3

 ベッドに横並びで座るオレガノとクミン。彼女たちの間にはお金が並べられている。


「今の全財産が1,1500エンです。ここから晩御飯、今日の宿泊費を引くと4,500エンとなります。宿泊費が素泊まりで5,000エンですから、このままでは明日から泊まる宿もありません」


「なんと! 明日から宿なしとな。ど、どうするつもりかえ?」


「どうするって言ったって、なんとかして稼ぐしかないです」


「うぅ、城を壊され、憎き勇者に一泡吹かせたい……などと言う前に自分の住む場所もままならないとは、情けない話じゃ……」


 しょんぼりするオレガノの横でクミンは腕を組んで考える。


「まずは設定を考えましょう」


「設定とな?」


「ええ、うちのことはクミンと呼んでくれ構いませんが、うちが元魔王様と呼ぶのもおかしいですし、オレガノと呼ぶのも勘のいい者に正体がバレる可能性があります。お互いの呼び名と立場を決めた方がいいと思うんです」


「なんでもいい気がするのじゃが。それこそ親子で……」


「却下です! なんでうちが母親で、しかもこんな大きな子供を連れているんです! 嫌ですそんなの!」


 全力で否定し、殺気立つクミンに、オレガノは思わずのけ反ってしまう。


「うちがメイドの格好してますし、どこかの令嬢とその使用人くらいがいいと思うのです。一応見た目だけでいけば、元魔王様は可愛らしい姿をしていますから」


「そ、それでいくのじゃ……」


「じゃあ次は呼び方です。うちのことは今までどおりクミンで。元魔王様は……モモ」


「却下じゃ!」


 今度はオレガノが全力で否定する。


「余の名前はオレガノなのじゃ。昨日のことは忘れろなのじゃ! ってなにを笑っておるのじゃ!」


 両手を上げ威嚇するオレガノの姿がおかしくて、クミンがお腹を押さえて笑ってしまう。


「いえ……くくっ。も、元とはいえ一応魔王なんですよね。その怒り方がおかしくて……ふふっ、魔王城で魔王軍新人説明会のとき遠目で見た人とのギャップが……ぷぷっ」


「笑うなぁ〜、余は真面目に怒っておるのじゃ。それよりも呼び方を決めるのじゃ! 余が令嬢というのであればオレガノ様でいいのじゃ」


「そんな安直過ぎません?」


「こういうのは堂々と名乗れば、逆に怪しまれないものじゃ。同姓同名なんて、この世界のどこかにおるものじゃ」


「まぁそうかもしれないですけど……じゃあとりあえずはオレガノ様でいきます」


 お互いの立場と呼び方が決まったところで、二人は一息つく。


「次にどうやってお金を稼ぐかですが、オレガノ様になにか案はありますか?」


「うむ、ない!」


「……うちもありません」


「……」


「……」


「話し合い終了じゃの」


「ええ……」


 クミンが頭を抱えてベッドに頭を擦りつける。


「あぁ〜魔王軍のトップなだけで、実務経験もない脳筋魔王と、潜入任務と暗殺業しかやったことのないうちが一緒にいることがそもそもの間違いなのにぃ〜」


「おーい、クミンよ。さっそく令嬢とメイドの設定が崩れておるのじゃ……」


 頭を抱えてもがくクミンにオレガノが声をかけるが、届いていないようである。しばらくもがいていたクミンが突然ハッとしオレガノを見る。


「な、なんじゃ……クミンの目が怖いのじゃが」


「いや、なんでうちは、オレガノ様の面倒をみることになってるんですか。実家に連れて帰らなければいいだけで、このまま見捨てても」


「えぇ……余を見捨てないで欲しいのじゃ」


 うるうると瞳を揺らし見つめてくるオレガノを見たクミンがガクッと首を垂れる。


「はぁ〜、なんでこんなことになったのか……分かりましたよ。とりあえずはお金を稼ぎ生活をしないことには、今後なにもできません」


 パアッと明るい笑顔を見せるオレガノに、頭を掻きながらクミンは言葉を続ける。


「狩りは効率があまりいいとはいえませんし、解体技術を学ぶ時間も余裕もありません。それにうちたち魔族はギルドに登録して、お手軽にクエスト達成というわけにもいきません」


「できないことばっかりじゃな。ところで、前にギルド登録には身分証がいると言っておったが、やっぱり作るのは難しいのかえ? クミンは余と違って人間と見た目も変わらんし、いけそうじゃが」


「まず、ギルド登録には厳しい審査があります。これを突破できる身分証を作るには膨大なお金が必要となり、現実的ではありません。それになによりも問題なのが、登録する際、水晶の儀式というものが行われます」


 オレガノの問いにクミンが丁寧に説明をする。そして『水晶の儀式』の言葉に首を傾げたオレガノが口を開く前に、クミンが話を続ける。


「ギルドにある水晶に手を触れ、冒険者となる本人の情報を登録するのですが、このとき表示される種族の欄に問題があります。人間と魔族では魔力の流れ方に大きな違いがあるので、ほぼ100パーセントバレます。それにうちは見た目が人に近いと言いますが……」


 クミンがおもむろに自分の頭に触れると、軽くポンポンと叩く。


 すると、ポンっと軽い音と共に薄く白い煙が上がって、クミンの頭に大きなふさふさの耳が現れる。同時に背中の方から、大きなもふもふ尻尾が揺れ存在を主張してくる。


「日頃は術で隠しているだけで、立派な狐の獣人なわけです」


 クミンに生えた耳と尻尾に目をオレガノが丸くして驚き見つめる。


「なんともすごいものじゃ。余もその術とやらは使えないかえ? 角や尻尾を隠せれば、多少なり身動きも取れやすそうなのじゃが」


 フードをパタパタとするオレガノの発言にクミンは腕を組んで考える。


「確かに……一長一短で扱えるものではありませんが、うちがオレガノ様に術をかけて、周囲に無いと誤認させることはできるかと思います」


 そう言いながらクミンがオレガノの頭にある羊のような巻き角に触れる。

 ポンポンと軽く叩くと、小さな煙が上がりオレガノの角が消える。


 クミンが手鏡を取り出しオレガノに手渡すと、自分の頭を見たオレガノは驚きながら自分の頭を触る。


「おおぉっ!? すごいのじゃ! 触ると角があるのに、見えないのじゃ」


「誤認させているだけで、実際はあるので触れることができます。ちなみにうちほどになれば、術の効果は誤認ではなく透過なります」


 尻尾を消したクミンが背中を向けると、意図を察したオレガノが尻尾があったであろう場所に手を伸ばす。


「おおっこれはすごいのじゃ。なにもないのじゃ!」


「ふふ〜ん。本当はあるんですけど、触ることもできなくなる。これが透過です」


 純粋に驚くオレガノを見て、クミンは自慢気に語る。


「ただし、激しい戦闘になったり、強い衝撃を受けると、そっちに魔力を使っている場合ではなくなるので元に戻ってしまいます。オレガノ様に術をかけたのはうちですけど、術の継続を担う魔力の供給はオレガノ様ですから気を抜くと角が見えてしまいます」


「余が気を抜くとかあり得ないのじゃ。任せておけなのじゃ!」


 自信満々に言うオレガノに不安を感じるクミンだが、自分でやったわけでもないのに、なぜかドヤ顔のオレガノを見て文句を言う気も失せて言葉を飲み込む。

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