2

 ぐわー、ぐわー


 自分の頭の上で何かが鳴く声が聞こえ、オレガノは空を見上げる。


 羽を広げ飛ぶ灰色の物体を見てオレガノは勢いよく立ち上がる。


「しめたのじゃ! あれは余のペットのガーゴイル。あやつらがおれば一先ず移動手段にもなるし、多少はボディーガードになってくれるかもしれんのじゃ。お~い! こっちじゃ!」


 小さな体をいっぱいに使って両手を振るオレガノに気づいたのか、二羽のガーゴイルが地上へ下り立つ。


 石像に宿った命で動く、石の鳥ガーゴイル。魔王オレガノのペットとして放し飼いしており、愛玩動物としてだけでなく侵入者を迎撃する番犬的役割もある。


「数十匹はいたはずなのじゃが勇者めにやられたか。お前たちよく生き残っておったのじゃ。まずはディザスター城周辺の様子が知りたいから、余を乗せてほしいのじゃ」


 ガーゴイルに近付くオレガノだが、ガーゴイルたちは不思議そうに見つめると、おもむろにオレガノをくちばしで突っつく。


「あいたっ!? な、何をするのじゃって……あいた! うひゃああ痛いっ! 余じゃ! オレガノじゃ! っていたあっ!」


 二羽のガーゴイルが交互にオレガノ突っつく。リズミカルに突っつかれ地面を転げ回るオレガノに、ガーゴイルたちはさらに激しく突っつき始める。


 小さな体に合っていない大きな服の袖を垂らした腕、いわゆる萌え袖で頭をガードするオレガノを容赦なく攻撃するガーゴイルの首に銀色の線が走ったかと思うとゆっくりと首がズレていく。


 ガシャン! っと大きな音を立て地面に落ちたガーゴイルの首が砕け散る。


 もう一体のガーゴイルが異変に気付いたときには、背中から突き抜けた剣の先が胸元から飛び出していた。


 それに目をやる間もなく剣先は上に進みガーゴイルの体を縦に切り裂いてしまう。


 生きる石像はコアを破壊され、ただの石になって地面に転がる。


 沈みゆく夕日の光に照らされ、時々赤く光を反射させる銀の糸が弧を描くと、先端に付いている短剣がクミンの手に吸い寄せられる。


「た、助けてくれたのか! 褒めてつかわすのじゃ!」


 両手を広げパタパタと走り出したオレガノのであったが、ブカブカの服に足を取られ豪快にこけて顔面から地面にダイブしてしまう。


「なにが、褒めてつかわすですか。ご自分の状況をちゃんと把握した方がいいですよ元魔王様」


 そう言って背を向けスタスタと歩き始めるクミンを見て、顔面をぶつけて赤くなった顔で見つめていたオレガノは慌てて立ち上がり追いかけようとする。


 だが、再び自分の服に足が引っ掛かり派手にコケてしまう。


「ううぅ……待って……ほしいのじゃ」


 地面に顔を伏せたまま手を伸ばすオレガノを背にしたクミンは、足を止め唇を噛み肩を震わせる。


「ああもうっ!」


 右足で地団駄を数回踏んで、わざと大きな足音をたてながらオレガノのもとへ歩いて行くと伸ばした手を握る。


「いつまで寝てるんです。とっとと立ってください」


 涙目で見上げるオレガノと目が合ったクミンは目を逸らして、乱暴な物言いで手を引っ張る。


「死ぬかと思ったのじゃ……うっ……ううぅ」


「元とは言え、仮にも魔王が泣いてどうするんですか!」


「そんなこと言ったって、余だって、余だって……どうしていいか分かんないのじゃ……そう思ったら涙が出て来るのじゃぁぁぁ」


「ああぁっ! 泣かない! とにかく涙を拭いてください」


 差し出したハンカチで涙を拭うオレガノを見て、クミンは大きなため息をつく。


「とにかく、ここにいてもどうしようもありませんから外に出ますよ」


 ぐすぐす鼻を鳴らすオレガノが立ち上がるがすぐによろける姿をクミンがじっと見つめる。


「ズボンはいりません。脱いでください」


「なっ!? なんとハレンチな! クミンは変態なのか?」


「誰が変態ですか。今の魔王様の姿にその服は大きすぎます。とりあえず、上だけ着てワンピースみたくしましょうか」


 額に青筋を立て睨むクミンはオレガノの両脇に手を入れ抱えると、黒いマントと上着を払いのける。

 そしてシャツの長い袖を短剣で切り、袖口と裾を曲げると針と糸を取り出し簡単にぬって仮止めする。


 マントの端を切り畳んで帯状にすると、オレガノの腰に当て背中でリボン結びをしてズレないように止める。


「応急処置ですけど多少は動きやすくなったはずです」


「みごとなものじゃ、動きやすくなったのじゃ。でも体がスースーするのじゃがどうにかならんじゃろうか?」


「無理ですね。我慢してください」


「じゃあ、じゃあ。マントを付けたいのじゃ! あれも長さを合わせてほしいのじゃ」


 地面に落ちているマントを指差しながら、期待に満ちた目でお願いするオレガノを見たクミンは舌打ちをする。


「マントなんて必要ないでしょ。それよりも外に出るのが先です」


「いやじゃいやじゃぁ〜余はマントを付けたいのじゃぁ〜」


「チッ、このクソガキ……調子に乗りやがって」


 頭を掻き毒を吐き、苛立ちをあらわにするクミンが文句を言いながらもマントを手に取ると、オレガノの首元に当て端を切り長さを合わせる。


 首の部分に穴を空け、切れ端を穴に通すと首元で結ぶ。


「これで我慢してください。とっとと行きますよ」


 先に歩き出すクミンを、置いていかれまいとオレガノが小走りで必死に追いかける。

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