第6話 我は嫌じゃぞ! お主がやれ!
――はあ、これ使いたくねえなあ。
瓶の中で密閉された眼球。こいつを使えばアイツの居場所が分かる。
だけど正直やりたくない。
やると確実に碌でもないことになるからだ。
「言っとくが我はやらんからな。ムラマサ、我が認めた男よ。当然お主がやるのじゃな? お主が言い出したことじゃ。我は絶対に嫌じゃからな」
「私も嫌ですからね。絶対に!」
「わかってるよ、こんなのお前らに頼むわけねえだろが。はあ、しゃーねえなあ。やるか」
瓶の中から眼球を取り出す。
この世界から旅立つ時、あいつからもらった形見の品。正直言って、受け取った時には引いた。何故に眼球?
手のひらの上のその眼球は何故か生暖かい。どうなってるんだ? 只の目ん玉だぞ? なんで体温を保ってるんだよ?
ふと眼球に目をやると、唐突にその眼と目があった。
「うへえ、やっぱりキモいな、こいつの目ん玉はあ…… しゃーない、覚悟決めたわ。一応ふたりとも俺の体のこと頼むぞ」
「承知した。我に任せよ」
「え、私は嫌なんですが…… はあ、分かりましたよ。早く一思いにやっちゃってください」
「よし! いくぞ!」
俺は掌にあった目ん玉を――
――一思いに飲み込んだ。
その瞬間俺の体は俺の体ではなくなる。俺よりもさらに上位の存在……
――勇者ノイエリタンの意識に支配された。
◇
「おいライラ! 早速反動が来た! 絶対離すなよ!」
「分かってます! このまま本体への回帰を開始するはずです。掴まったままついていきます!」
「おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ……」
突然激しく前後に揺れだすムラマサの体。顔面には大量の汗をかき、彼の目からは黒目が完全に消えていた。どうやったらそうなるのか、完全な白目を剥いて意味不明な、言葉にならない言葉を発している。
魔王と上位精霊が必死になって押さえつけているのにも関わらず、がたがたと体を揺さぶる、気の触れた男は突然席を立ち上がり店の外へと走り出した。
「おい! 飛行魔法ならまだいいが、転送魔法を使用するようじゃったらすぐに手を離すんじゃぞ! こいつ多分我らのことなぞ見えておらん。転送魔法を使用するなら自分だけを転送先の座標へ飛ばすはずじゃ。もしお主が巻き込まれればどうなるかわからんからな!」
「もちろん心得ています。その時はムラマサには申し訳ないですが、ひとりであの人と交渉してもらいましょう」
そんな会話をしている最中、突然輝きだしたムラマサの体。
この光は転送魔法の光。決められた座標へ決められたモノだけを運ぶ禁忌の魔法。本来ムラマサに扱える類の魔法ではないのだが、眼球を体内に内包した今、ムラマサはその眼の持ち主に支配されていた。
そう、目の持ち主、勇者ノイエリタンによって。
「おい! ライラ! お主は手を離せ! 我はこれくらいなら問題ない! 我がついていって後から座標を教える! 分かったな!」
「承知しました。ミズマリス、後は頼みました!」
ライラはそう言ってムラマサから手を離し、その直後ムラマサとミズマリスの体はその場から消失した。ほんの少しの光の残さを辺りにまき散らして。
◇
「おい! おい! ムラマサ! 起きろ! 早く起きろ!」
遠くから聞き覚えのある声がする。
誰だったっけ? 俺はここで何をしていたんだ? そうだ、確か、俺は……
「おい! ムラマサ! 避けろ!」
――は?
