭を下げる。

 彼の名前はアッシュ・ゲインバーグ。ダンジョン内での役職はバッファー兼斥候、哨戒担当だ。


「おっ? 君えらく素直じゃん? いいよ、別にまあ私らみたいなのが突然出張ってきたら疑っちゃうのもしょうがないってのは分かってるしね」

「俺からも謝らせてくれ。完全に君たちのことを見くびっていた。なあ、岸、お前もそうだろ?」

「あ? 僕は、まあ…… そうだねえ、正直あそこで起きたことは今でも信じられないけどねえ。信じざるを得ないからねえ。まあ零肆ダンジョン攻略ではよろしく頼むよ」


 頭をかきながらビールを手に取り一気に飲み干す屈強なガタイの男。彼は黒部鉄心くろべてっしん。前衛タンクをメインにダンジョン攻略に明け暮れる偉丈夫だ。

そしてもう一人の男性。岸と呼ばれた男は飄々としたつかみどころのない優男。彼は魔法職。専門は魔法アタッカーだが、多少の回復系魔法にも腕に覚えがあった。


「まああたしとしては強かろうと弱かろうと、可愛い女の子ふたりと一緒にいられるんなら強さなんてどうでもいいけどね。このムサい男どもを解雇して、うちのチームに入れたいくらいだわ」


 楓と椚を見て淡々とした口調で話す眼帯の女性。彼女の名は羽生石ういしあきら。みさをと同じく前衛アタッカーで、通常ひとつの武器の熟練度を上げていく傾向にある昨今、複数の武器を器用に使いこなす武器のスペシャリストだ。

 彼女は男に興味がない。彼女が好きなのは女の子。つまりは……そういうことだ。


「あのさ、楓は女子だけどお、僕男だからね? そんなエロい目で見ないでよね?」

「は!? う、嘘でしょ? そ、そんなに可愛いのに? し、信じられない……」


 クールビューティを装っていた晶の鉄仮面がいとも容易く打ち砕かれた。まあ椚からすればエロい顔をしていたらしいが。


「ところであなたたち特探証は持ってるわよね? 1級にあなたたちの名前を見たことがないから2級かしら? でもあなたたちみたいな目立つ存在なら、2級とはいえ私が知らないなんてことはないと思うんだけど……」


 ――特定の非現実閉鎖空間探索に関わる限定許可証


 通称『特探証』。

 ダンジョンへ潜る者なら誰しもが持っている、いや持っていなければならない探索者の証。公益社団法人ダンジョン統括協会が発行する国家資格だ。

 原則1級から5級まであり、現在1級の特探証を所持しているのは、この国にわずか11名しかいない。2級になると一気に増え、120名ほどが所持している。資格者名簿はダンジョン統括協会のウェブサイトで誰でも閲覧できるようになっているのだ。


「え? もちろん持ってるよ? 私って何級なんだっけなあ? いちいち見たことないからわかんないや~」

「おねえ! 僕らは確か5級だよ~。てかさあ、アレってちゃんと携帯してないとダメみたいだよ~? あのおねえが本のしおりがわりに使ってるやつ~」

「ふ~ん、そうなんだ。知らなかった」


 みさをは自分の耳を疑った。聞き間違いであってほしい。だが確かに5級と聞こえた。


「えっと、あの、ごめんなさい、今の聞き間違いだと思うのだけれど、5級って言わなかったわよね?」

「え? 言ったけど?」


 ――う、嘘でしょ? 嘘だと言って……


「まあまあみさを君、この子たちは特別だからあ。ていうかこの子達まだ1回もダンジョン潜ったことないからねえ」

「は!? う、嘘ですよね? 局長? ダンジョン未経験者を未踏破ダンジョンに向かわせるんですか!? いくら腕に覚えがあるからといって、む、無謀です!」


 ケンカが強いからといって柔道やボクシングで世界チャンピオンになれるわけではない、足が物凄く早いからといって、陸上の十種競技で無双できるわけではない。

 ダンジョンも同じだ。いくら戦闘の実力があるからといって、ダンジョンで求められるのは、何も戦闘スキルだけではない。トラップへの警戒、食料の配分、体力の持続力、イレギュラーが起きた時の対応力…… 数えだしたらキリがないくらい、戦闘以外の様々な能力が要求される苛酷な現場。


「みさを君が心配するのはもちろんのことなんだが、零肆ダンジョンへは一応この子らの保護者もついてくからあ。そんな心配せんでも大丈夫よ」

「ほ、保護者、ですか? そんな方がいらっしゃるんですか? いや、でもそうですよね、いて当然ですよね。この子らどう見ても未成年ですし。というこうとはその保護者という方が上位ランクの探索者ということですね?」

「ん? いんやあ、そいつは確か~……澪課長、ムラマサって何級だっけ?」

「4級です、局長」


 ――え、えぇぇぇぇぇ……


 黎狼くろがみみさをの心配は増すばかり。

 そんな気も知らずに焼肉を一心不乱に貪る双子とゴールドマインのメンバー達。零肆ダンジョン攻略は3日後に決定された。

 肉を食べる気も起きず、みさをは2杯目のビールを注文したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る