5

 オレガノとクミンが呪縛の森にできた街道を歩き出て着いた場所は、小さな集落だった。


「ふむ、小さな村じゃな」


「ボッチほど小さくないでしょ」


「むきぃー、さっきから余への当りが厳しくなったのじゃ。もっといたわれなのじゃ」


「はいはい、とりあえずフードを深く被って下さい。ボッ……とにかくあなたは私と違って、角やら尻尾やら目立つんですから、隠しておいて下さいね。魔族は人間にあんまり歓迎されない場合が多いですから」


 憤慨するオレガノをなだめ、フードを被せそのまま引き連れ、クミンは村へ入る。村では家や木、井戸などにまで飾りが施され、あちらこちらで酒や料理が振る舞われており、村人たちが愉快そうに笑いながら話している。


「なんじゃ賑やかじゃの」


「そうですね、お祭りでしょうか」


 賑やかな村の通りには沢山の露店が出ていて、その中を歩いていると果物が沢山並べられた露店の店主の女性から声をかけられる。


「お嬢ちゃんたち、旅人かい?」


「ええ、そんなところです」


 クミンが答えると女性が露店に並べてあるモモを手に取り差し出してくる。


「いいときに来たね。今日はお祭りだから、タダで好きなだけ食べていいからね。このモモ美味しいんだよ。皮ごと食べれるからかぶりつくといいさね」


 そう言って、女性が強引に手渡してきたモモを手にした二人は目を合わせてしまう。


「クミン、お腹空いたのじゃ。ここはお言葉に甘えるのが礼儀なのじゃ」


「なにが礼儀ですか。さっきまでお礼も言えなかったくせに……まあいいです。いただきましょう」


 そう言って二人がモモにかぶりつくと、同時に目を丸くしてほんのり赤く染まった頬を押さえる。


「甘い……」


「美味しいのじゃ!」


 モモにかぶりつくオレガノたちを見て、女性は目を細めて頷く。


「そうだろうよ。ここサイハテ村の果樹園で採れる果物はどれも絶品だからね。ほら、そんなに慌てなくても今日は、全部タダだからいくらでもお食べ。こっちのオレンジは皮を向いてあげようね」


 女性が皮を剥いたオレンジを追加で手渡してきて、それを頬張ったオレガノが喉に詰まらせ咳き込んでしまう。


 面倒くさそうにオレガノの背中を叩きながら、クミンが女性に顔を向ける。


「タダというのはずいぶん景気のいいお話ですが、今日はなにかのお祭りですか?」


 クミンの問いに女性が晴れやかな笑顔を見せる。


「今日はね、あの憎っくき魔王オレガノが討伐された記念すべき祭りさね!」


「ぶふっー!? うえっ、ゲホッ、ゲホォ」


 おかわりしてかぶりついたモモを吹き出し、咳き込むオレガノの背中をバシバシ叩くクミンが哀れみの目を向ける。


「勇者様たちが魔王オレガノを討伐してくれてね。そのお祝いにって、この村にお金を落としてくれたんだよ。だから今日はぜーんぶタダ。他の露店も行ってみるといいさね。小さいお嬢ちゃんも色んなのを食べるといいよ」


 胸を叩いたオレガノが、涙の溜まった目で、女性を見ると咳込みながら尋ねる。


「こほっ、も、もしもじゃ。魔王オレガノが生きておったーとか言ったら、その、どうじゃろか?」


「魔王オレガノが生きてるだって?」


 ニコニコ笑顔だった優しそうな女性が突然、手に持っていた包丁をまな板に勢いよく突き立てる。音に驚き悲鳴を上げるオレガノを、女性が殺気のこもった目で見下ろす。


「ひっ捕まえてこの包丁で皮を剥いてやるよ!」


「ひえぇっ、か、勘弁なのじゃ」


 頭を抱えて怯えるオレガノに、元の優しい顔に戻った女性が微笑みかける。


「怖がらせてごめんね。どうしても魔王オレガノのことを思い出すと、なんていうかこう、腹わたが煮えくり返るのさ。ところでお嬢ちゃん、お名前なんて言うんだい?」


「ほえ? 名前?」


 最悪のタイミンで、まな板に刺さった包丁を握る女性に名前を尋ねられたオレガノは、青い顔で汗をかき、まばたきを何度もしながら女性を見る。


「お、おおお、おれ……モモなのじゃ」


 手に持ったモモをきゅっと握りながら名乗ったオレガノを見て、クミンが吹き出す。


「そうかい、モモちゃんかね。可愛い名前だね」


「あ、ありがとうなのじゃ」


 先ほどまでお礼を言うのも渋っていたオレガノが、適当に付けた名前を褒められ、お礼を言う姿がツボに入ったクミンは背中を向けお腹を押さえて笑う。


「モモちゃん、お姉ちゃんと一緒にお祭りを楽しんでおいで」


「は、はいなのじゃ」


「はいはい、モモちゃん行こうねー。おばさま、果物美味しかったです。ありがとうございます」


 女性に頭を下げて去っていくクミンが引っ張る手を、オレガノが払う。


「あんなに笑うことはないと思うのじゃ」


「ぷふっ、ボッチのモモちゃん。そんなに怒らないでくださいよ」


「むきぃー、バカにするでないのじゃ」


 手をぐるぐる回すオレガノの頭を押さえてクミンは笑う。


「それよりも、『最低魔王オレガノ撲滅祭』を楽しみましょうよ」


「うぬぬぬぅ」


『最低魔王オレガノ撲滅祭』と書かれた垂れ幕をクミンが指さし、それを見たオレガノが目に涙を溜め膝から崩れる。


「余はこんなにも嫌われておったのじゃな」


「極悪魔王とか言われて、それはそれは人間から嫌われていましたけど。命令に従わないからって、村一つを焼き払って一人残らず消した話とか、暗殺業の私でもドン引きですよ」


「なぬっ? 余はそんなこと命じた覚えはないのじゃ」


 目を大きくして驚くオレガノをクミンがジト目で見る。


「なんじゃ、それは疑いの目じゃな」


 ジト目で見るクミンを、オレガノがジト目で見返す。


「余は力を見せつけて破壊行為を行ったことはあっても、そんな残虐な行為はしておらんのじゃ」


「でも非道の限りを繰り返す最悪の南の魔王。血も涙もない極悪魔王オレガノって呼ばれてたんですよね?」


「それは知っておるのじゃ! そう呼ばしておった方が、魔王として箔がつくから呼ばせておったのじゃ」


 両手を腰に当て、胸を張るオレガノを見てクミンが自分の額を押さえる。


「もしかしてですけど……魔王ってバカだったんですか」


「むききぃー、バカとはなんじゃ! 余は魔王軍を率いるために粉骨砕身で頑張っておったのじゃ」


「粉骨砕身って……言い方がおっさんくさっ」


「おっさんじゃないのじゃ!」


「あぁ〜まあ確かに、おっさんではないですね」


 クミンがオレガノの姿を見て納得するのに対して、オレガノが地団駄を踏んで怒りを露わにする。


「見た目で判断しするのは、よくないのじゃ。今はこんな姿じゃが、余は中身もイケててナウい、ナイスガイじゃったのじゃ!」


「あ、あのぉ……言葉の意味が分からなくて、なにを言ってるかよく分からないんですけど……」


「な、なんじゃと!? これがジェネレーションギャップというやつかえ!」


 本当に困った表情をするクミンを見て、オレガノは体をのけ反らせてショックを受ける。

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