第4話 5年ぶりの異世界
楓と椚が名古屋支所へ出向いているのと時を同じく、ここムラマサの城、いわゆる社宅でも今から正に正念場が繰り広げられようとしていた。
「はあ、あんま気乗りしねえなあ。でもしゃあねえか」
ムラマサは神棚の前で一息ついて、後ろにあるテーブルに目をやった。
テーブルの上にはメモ帳が置かれている。そこから一枚無造作に引きちぎると、ボールペンを取ってなにやら書き始めた。
――村田正雄29歳、誕生日3月9日、O型、独身、職有り、同居人ふたり、帰還座標北緯35度12分東経136度58分
「こんなもんでいいか。じゃあ行くか」
メモ帳の隣にこれまた適当に置かれた丸い石のような物体を手に取ると、ムラマサはそれを両手でつかみなにやら呪文のようなものを唱えだした。
「祈りに答え我をかの地へ導き給え。ノイエタニア、ミズマリス、ノイエリタン」
彼が言葉を発し終えると同時に、眩い光が彼を包み込んだ。燦爛たる光源はしばらくの輝きを発して、それは次第に消失していった。
消失の先、ムラマサの姿はそこになかった。
◇
「はあ、来ちまった…… あんま変わってねえな。まあいいや、とりあえず預けてた荷物もらって、それから会いに行くか――」
――ミズマリスに。
久々に訪れた異世界。この世界はノイエタニアと呼ばれる俺の住む地球とは違う世界線の一端。地球とは違う種族、文明、文化、生態系が発展した正に異世界。
俺は5年前この世界から日本へと帰還した。この世界に来たのは俺が10歳の時だったから、ここへはかれこれ14年くらいはいたのだろうか。
何故俺がこの世界へ飛ばされたのかは覚えていない。小学校から帰ってきて、友達と遊んで、家帰ってメシ食って、風呂入って、寝て、起きたらこの世界に来ていた。
最初はなんの理不尽が起こったんだ!? と訳も分からず絶望したが、まあなにはなくとも腹が減って、その辺の食えそうな植物や木になってる果物なんかを採って、なんとか飢えをしのいでいた。
そのうちどうしても肉が食いたくなった俺は、その辺にうろちょろしてた獣を削った木なんかで狩って食うようになった。
今思えばあれは獣じゃなくて魔獣、要はモンスターだったんだが、あの頃の俺にはそんなことは関係なかった。ただ腹が減っていたから食えるもんはなんでも食った。
まあそれから色々あって、街へ行ったり、強い魔獣の討伐をしたりしている間に、俺はこっちでできた仲間と共に、この世界で最も凶悪で、邪悪で、忌み嫌われ、人間種の絶対的な敵であると伝えられてきた魔王の討伐へ赴くことになったのだ。
「懐かしいなあ。おっ! まだこの店やってんじゃん。ちょっと1杯やってから行くか!」
この世界にいた時によく訪れていた馴染みの店を見つけ、今から訪れる正念場の景気づけのために1杯やっていこうかと店のドアノブに手を掛けた時、突然後ろから声を掛けられた。
「あなたの反応があったから来てみれば…… 相変わらずね……」
「おぉ、ひさしぶりじゃねえかよ――」
――ライラ
俺がこの世界に来て初めてできたダチ。耳長、いわゆるエルフの少女だと思っていたこいつは実のところ精霊の一種だった。この世界における異物である俺のことが珍しくて、エルフに擬態して近づいてきたのだ。
まあその後いろいろあって、こいつとはつらい時も悲しい時も楽しい時もずっと一緒だった。俺が元来た世界へ帰る時、一緒に連れて帰ろうとしたが、こいつはこっちに残ると言った。そして俺は後ろ髪惹かれる形でひとり元の世界へ戻ったのだ。
今のこいつの姿は朧げな人の形、まあいわゆる幽霊みたいな形をとっている。この姿だと移動が物凄く早いのだ。
「もう二度と会えないと思ってたのに。どうしたの? 急に帰ってきて」
「ああ、それがよお――」
俺はライラに此処へ来た理由を話した。
実は俺はこの世界を旅立つ時、ライラにもう二度と会うことはないだろうと伝えて帰還したのだが、たった5年で再び会うことになるとはなあ。
ちなみにこの世界へ来るにはかなりのリスクがある。
まず世界と世界を行き来するアイテムが非常に貴重だ。ていうか通常ではまず手に入れることは無理なのだ。
まあ説明すると長くなるので詳細は省くが、とにかく手に入れるのに苦労した。
そしてもうひとつのリスクが人体への影響。
こいつがヤバい。向こうからこちらへ来るのはそれほど問題ないのだが、こちらから元来た世界、要は日本へ戻る時には何故だか知らんが、甚大な精神異常が発生する。
まず自分が誰だかわからなくなる。そして自分が何をしていたのかも分からなくなる。とにかく右も左も分からない状態になるのだ。
前回日本へ戻ってきた時はそりゃあ大変だった。自分が誰で、何処にいて、何をしていたのかを全く忘れていた。元の状態に戻るまでに3年を要してしまったほどだ。そもそも今現在、本当に元の自分に戻れたのかも定かではないのだが、とりあえず日常生活に支障のない程度にまでは回復した。つまりはそういうことだ。
「ライラ、ちょうどよかったぜ。ちょっと俺の世界が今大変なことになっててよお。アイツの力を借りたいんだけどさ、ちょっとお目通り願えねえかなって思ってよ」
「え!? なに? あなたの世界がそんな危機に瀕してるの!? 分かったわ、直ぐにあの子に伝えてくる。少し待ってて」
ライラはそう言うと静かに姿を消した。
あっ、しまった。世界の危機なんて大それたことではないのだが…… そう言い直そうとしたのだが、時すでに遅し。すでにアイツの姿はここにはいない。
まあいいか。俺にとっては一大事だ。つまりイコール世界の危機だ。間違ってはいない。
とりあえず何もせずに待つのもなんだしなあと、目の前の馴染みの店に入ることにした。
店の扉を開くと相変わらずの盛況ぶり、蒸留酒の甘い香りとスパイスをふんだんに使った肉料理の香ばしい香りがミックスされた、なんとも言えない空腹を刺激する空間が広がっていた。
「おねえちゃん、酒!」
「あ! もしかしてムラマサ様ですか!? なんで全然来てくれなかったんですかあ! ずっとお待ちしてましたのにい!」
「あぁ、すまねえ、ちょっと野暮用でよ、色々と出掛けてたんだよ。今日もちょっと寄っただけ、すぐにまた旅立つからよ」
「え~! 寂しいですぅ! あっ! すみません、お酒でしたね、直ぐにお持ちしますね~!」
ウェイトレスの女の子、確か前に会った時はすんげえ小さかった記憶があるけど、さすがに5年も会わねえとでかくなるもんだなあ。
おっさんになると5年経とうが大してかわりゃしないのに、子供はやっぱ違う。13の子が5年経てば18だ。もう立派な大人だ。
そんな感慨に耽っているとテーブル向かいに人影がひとつ――
――ムラマサ! なんで我を置いて消えたのじゃ!
そこには俺がこの世界に来た目的のひとり――
――魔王の姿があったのだった。
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