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ドアの向こうにいる人物に丁寧に頭を下げたクミンは、建物を出ると大きなため息をつく。
閉まったドアを見て、隣に立っていたオレガノがクミンのスカートを引っ張る。
「また、ダメだったのじゃ……」
悲しそうに言うオレガノを見て、クミンは力なく笑う。
「はぁ、子連れで働くのは難しいと断られてしまいますね。うちたちは家がないので、子供の面倒をみてくれるベビーシッターも雇えませんし、前途多難です」
しょんぼりする、オレガノの背中を軽く押したクミンが先に歩き始める。慌ててついて行くオレガノの方を見ないまま、クミンは呟く。
「ま、どうにかなりますよ。最悪、一角ウサギを狩りまくれば、数日分くらいの稼ぎは得られますし」
その言葉に大きく頷いたオレガノは、少し離された距離を詰めるため小走りで追いつくと、クミンの横に並ぶ。
***
質の良い服に身を包む物腰柔らかそうな女性は、クミンとオレガノを見て「まあまあ、あなたも大変ね」と同情しながら話を聞いてくれる。
「事情は分かったわ。オレガノちゃんが、クミンさんの子供ではないにしても、子連れであるのは間違いないわけだから難しいわよね」
「はい……」
女性の言葉に、言い返すことはできないクミンは素直に頷く。
「そうねぇ、だったらお庭の草刈りとかはどうかしら? それなら子供が近くにいても、日陰で休ませておけばできないかしら?」
しょんぼりとうつむいたクミンは、女性の提案にぱっと明るくした顔を向ける。
「やります!」
ようやく手に入れれそうな仕事を手放すまいと、必死なクミンを見て女性も嬉しそうに何度も頷く。
***
「さて、なかなかに広い庭ですが、うちの手にかかれば雑草など敵ではありません!」
ナイフを手に持ち自信満々に宣言するクミンに向かって、オレガノが拍手をする。気をよくしたクミンがナイフを地面スレスレに投げると、一直線に飛んだナイフが地面から僅かに浮いた場所で止まる。
それは、ナイフの柄からクミンの指のリングに繋がる細い糸がピンっと張ったことで起きた現象だが、クミンは手をくいっと払い、その力を糸の先にあるナイフへと伝える。
クミンを中心にして、ナイフは地面を薄く切り草を刈っていく。数回、ナイフを回転させると一瞬にして広範囲の草を刈り終えてしまう。
「見事なのじゃ! ナイフをこんな風にして使えるなんて驚きなのじゃ!」
「そんなに、たいしたことありませんよ」
謙遜がちに言いながらも、嬉しそうなクミンに向かってオレガノはパチパチと手を叩き称賛の言葉を送る。
「クミンが頑張っておるのに、余だけサボっていては申し訳が立たんのじゃ」
オレガノが石の前でしゃがみ込むと、大きな草を引き抜く。
「クミン! 余はナイフが届きそうにない、端の方にある草を抜くのじゃ!」
「助かります! 一気に草どもを殲滅させてやりましょう!」
「余の力を見せてやるのじゃ! クミンあっちも沢山の草があるのじゃぞ! この勢いでやるのじゃ!」
「あっちは範囲外ですが、この勢いで全部やってしまいましょう!」
テンション高くナイフを振り回すメイドと、草を抜きながら、ときにコケるちびっ子二人のおおよそ草刈りをしているとは思えない光景はしばらく続く━━
「あらあら、まあまあ……きれいさっぱり! 花壇のお花も全てなくなってしまったのね」
数時間後、雇い主の女性はきれいさっぱり、草も花もなくなった庭を見て驚きの声を上げる。その隣では、クミンとオレガノがしょんぼりと小さくなって並ぶ。
「申し訳ございません……」
「ごめんなさいなのじゃ……」
二人が謝った丁度そのとき、家の前に馬車が止まり、中から厳格そうな男が降りてくる。男は雇い主の女性と、隣に並ぶクミンとオレガノを見たあと、庭を見て目を丸くする。
「こ、これはどうしたことだ?」
「私が草刈りをお願いしたのですが、ちょっと元気がよすぎたみたいでして。草と花が分からないことってよくあるじゃないですか」
雇い主の女性の説明に厳格そうな男はふっと噴き出して笑う。怒られると思って肩をすくめ目をつぶっていたクミンたちは恐る恐る目を開ける。
「そう言えば、そんな人もいたな。庭を綺麗にするって息巻いて、花も全て抜いた女性がな。懐かしいな」
厳格そうな男が呆れたように笑いながら言うと、ふふふと女性も笑う。
そんな二人のやり取りを見ていたクミンたちに雇い主の女性が目を向ける。
「花と草って見分けつかないわよね。分かるわ」
そう言って微笑んだ女性がクミンの手を握ると、封筒を手渡す。
「こ、これは……」
「約束の報酬よ」
戸惑うクミンに女性は微笑む。
「い、いえ……うちたちは依頼を失敗したわけですから、受け取るわけにはいきません」
「草はちゃんと刈ってくれたからいいのよ」
「ですが……」
お金を受け取らずに下がるクミンの手を女性が掴むと、封筒を握らせる。
「お花のことを気にしているんでしょうけど、前々からレイアウトを変えたいと思ってたの。踏ん切りがついたわ」
女性の優しさに、クミンは目に涙を溜めてお礼を言いながら何度も頭を下げる。
その日の夜━━
クミンとオレガノは森の中にいた。
「うぅ……夜は寒いのじゃ。まさか二日目にして宿なしとは情けないことじゃ」
「申し訳ありませんが、我慢してください。お昼にお金を5,000エンももらったとは言え、宿代にお金を使うと後々響きますので今は野宿が一番なのです」
毛布にくるまって震えるオレガノに、クミンが焼いた魚を手渡す。
魚を釣る知識も技術もない二人は、魚屋で買ってきたものを焚き火に当てて焼いただけの食事をする。
「ワイルドじゃの」
そう言って、恐る恐る小さな口を開けてかぶりついたオレガノだったが、熱かったらしく目をバッテンにしてのけぞる。
フーフー息を吹きかけリトライしたオレガノが、熱くてちょっぴり涙目になりながらもクミンに笑顔を向ける。
「塩をかけて焼いただけの魚と思ってなめておったが、これはなかなか美味しいのじゃ」
満面の笑みを見せたあと、一心不乱に魚を食べるオレガノをクミンは見つめる。
食べ終えて、今日の草刈りの話を始めるオレガノだが、すぐに頭を揺らし始める。
重くなったまぶたと戦いながら、フラフラするオレガノを抱きかかえて横に寝かせたクミンは、毛布をかけて隣に座る。
「これが元魔王とか言っても誰も信じないだろなぁ」
クミンはすやすやと寝息をたてて眠るオレガノから、満天の星空を見上げて大きく息を吸って吐くとわずかに微笑んで小さな声で呟く。
「明日も頑張るしかないか」
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