第5話 魔王ミズマリス登場

「なんでじゃ! なんで我を置いて消えたのじゃ!」

「あ、あぁ、すまねえ、俺も色々あってよ、だがまあこうして帰ってきたんだ。昔のことは水に流してくれよ」

「ふ、ふ、ふ、ふざけるな! 我のみさおを奪っておきながらあ! ずっとお主のことを待っておったんじゃぞ!」

「お、おい操って…… 俺らなんもしてねえじゃねえかよ!」

「したじゃろうがあ! キ、キ、キ、キッスを!」

「はっ!? ああ、あん時は滑った拍子に口と口が合わさっただけじゃねえかよ!」

「そ、そんな…… 我の初めてを奪っておきながらその言いぶり…… なんというプレイボールぶりじゃ! そんなところもまたいい!」

「それ言うならプレイボーイな。てか言わせんなよ」


 俺の目の前でわちゃわちゃと喚いている女性。

 何を隠そうこの女こそ、この世界の魔王『ミズマリス』だ。

 今でこそ町娘の恰好に変装しているが、彼女の本当の姿をもしなんの訓練も受けていない、通常の人間が何の気なしについうっかり見てしまったら、まず発狂してしまうだろう。それほどの魔力と胆力と威圧力と暴力を兼ね揃えた人知を超える生命体、それがミズマリスなのだ。


「それで、何しに戻ってきたのじゃ? お主の世界の一大事だとライラに聞いたが」

「ああ、それがな――」


 俺はミズマリスに事の経緯を事細かく説明した。

というか彼女は俺がこの世界から自分のいた世界へ帰ってから、俺がどうしていたかを事細かく説明するよう求めてきた。まあ特段隠すこともないので思い出せるだけ語ったのだが、どうやら俺の語ったひとりの女性に対して猛烈なジェラシーを感じたらしい。


「乳! 乳がでかい女! その女がお主の心を盗んだのじゃな! 許すまじ乳でか女! 許すまじ貧乳の敵! 許すまじ――」


 ――三鬼島澪みきしまみお


「いや、ちょっと待て、今の話をどう聞いたらそうなる? 俺の上司が女で、お前がどんな女なんだって聞いたから胸がデカい女だって答えただけだろうが!」

「特徴を聞いて真っ先に出てくるのが乳がデカいじゃぞ!? そんなのお主は乳の呪いに掛けられとるに決まっとる! これはいかん! 我がお主を助ける! お主の世界の一大事がどんなことかは忘れたが、その乳でか女を成敗する為に我はお主の世界へ赴くぞ!」

「はあ、まあいいか。あとで澪には謝ろう……」


 エルフの姿に変身したライラが魔王ミズマリスを見て思わず出る溜息。

 ずっと俺と一緒に旅をしてきたライラは魔王ミズマリスがどんな女か熟知している。


「ねえミズマリス、ちょっと落ち着いて、瘴気が漏れ出してるから。周りにいる人たちのことも考えて」

「えっ、おぉ、すまん、我としたことがつい我を忘れてしまった。我は我を忘れてしまったのじゃ」

「なにうまいこと言ったみたいな顔してんだよ……」


 ご覧になっただろうか……

 これが魔王である。

 このなんだかぱっと見人畜無害そうな、でもなんかどっかおかしいかな、と思わせる女性こそがこの世界の魔王なのだ。


 結論から言うと、この世界の魔王は湾曲された歴史によって作られた恐怖の象徴だったわけだ。

 大昔、人界を統一、いや、掌握したがった連中は人類共通の敵を必要とした。そこに白羽の矢が立てられたのが、この魔王だったわけだ。

 魔族の頂点にして至高の存在、人類が否応なしに畏怖してしまうこの女性を、人類は体のいい標的に仕立て上げたのだ。

 それまで人と魔族はなんの問題なく暮らしていた。人と魔族はそこまで違いがない。せいぜい魔族には額に角があって、いわゆる魔法を行使することができる程度だ。

 もちろんこちらの世界の人類の中には魔法を行使出来る者も少なくない、なので本当に、ごくわずかな違いしか人と魔族には差異はない。

 だが世界を手に入れたがった人類の権力者達は魔族を、魔王を敵と決めた。

 それから人と魔族はいがみ合い、泥沼の戦いは始まった。


 人類に討伐対象とされた魔族だって当然黙ってやられるわけがない。対抗手段として人類に対し敵対行為をとるようになった。開けても暮れても行われる無意味な戦い。だがこの魔王は決して自ら戦地へ赴こうとはしなかった。

 額から2本の角を生やし、銀色の髪の毛、桃色と青色の美しいオッドアイを持つ美しい魔族の王は、ひたすら魔王の城で人類からの攻撃に耐え続けていたのだ。


 いつだったか魔王と酒を飲んでいて、なんで人類が攻めてきた時、戦わなかったのかを聞いた。返ってきた答え、それは――


 ――え、だって人類は脆いじゃろ? 少しつつけば臓物が出るじゃろ? 気持ち悪いじゃろ?


 そんな答えを臓物を見た時の、気色悪さを思い出したかのように振舞うこの女性を見て、俺はこいつとは戦いたくないと思ったのだ。こいつとは友達になりたい、そう心から願ったのだ。


「ところでお主、あやつのところにも行くのか? 我としてはあやつとはあまり会いたくないのじゃがのう」

「あ~、だろうな、でも今回は是が非にでもあいつも連れていきたい。俺が考えている計画にはお前とあいつの両方が必要なんだよ」

「そうか、お主がそう言うならなにも言うまい。だがはてさて、あいつが大人しく来るだろうか? そもそも今あいつがいる場所を知っておるのか?」

「いや、知らん。だがライラがいるだろ? ライラならすぐにあいつのいる場所へ行けるんじゃないのか?」


 斜め右前に座るライラへ目配せする。来て早々ライラに出会えたのは僥倖だった。

多分ライラに出会えなければ、こんなにも早くミズマリスに出会うことすら困難だったはず。まあいざとなれば奥の手があるのだが。だができることなら、この方法は使いたくない。


「ムラマサ、悪いけどあの子の居場所は分からないの。あの子『全遮断』の異能を使ってるわ。私でもあの子の居場所は掴めない。どうするの? あなた何かあてはあるの?」

「まあ、な。一応あるにはある。本当はこいつを使いたくはなかったんだがなあ。まあそうも言ってはいられないだろ」


 俺が唯一向こうの世界から持ってきたモノ。それは瓶に入れられた何か。

 それを一目見たミズマリスは驚いた様子でこう言った。


「ほお! なるほど! そいつならあやつの場所も分かるやもしれんな」

「だろ? だがまあ、あんま気は進まんのだがなあ」


 瓶に封入されたソレ、俺は布に包まれたソレをテーブルの上に置いた。

 瓶に封入されたソレとは――


 ――ひとつの眼球だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る