第9話 模擬戦スタートです!

 ムラマサがこの世界から異世界へと旅立つのと時を同じくして――

 同時刻竜が崎楓、竜が崎椚の実力を測るべく一行は名古屋市某所のとある施設へ訪れていた。


「おい、乳女、私と椚ちゃんはなにすればいいのよ?」

「えぇとですね、みさをさんに実力を少し見せればオッケーなんで、本当にあんまり無茶なことしないでくださいね」


 不機嫌そうな態度をとる楓をよそに、椚はひとりの老齢の男性に何かをもらっていた。


「椚ちゃん相変わらず可愛いねえ。お菓子いっぱいあるからね、これ、チョコレート、食べるかい?」

「食べる~~! おじいはお菓子くれるから好き~!」

「ちょっと! おじい! 椚ちゃんに全部あげたらダメなんだからね! 私のも残しといてよね!」

「わかってるよ~、ちゃ~んと楓ちゃんの分もあるからねえ」

「あの、すみません、よろしいですか――」


 ――局長……


 白髪交じりの頭髪に黒地にシャドーストライプのスーツに身を包んだ初老の男性。彼の名前は木島正平。

 経済産業省ダンジョン局の局長だ。


「あ? ああ、すまんすまん、余りにも椚ちゃんと楓ちゃんが可愛くてね。ついふたりを見るとお菓子を上げたくなるんだよねえ」

「し、しっかりしてください、局長。完全に孫の相手するおじいちゃんじゃないですか」

「ふふっ、そう? こんな孫ならいくらでもほしいよねえ。僕独身だけど」


 にんまりと微笑むこの男性。実はダンジョン発生黎明期に数々のダンジョンを踏破してきた超実力者なのだが、今は一線を退きダンジョン局の局長として裏方仕事に奔走している毎日なのだ。


「あの、局長、このふたりは本当に実力のある探索者なんですか? 私には俄かに信じられないのです。どう見てもただのワガママな子どもにしか見えないのです。まあ今から実力を見定めてもらいますので、問題はないのですが」

「ああ、みさを君、君が怪しむのも尤もだ。このふたり、見た目はこんなに可憐な双子ちゃんだからね。だがまあ手合わせすれば分かると思うよ」

「はっ、承知しました。ではふたりとも、準備はいい?」


 木島正平の前で剣先を地面につけ直立する黎狼くろがみみさを。局長自らふたりの太鼓判を押されて尚、それが本当なのか信じられない。だが今から全てはっきりする。彼女は当然双子に胸を貸す体でその場で待ち構えていた。



    ◇



「なに? おばちゃんひとりでいいの? 他の4人は?」

「はっ!? 誰がおばちゃんですか! 私はこう見えてまだ26歳よ!」

「おばちゃんじゃん……」

「くっ! ガキんちょめ! ふんっ、まあいいわ。今回の手合わせは私ひとりで十分です。他のメンバーにはあなたたちの立ち回りの評価をお願いしました。さあ、いつでもいいわよ、かかってきなさい!」

「ねえ! 乳! 本当にいいの? 私知らないからね!」

「乳って…… あの、今楓さんと椚さんが持っている武器は強化プラスチックの剣ですので、殺傷能力はありません。ですので、はい! お願いします!」

「あ~、いつもの武器じゃないからなんか調子狂うなあ。ねえ椚ちゃん、とりあえずおねえちゃんが先にやるから君は待機ね」

「え~、ずるいよ~。僕もやりたいよ~」

「ふたりで行ったらあの子可哀相でしょ! とにかく! 私が行くから!」


 ――そ、それでは始めてください!


 澪の合図とほぼ同時にみさをが動いた。模擬剣を水平に構えたまま一直線に楓に向かって疾走する。ほんのコンマ数秒で楓の目前まで迫ったみさをは、斜め45度に剣を振り上げた。


 だが――


「あのさ、突進するのはいいけどさ、そんなフェイントなし、目くらましなしでさ、私に一撃入れられると思ってんの? あんた私がガキだからって舐めすぎじゃない?」


 楓の顔面目前で静止したみさをの剣撃。直撃するはずだったその剣先には、楓のか細い親指と人差し指が添えられていた。


「はっ!? う、嘘でしょ…… 完璧に捉えたと思ったのに……」

「はい、やり直し~。次はもうちょっと工夫してきなさいよね」


 軽く摘まんだ剣先をまるでゴミを投げ捨てるかのように無造作につき放す。その場で起こった一瞬の出来事に未だ理解が及ばないみさをは、バックステップで一旦距離をとるしかなかった。


(嘘でしょ? あのスピードの剣撃よ!? 彼女は人差し指と親指で剣先を摘まんでみせた。た、確かにこの子只者じゃないのね。ふぅ、考えを改めなくては……)