突然俺に向けて振り下ろされた剛剣。
意識が覚醒した瞬間、俺と剣との距離はほんの数センチ。咄嗟に後ろへ下がり、なんとか命を刈り取る必殺の一撃は空を切ることとなった。
振り下ろされた剣を握る、剣の主、覚醒したばかりの虚ろな脳にすら鋭く突き刺さる殺気の出どころを俺は見上げた。
黒のフルヘルムに黒のフルプレイトアーマーを纏った黒騎士。
そこにいた人物こそ、俺がこの世界へ来た、理由のひとつ、探し求めていた女性『ノイエリタン』だった。
「ムラマサァ!! なんで戻ってきたぁ! 今生の別れはもう済ましたはずだろうがぁ!」
「いや、ちょっと落ち着けリタ! ちょっと訳ありなんだよ! 話を聞いてくれ!」
「問答無用! 話したければ剣を抜け!」
「なんでそうなるんだよお! てか剣なんか持ってねぇ!」
くそっ! 今こいつの剣を受けれるような武器なんかなんにもねえっていうのに! 先に預けてたヤツ取りに行っとけばよかった。
少しの後悔を滲ませながら一向に終わる気配のない剣撃を寸でのところで躱す。だが結局防戦一方。このままではいつかはノイエリタンの剣の餌食になるのは明らかだ。
「あ~! しゃあねえ! ちょっと頭冷やせ!」
――クリエイト=ロック!
突然ノイエリタンの足元がせりあがる。それも物凄い勢いで、高さ30メートル程度までせりあがったところで地面の動きは止まった。
せりあがった地面の上で微動だにしないノイエリタン。構えていた剣からはいつの間にか殺気が消えていた。
鞘に剣を収め、軽やかに30メートル上空の地面から元あった地面へと難もなく飛び降りた。
「ふんっ! 相変わらず面妖な能力だな。周辺の魔素と有機物質を利用する土系魔法とも違う、無から有を作り出すお前だけの異能。見事だったぞ」
「はあはあ、そりゃどうも。そんでお怒りは収まったか?」
「あ!? この程度で収まるものか! お前、騎士と騎士との約束はどうなった!? なんで戻ってきた!」
「いや、だから如何ともし難い理由があってだな…… そもそも俺は騎士じゃあないし」
「そんなの関係ない! そもそもだ! 何故そんな難事をかかえているにも関わらず、そいつがここにいるのだ! それが気に食わんのだ!」
そう言って指を指した方向には、当然ながら彼女がいた。
そう、ミズマリスだ。
「そりゃあ我のほうがムラマサの信頼が厚かったんじゃろ? そんなことでそこまで八つ当たりされても我にはどうしようもないぞ」
「おい! マリス! あいつをこれ以上刺激するんじゃねえ!」
「こっ、こっ、こっ、こっ、こっ、殺、す!!」
「だから言わんこっちゃねえ! マリス! とりあえずリタを深淵にうずめろ! もうこうなっちゃこいつは止まらねえ!」
「はあ、最近とんと使っとらんかったからのう。まあええわ。ノイエリタン、我を恨むなよ! ムラマサがやれと言ったのじゃからの。いくぞ、闇魔法――」
――深淵の
ミズマリスが呪文名を唱えた瞬間、ノイエリタンの周辺に突如出現した黒い霧のような物質。その黒い霧は次第にノイエリタンを侵食していき、ほどなくして彼女は闇に飲まれるようにその場から消失した。
「はあはあ、とりあえず時間稼ぎはできるな。多分あいつは、リタはこんなの直ぐに突破してくる。もって数分っていったとこか」
「んでどうするんじゃ? 我はあいつと戦いたくないぞ? あいつマジでしつこいからの。ここで勝っても多分あいつは地の果てまで追いかけてくるからのう……」
「ひとつだけ策がある。だけどそいつをやるにはお前の協力が必要だ。頼めるか?」
「うん? そんな秘策があるというのか。さすが我が認めた男。してどんな妙案なんじゃ?」
「それはな――」
――マリス、お前はここから去れ。俺とあいつ、リタのふたりきりにするんだ。
あいつを止められる方法は多分これしかない。
俺は唯一思いつく限りの最良の策で、賭けに出ることにした。
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