第3話 お守りなんてむり!
「ねえ澪、それでこの前言ってた子達ってのは、本当にそのふたりなの?」
「はい、そのとおりです。このふたりが次の遠征に同行するメンバーです」
「嘘でしょ……」
2月4日午前11時。ダンジョン課ダンジョンクリエイト室名古屋支所の一室で、
グレーのスーツに身を纏った妙齢の女性。髪を後ろで一本にまとめ、一見するとどこぞの大企業に勤めるキャリアウーマンにも見間違えられそうな風貌。
ただひとつ違うのはスーツの胸に付けられた光るバッジ、それはダンジョン探索士の資格バッジだ。その色は白銀色、これは探索レベル1級を表す色。
「みさをさん、どうか、何卒私達にお力添えをお願いします」
「いや、それは澪の頼みだから、あたしたちとしても手を貸してあげたいのだけれど、でも、本当に大丈夫なの? その子たちどうみても子どもでしょ?」
深々と頭を下げる澪に同情にも、哀れみにも似た目をして語り掛けるみさをと呼ばれた女性。
澪の横には双子の姉弟が机にもたれかかってお菓子を頬張っていた。
「おい、乳女、こいつなに? うちらのことめっちゃガキ扱いしてくんじゃん?」
「僕達もう大人だし~! おねえは乳がないだけで立派な大人だし~!」
「ん~、後ろから攻撃してくんのやめてくんない?
「ごめん、おねえ。僕はよかれと思って……」
――はあ……
その日
彼女はダンジョン2課が管理運営しているクラン『探索者友の会』に所属している探索者だ。プライベートでも交友のある三鬼島澪の頼みとあって、ふたつ返事で事務所への訪問を了承した。
だが部屋へ来てみれば、そこにいたのは年端もいかない幼い双子。聞けば彼女達がダンジョン探索へ同行するという。
ただでさえ危険が付きもの、なおかつ未踏破という何が待ち構えているか全く未知の領域への探索となる、非常に難易度の高い任務なのに、そこにふたりの足手まといを連れていけときた。普通なら絶対に断らなければならない案件。きっと誰でもそう思うだろう。自分の身を守るのでも精一杯な修羅場で、ふたりを守りながら戦える自信はみさをにはなかった。
「みさをさん、ふたりなら大丈夫ですので。基本的に彼女達を前衛にして、彼女達の活躍を大々的にアピールしたいのです」
「は!? いや、ちょっと待って澪。いくらなんでもそんなの無理よ。そこまでうまくやる自信はあたしにはないわよ? あたしたちがモンスターを虫の息にしてトドメをこの子達に刺させるってことでしょ? 未踏破のダンジョンはそんなに甘くないのよ!?」
「ねえおねえ、この女めっちゃ僕達のこと下に見てない? どうする? やっちゃう~?」
「だね、やっちゃおっか? 椚ちゃん」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいふたりとも! ダメです! そんなことしたらダメですって! お願いだから言うことを聞いてくださいぃぃぃぃ」
すんなりと行かない現状に、思わず涙声で、いや、涙を流しながら懇願する澪。その様子を見て『勝った!』と何故かどや顔をする楓。
それを黙って眺めながら溜息をつくみさをは、椅子に腰かけながら口を開いた。
「まあいいわ。とりあえずメンバーへ紹介はする。でもあたしたちはチームよ。誰かひとりでもノーと言ったらいかない。これでいいかしら?」
「は、はい! あ、ありがとうございます! では今から皆さんのところへ参りましょうか」
「そうね、少し待ってて。連絡入れてくるから」
「おい、乳女、お菓子が無くなったぞ。補充! 早く!」
「おねえ! 僕全然食べてないんだけど! 澪~! 僕のお菓子も~!」
「はあ、もうやだぁぁぁぁぁ」
お菓子を要求する少女たちと涙を浮かべる妙齢の女性。そこには確かにカオスな空間が広がっていた。
◇
「はあ、一応紹介するわ。彼らがあたしのチーム――」
――ゴールドマインよ。
黎狼みさをと呼ばれた女性が指さす場所へ鎮座する4名。
屈強そうな短髪の男性、吹けば飛んでいきそうな、ひょろっとした長身長髪の男性、小柄な、一見すると女性に見間違えそうになるほどの銀髪の美少年、そして片目に眼帯を付け、やけに目つきが鋭い黒髪の女性。
彼らはまじまじと対峙するふたりの少年少女を睨みつけ、開口一番こう切り出した。
「無理だ。いくら我々とはいえ、そんな年端もいかん子どもを引き連れて未踏破のダンジョンなど」
「そうだねぇ。私も黒の意見に賛成だねぇ。私達だけでもどうなるかわからない魔境で、子どものお守りをしながらではねぇ」
「ホントそれ! まあ? 子どもだからって色眼鏡で見るつもりは毛頭ないけどさあ。僕みたいな例外もいるわけだし。でもこの子らは違うよ。絶対死ぬって」
「はあ、みさを、もう帰ってもいい? でもふたりとも可愛いわね」
口々に少年少女へのダメ出しをする4人。それみたことかと両手を上げてやれやれ、といったポーズをとるみさを。今にも泣きだしそうな、というかすでに泣いている澪。
そして――
――ねえ、乳女、こいつら全員やっちゃっていい?
そこにはコメカミに青筋を立てて、今にも爆発しそうな怒りの表情を隠さない双子のうちのひとり……
竜が崎楓の姿があった。
「ムラマサがどうしてもって言うからこんなとこまで来てやったのに、お前ら好き勝手いいやがってえ! なに? うちらがおまえらより強い証拠でも見せれば文句ない? おい! 乳女、それでいいよな?」
「え、えぇぇぇぇぇ、あの、楓さん、あんまり乱暴なことはぁぁぁぁ」
すでに涙腺の決壊した澪を尻目に4人、いや、みさをを含めた5人を挑発する楓。挑発を受ける5人はダンジョン探索を生業とする強者たちだ。当然そこまで気は長くない。どちらかといえば短気なほうだろう。
5人の内のひとり一番身長の低い銀髪の美少年が楓の挑発に乗った。
「いい度胸じゃん! いいよ、やってやるよ! だけどさ、もし僕に負けたら大人しく諦めろよな!」
「ふふっ、なにこのチビッ子? 私と大して身長変わんないくせに上から目線でうざいんですけどお。まあいいや、さっさとやろうよ!」
かくして双子の少年少女は見事実力を見せつけられるのか?
ムラマサの願いをかなえるべく、ダンジョン探索の第一歩は踏み出されたのだった。
――お、お願いだから手加減してくださいぃぃぃぃ
――楓さん……
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