 それからしばしの膠着状態、いや、膠着状態を一方的に作っているのはみさをのほうだった。楓はというと試合開始から今の今まで、不敵な笑みを全く崩してはいない。


「ねえ、あんた、呪いは使わないの? 別に私は使わないから、使ってくれて構わないわよ」


 ――呪い……


 ダンジョン出現前までにも、発火能力やサイコキネシスなど、いわゆる超能力と言われる類の能力を扱う者は少なからず存在した。だがダンジョン出現後、ダンジョン探索中に新しい能力に目覚める人間が著しく増加したのだ。

 例えばそれはダンジョン内のモンスターを討伐した際に授けられたモノ、はたまたダンジョン内で獲得した祝福の数々。

 だが大抵それらはダンジョン以外では無用の長物だった。能力を身に付けたものは公安、警察などに常時監視され、日常生活に常に足枷をはかされるような状態になっていった。

 ダンジョンにさえ入らなければ獲得しなかった、ダンジョンだけで使うことが許された奇跡の力を、人々は何時からか皮肉も込めて『呪い』と呼ぶようになっていたのだ。


「これは模擬戦よ? スキルはダンジョン内で、対モンスターにしか使わないわ。それに私その『呪い』って呼び方好きじゃないのよね。普通にスキルって言ってもらえるかしら?」

「ふ~ん、あんたにはあんたの流儀があるのね。気に入ったわ。あんたおっぱいもそんなに大きくないし、乳女とは違うみたいね」

「え? お、おっぱい? え~っと、胸がどうかしたのかしら?」

「まっ、それはこれが終わったあとね。今度はこっちから行くわよ!」


 冗長な会話にみさをは完全に油断していた。

 楓の動きに完全に対応が遅れたみさをは、その時なにが起こったのか全く理解できずにいた。

 気づいた時には剣を握っていたはずの右手には、楓の左手が指と指を絡めるように固く握られていた。

 そして楓の右手はみさをの背中に優しく添えられていた。ついさっきまで確実に楓の左手には強化プラスチックの剣が握られていたはずなのに、一体いつ手放したのか。それすらも認識できないほどの神速。

 ふたりの姿はまるで社交ダンスを踊る紳士淑女のそれ。エスコートするのは楓。

 だがふたりの身長差がその不格好さをより一層際立たせていた。


「あんた近くで見ると肌のきめが細かいわね。探索者してるのに、お肌の手入れは欠かしてないってかんじ? あっ、しかもなんか甘い匂いもする。お顔舐めたら甘いかな~?」

「も~! おねえ! その人めっちゃ引いた顔してるって! もうやめたげなよ~!」

「もお! 椚ちゃん、せっかくおねえちゃんが楽しんでるのに、そう言うこと言って水差すの止めてくんないかなあ!?」


 ――参った、降参だ。認める。君たちの実力を認めよう。


「は? もう終わり? ここからが楽しいのに~!」

「すまない、完全に君を見くびっていた。心から謝罪する」


 楓の熱い抱擁から解放されたみさをの肩は、地面に落ちるのではないかと思えるほどに垂れ下がっていた。

 自分が強者という自覚があった。だが上には上がいた。それは年端もいかない少女だった。呪いと呼ばれたスキルは自身の信条で封印してはいたが、それがあっても勝てるかどうか。正直勝ち筋が、勝てるイメージはその時見えなかった。


「よ~おし! 模擬戦終わりだね。みさを君ご苦労様。楓ちゃんの実力は肌で感じてもらえたかな? ゴールドマインの他のメンバーの皆も異論はないと思うけど、いいかな?」


 ダンジョン局局長木島正平の言葉に、力なく頷くゴールドマインの面々。

 このような結末を予想していたものは、このメンバーの中に誰一人としていなかった。当然ダンジョン課課長三鬼島澪の推薦した人物だ。ある程度できるとは思っていたが、まさかここまでとは……


「お、お疲れさまでした。では零肆ぜろよんダンジョン攻略はゴールドマインの皆さんと、このおふたり竜が崎楓さんと竜が崎椚さんの計7名で決行することとします」

「皆お疲れさん! 見たところ蟠りもなさそうだし! 零肆ダンジョン攻略の打ち合わせついでに焼肉でも行きますかあ!」


 木島正平の粋な提案に喜ぶ双子。本当は焼き肉がめちゃくちゃうれしいのにゴールドマインの落胆ぶりを見て喜ぶに喜べない三鬼島澪。

 圧倒的な差で組み伏せられてはしまったものの、瞳の光はいまだ失っていない黎狼くろがみみさを。

 各々の思いは違っても、ここに新たな攻略パーティは誕生した。

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