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 森の中へと入ったオレガノは、ときどき後ろを振り返りキョロキョロと挙動不審に辺りを見回す。


 そして大きな木の根本まで歩くとペタンと座り込む。


「はぁ〜、ちょっぴりセンチになって、あんなこと言ったけど普段城の外になんて出ないし、外に知り合いなんておらんのじゃ」


 ため息混じりにぼやくオレガノに賛同するように、お腹が大きな音を立てて鳴く。


「そう言えば昨日からなにも食べておらんのじゃ。なにか食べるものはないかの」


 辺りを見回すオレガノの視界に、正面の木の根元に生えるキノコが映る。


「キノコかえ。確か食事に出たことはあるが、これは食べれるやつじゃろうか」


 立ち上がって近づき、あごに手をあて赤いキノコをジト目でオレガノは観察する。


 真っ赤なイチゴのようなキノコがオレガノに見つめられ可愛らしく揺れる。


 そんなキノコに顔を近づけて、小さな鼻をスンスンと動かしたオレガノは目を丸くして頬を赤くする。


「甘そうな匂いがするのじゃ! これは食べれるやつで間違いないのじゃ! 余の魔王としての勘がそう言っておるのじゃ! フハハハッ!」


 高笑いをしながらキノコを取ろうと手を伸ばしたオレガノの足元が大きく揺れる。


「おわわわわわっ!? なんじゃ、なんじゃ!」


 慌てふためくオレガノの足元が真っ二つに割れ、割れ目に向かって土が滑って落ちていく。

 落ちていく土に足を取られ転んだオレガノは抵抗する間もなく、土と一緒に流され割れ目へと落ちていく。


 土に溺れ息をしようと必死に顔を外に出していたオレガノだが、割れ目に落ちた瞬間声を上げることもできずに沈んでしまう。


 最後の抵抗と伸ばした小さな手が沈むとき、その手を別の手が握る。


「たくっ! ちょっと目を離したらすぐに死にかけるとかっ!」


 握った手の主であるクミンが、怒鳴りながら土に埋もれたオレガノを引っ張り上げる。


 自分の体に糸をくくり付けそれを数本の木に巻き付けているクミンは、流れる土の上で必死に踏ん張り、オレガノの手を両手で掴むと中腰で踏ん張り一本釣りの如くオレガノを土から引っ張り上げる。


 そのまま手を離して後方へとオレガノを投げたクミンが、二本のダガーを両手に持って構える。


「ホントっ! ガーゴイルに突っつかれたかと思えば、キノコガエルに捕食されそうになる魔王がどこにいるのかっつうの!」


 クミンの怒鳴り声に反応したかのように、土に二つの目玉が現れると、ギョロギョロ動かし軽い揺れを起こしながら土の中から巨大なカエルが姿を現す。


 イチゴみたいに真っ赤なカエルは、頭の上に生える真っ赤なキノコを揺らしながらクミンを見下ろすと、ベロンと長い舌を横に振る。


 振ってクミンを絡め取り食べようとでもしたのだろうが、クミンが軽やかに後ろに下がり舌を避けたため空振りに終わってしまう。


 長い舌を口に戻したキノコガエルだが、何か違和感を感じたのか閉じた口をモゴモゴさせる。


 そしてその違和感が口から出ている糸にあると気付いたキノコガエルが、両目を寄り目にして糸を辿ると、糸の先にはニヤリと笑みを浮かべるクミンがいた。


ぜろ」


 右手で糸を引き張りを持たせ、左の指を鳴らすと、キノコガエルの口の中が爆発しキノコガエルは口から煙を吐きながら倒れる。


「す、凄いのじゃクミン! お主魔法も使えるのじゃな!」


 ぴょんぴょん跳ねながら手を叩いて喜んでやって来るオレガノの頭を、クミンが鷲掴みにする。


「その前に言うことがあるんじゃないですかね」


「ひぃぃ、ご、ごめんなさいなのじゃ。本当は誰も知り合いなんておらんのじゃ。実は孤独な魔王なのじゃ。ロンリー魔王なのじゃ」


「誰もそんなことは聞いてません! 助けたんだからお礼くらい言ってもいいでしょって話です」


 頭を抱えて謝るオレガノを見てクミンは呆れた顔でため息をつく。


「お、おう、なんじゃ、そっちなのじゃな。手を煩わせてすまなかったのじゃ。ご苦労じゃったの」


「違うでしょう。そこは、ありがとうじゃないんですか? 魔王はお礼も言えないんですか?」


 額を押さえて呆れた口調で文句を言うクミンに対してオレガノは首を捻る。


「魔王がいちいちお礼を言ってたら業務が進まないのじゃ。そんなことも知らんのかえ? でも謝るのは得意じゃぞ。上に立つと謝ることのが多いのじゃ」


「ったく、得意っていってもどーせ上辺だけの謝罪でしょ。上に立つ人間てのはどいつもこいつも……。それよりも、あんなザコモンスターにやられそうになる元魔王様は、お礼の一つでも言えるようになった方がいいと思うんですけれどね。今後生きていくのに苦労しますよって話です。むしろ命を救って、お礼だけで済ませようとしているうちって優しいと思いません?」


「むー、痛いところをつくヤツじゃのぉ」


 クミンに言われしばらく口をモゴモゴさせたオレガノが、視線は斜め下に向けたまま口を尖らせる。


「あ、ありがと……なのじゃ」


「全然気持ちが感じられませんが、まあいいでしょう。さっきは、うちのこと心配してくれたみたいですし、チャラにしてあげましょう」


「魔王相手にその態度、なんかムカつくのじゃ」


「なにが魔王ですか。何度も言ってますが、ですよね。ねえ、元魔王様」


「むきぃーっ!!」


 怒るオレガノの頭を押えて制するクミンがニンマリと笑う。


「そうそう、それにさっき友達いないって言ってましたよね。つまり、ボッチの元魔王ってことですよね」


「ボッチとは失礼なのじゃ! ロンリーで孤独でニヒルな渋い魔王なのじゃ!」


「ロンリーとか、言い方が古臭いんですよ。せっかく若くなったんですから言葉遣いも変えてみたらいいんじゃないです?」


「ふん、余計なお世話なのじゃ。ってどこいくのじゃ! 待ってくれなのじゃ!」


 自分の言葉を無視して、先に歩き出したクミンをオレガノは必死に追いかける。


「はいはい、ロンリーを愛してるんでしょ。邪魔しちゃ悪いんで、うちは帰ります」


「いやーっ! ロンリー嫌いなのじゃ。一人は嫌なのじゃ!」


 涙目で走って来るオレガノを後ろに引き連れ、クスクス笑いながらクミンは先を歩く。

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